モバイルデバイスを利用した遠隔心臓リハビリテーションの可能性
木村 穣(関西医科大学附属病院 健康科学センター)
2023-7-3
医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第18回は,関西医科大学の木村 穣氏がモバイルデバイスを用いた遠隔心臓リハビリテーションについて紹介する。
心臓リハビリテーション(心リハ)とは
心リハは,虚血性心疾患,動脈硬化性疾患,心不全などの循環器疾患の二次予防,予後改善においてエビデンスに基づく治療法であり,わが国では保険診療である心大血管リハビリテーションとして実施されている。その効果は,「2021年改訂版 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン」でも多岐にわたり明示されており,心疾患治療において薬物や外科的手術を含む血行再建術と同様に,必須の治療法となっている(図1)1)。
遠隔心リハの必要性
一方,急性期においては入院心リハとして一定レベルの心リハが施行されているが,退院後の医療機関での維持期心リハとしての実施率は,非常に低いことが問題となっている。特に,運動を用いた心リハでは,定期的な監視型運動療法が必要であり,これらの外来心リハ実施の妨げの理由として,通院の困難が大きな障害となっている。この通院の障害を取り除き,かつ医療機関での監視型運動療法と同等の心リハを施行するためには,医療機関以外での監視型運動療法を遠隔で実施する必要がある。
遠隔医療の定義,現状
わが国において遠隔医療は,さまざまな分野で始まっており,日本遠隔医療学会によって2011年に,「通信技術を活用して離れた2地点間で行われる医療活動全体を意味する」と定義されている。この遠隔医療の内容は,患者に対する医療側からの医療活動のみならず,医療従事者同士の間での専門的医療知識や情報の共有も遠隔医療に含まれる。したがって,医療としての在宅での監視型運動療法を含む遠隔心リハは,本定義に合致し,遠隔医療として普及させていくことが可能と考えられる2)。
遠隔心リハの概要
遠隔心リハは双方向会議システム,ウエアラブル心電計,血圧,体重などの生体情報や運動履歴の記録,心リハ指導士との双方向通信による会話,教育コンテンツの配信などにより,従来の医療機関での対面での心リハと同等の医療サービスの提供が可能となる(図2)。現在ではさまざまな研究により一定のエビデンスが得られている(表1)。さらに,今後はモバイルデバイスを用いた生体情報解析による新たな評価も可能になると考えられている。
遠隔心リハに必要な生体情報
心リハは,心疾患の二次予防管理として心拍数や血圧などの循環動態をはじめとするさまざまな生体情報を必要とする。これらの生体情報の収集方法は,心リハ維持期では一定の精度と同時に利便性や簡便性が求められる。したがって,心疾患の一次予防や維持期の安定した二次予防では,携帯性,移動性などモバイル機能を有する生体情報管理が重要となる。
この生体情報にはさまざまな種類があるが,多くの情報はその取得の困難さから限られた条件での評価に限られてきた。しかし,ICT等科学技術の発展により,脈拍数や活動量など多くのデータが,生体信号として簡便に取得,記録できるようになり,そのデータの応用が可能になってきた。これらのデータは,個人の評価や集団としての傾向などさまざまな解析が可能であり,その利用について研究が進んでいる。本稿では,現在用いられている生体センサによるデータの心リハに関する領域での種類,臨床応用法について解説する。
身体活動センサとしてのモバイル端末
心疾患患者の歩数や運動量などの指標は身体活動として,心疾患患者の生命予後や動脈硬化の進展に影響することはエビデンスとして確立されている。したがって,身体活動の評価,介入は心リハ領域において重要な項目の一つである。その身体活動を簡便に評価できる生体指標として,歩数や活動量,活動強度の重要性もエビデンスとして確立されている(表2)。すなわち,歩数や活動量と健康寿命や血圧,体重,血糖などの動脈硬化指標とは密接な関係があり,さらに歩数や活動量に対する介入により改善することも明らかになっている3)。したがって,臨床的には現在まで最も応用が進んでいる。
生体センサの種類,測定項目
