IoTとスマートフォンを活用した糖尿病管理の可能性
野村 恵里,津下 一代(あいち健康の森健康科学総合センター)

2018-7-2


野村 恵里

医療や介護の現場において,タブレット・スマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している現場からの事例を報告する。シリーズ第7回は,あいち健康の森健康科学総合センターにおけるIoTとスマートフォンを活用した糖尿病管理の取り組みを取り上げる。

はじめに

糖尿病の管理においては,未治療,治療中断,血糖コントロール不良対策が課題とされている。良好な血糖コントロールのためには,適切な体重管理や身体活動量の増加などの行動改善が必要である。診療や健診後の保健指導などをきっかけに習慣改善につながる場合もあれば,実行し難い,始めても長続きしないという場合も少なくない。そのような人にも対応できる生活習慣改善支援プログラムが必要であり,日々の取り組み状況に合わせた行動変容の促しや継続支援ができること,生活環境に無理なく取り入れられるものが求められる。利便性や効果性だけでなく,限られた人材で効率良く指導できることも重要である。
近年IoTを活用したサービスが急速に広がり,ヘルスケア産業においてもIoT機能を持つウエアラブルデバイス(IoTデバイス)が登場している。IoTデバイスによって測定した記録は,スマートフォンを介してクラウドに蓄積される。この特徴を糖尿病患者の生活習慣改善支援に利用し,2016(平成28)年度経済産業省IoTを活用した生活習慣改善支援実証事業「毎日の糖尿病管理を“七福神”が伴走!未受診・脱落・コントロール不良をなくせ!!(代表:津下一代)」にて実証研究を行った。

糖尿病の診療,保健指導へのIoT情報の活用

糖尿病の診療や保健指導において,従来から体重測定や活動量計の装着を促している。本事業では,対象者のセルフモニタリングにIoTデバイス(活動量計,体組成計,血圧計)を用いることとした。クラウドのデータベースにアクセスすることにより,指導者は遠隔にいながらいつでも対象者の取り組み状況を把握することができる。その利点を利用して,不要なマンパワーの投入削減や,対象者のモチベーション維持や行動継続につなげられないかと考えた。診療や保健指導現場では,対象者の日常の様子や生活リズムなどの情報が得られると,より個人に対応した支援が可能となり,モチベーションの向上,行動の定着,検査値改善につなげられるのではないかと期待があった。
そこで,IoTデバイスデータに基づき,日常行動に対してスマートフォンから自動的にフィードバックする「健康応援七福神アプリ」の開発と,対象者の取り組み状況を確認するための指導者用画面の作成を行った。対象者の日々の取り組みは“七福神”がこまめに支援し,定期的な診療や保健指導時には,取り組み情報を活用して専門職が介入するという一連のシステムを構築した(図1)。

図1 IoTを用いた“七福神”による生活習慣改善支援と指導者との情報共有システム

図1 IoTを用いた“七福神”による生活習慣改善支援と指導者との情報共有システム

 

“七福神”による生活習慣改善支援(図2)

健康応援七福神アプリは,生活習慣改善の取り組みを支援するスマートフォンアプリであり,デバイスデータに基づく七福神のメッセージが週2回,「称賛」「励まし」「注意喚起」「情報発信」など,行動状況に合わせて配信されるよう開発した。楽しみながら続けられるようにと,七福神の特徴と生活習慣改善項目を結び付け,記録の数を福禄寿,歩数を恵比寿,身体活動量を毘沙門天,体重変動を布袋尊,血圧管理を寿老人,総合評価を弁財天が担当し,メッセージを発信するよう工夫した(本事業では開発期間が非常に短く,大黒天の登場は2016年度以降の開発にて実装することとした)。メッセージは,「健康づくりのための身体活動基準2013」「糖尿病診療ガイドライン2016」「肥満症診療ガイドライン2016」に準拠し,行動科学の理論を応用して,あらかじめロジックを作成,それに基づき配信される。リスク管理機能として,過度な減量,歩き過ぎに対する注意喚起をするよう設計し,やり過ぎによる障害を防ぐようにした。
指導者用画面については,指導時に対象者の気持ちや感覚とズレが生じないよう,測定状況,値などリアルタイムの情報が表示されるようにした。