生体センサの測定項目として,脈拍数,体温は一般的であるが,心電図,血圧,血糖なども可能になってきた。動的な評価として歩行スピード,三次元的脊柱のゆがみなども測定可能となっている。これらの測定において,現在は何らかのセンサを皮膚などの生体に接触させて測定する方法が一般的であるが,最近では非接触での測定も進んできている。今後は非接触センサも利用が可能になると思われる。すでに,顔面表層血流の変化から脈拍数の評価は可能になっている4)。
脈拍数,心拍数は,周波数解析による自律神経機能評価も可能になってきている。ただし,脈拍数の周波数と心拍数の周波数解析は精度や特性が同一ではなく,今後の研究が望まれる。いずれにせよ,自律神経機能の日内変動,時系列評価は,心機能や心不全の程度などの評価や予測に有用と考えられる。
生化学指標の生体センサとして,血糖評価もすでに実用化され,臨床的研究も多数報告されている。保険適用においても,当初は1型糖尿病に限られていたが,その後2型糖尿病での適用も可能になり,日内変動や食事の影響など,詳細な評価が可能になっている。心リハでの応用としては,糖尿病患者における運動と血糖との解析に有用である。特に,血糖値に対する有酸素運動とレジスタンス運動の順序に関してはさまざまな研究報告があるが,1型糖尿病の運動中の低血糖の予防に関しては,レジスタンス運動先行の方が,その後の有酸素運動時の血糖低下の予防につながると報告されている。生体センサは,皮膚からのCO2,乳酸,アセトン,発汗量などのセンシングが可能になっておきており,今後の心リハ応用が期待されている。
生体センサ情報の臨床応用
生体情報は個々の端末から取得され,基本的にはクラウドで一元管理されることが多い。その結果,モバイルデバイスの所有者のみではなく,医療機関や健康管理システム運営者,医師,栄養士,運動指導士,心理師など多職種での閲覧,評価,介入が可能となる(図3)。さらに,これらの生体情報は,経過として長期間のデータが蓄積される。この個人の疾患の経過や発病などのアウトカムが統合されることにより,これら日常生体情報のビッグデータとして疾患管理,予防,予後評価のための解析が可能となる。これらの解析が従来の臨床医学領域だけではなく,心理行動医学,さらにはICT領域のテクノロジーと融合し,新しい領域として遠隔心リハ領域が発展するものと思われる(図4)。
おわりに
モバイル健康管理機器,システムなどによる遠隔心リハ領域での現状,今後の方向性について述べた。生体情報は標的とする生体の臓器,信号などにより使用する機器,取得方法も異なってくる。本稿が今後の心リハ領域におけるモバイル健康機器の発展に寄与できれば幸いである。
●参考文献
1)日本循環器学会, 日本心臓リハビリテーション学会 : 2021年改訂版 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Makita.pdf
2)日本遠隔医療学会遠隔医療ガイドライン策定ワーキンググループ : 在宅等への遠隔診療を実施するにあたっての指針(2011年度版).
http://jtta.umin.jp/pdf/14/indicator01.pdf
3)El Assar, M., Álvarez-Bustos, A., Sosa, P., et al. : Effect of Physical Activity/Exercise on Oxidative Stress and Inflammation in Muscle and Vascular Aging. Int. J. Mol. Sci., 23 : 8713, 2022.
4)Cheng, C.H., Wong, K.L., Chin, J.W., et al. : Deep Learning Methods for Remote Heart Rate Measurement: A Review and Future Research Agenda. Sensors, 21(18) : 6296, 2021.
(きむら ゆたか)
1981年関西医科大学卒業。88年に博士課程修了後,米国コネチカット州立大学,カナダ・トロント大学留学を経て,2006年に関西医科大学附属病院健康科学センター長。2009年同健康科学科教授,2023年に同理事長特命教授。日本肥満症治療学会理事,日本臨床運動療法学会理事,EIM(Exercise Is Medicine)Japan理事長を務める。