図2 健康応援七福神アプリのキャラクターと画面イメージ

図2 健康応援七福神アプリのキャラクターと画面イメージ

 

具体的な運用方法(図3)

上記システムを用いて,糖尿病患者の行動変容や検査値などの改善につながるか検証することを目的に,保健指導ならびに糖尿病教育入院後のフォローにおいて,IoT活用が有用であるか,IoTの使用の有無による比較介入試験を6か月間行った。HbA1c6.5%以上を対象にIoT使用群(介入群)と未使用群(対照群)へ無作為に割り付けた。
糖尿病教育入院中,もしくは健診後の保健指導初回時の生活習慣改善指導時に本プログラムを導入し,介入群へはIoTデバイス(活動量計,体組成計,血圧計)の貸与とセルフモニタリングおよび健康応援七福神アプリの閲覧を促した。期間中のフォローは,指導者画面から日ごろの行動情報も活用した診療,保健指導を行った。一方,対照群へはIoT非対応デバイスの貸与とセルフモニタリングを促した。効果評価のため両群ともに初回,3か月後,6か月後に身体測定および血液検査を実施した。

図3 初回保健指導におけるIoTの導入 a:検査結果の説明と行動目標の設定 b:デバイスとスマートフォンの接続設定 c:スマートフォンへのデータ転送の練習

図3 初回保健指導におけるIoTの導入
a:検査結果の説明と行動目標の設定
b:デバイスとスマートフォンの接続設定
c:スマートフォンへのデータ転送の練習

 

IoTを用いる際の留意点

対象者がIoTデバイスと健康応援七福神アプリが利用できる環境を満たしていることが必要であり,選定基準にスマートフォンのOS条件などを設けた。システムのセキュリティ確保のため,クラウド上のデータベースには個人情報を保有しないよう,研究用個人IDとパスワードによって管理した。プログラム参加に当たり,指導者が対象者の記録を供覧することについて事前に同意を得た。また,取り組み継続のため,対象者に確実にIoTデバイスの扱い方を習得してもらう必要がある。指導者は事前にIoTデバイスと健康応援七福神アプリの扱いについて習熟し,説明手順やトラブル対応の検討を行い,体制を整えた。

IoTを用いた介入研究の評価

参加者は181名(介入群92名,対照群89名),年齢50.5±9.6歳,BMI27.0±5.7kg/m2,HbA1c8.16±1.92%であった。介入群では介入当日から測定データが届き,IoTデバイスや健康応援七福神アプリの導入はおおむね順調であった。週の平均測定日数について開始12週間後までの状況は,活動量計6.2日/週,体重計5.5日/週と,参加者の多くが測定を継続していた。開始時のBMI別に見ると,30kg/m2未満においては約5日/週の測定を維持していたのに対し,35kg/m2以上では開始以降から特に体重測定の減少が見られた(図4)。IoT利用により30kg/m2未満の行動継続が見られたが,30kg/m2以上では対象者に応じた医師などの専門職の介入,行動に合わせたメッセージ配信の必要性が示唆された。
3か月後までの検査値変化について両群のHbA1c変化量を比較した。糖尿病薬の処方がなかった59名(介入群30名,対照群29名)について,介入群で−0.56±0.95%(p<0.001),対照群で−0.16±0.42%(p<0.05)と,両群において有意に低下し,変化量は介入群にて有意に大きな改善を認めた(p<0.05)。
指導者側の意見では医師の8割が今後も利用を希望していた。一方,指導現場にインターネット環境がなくIoT情報が確認できないといった課題も判明した。
糖尿病患者の日々の取り組み支援に,IoT活用の有用性が示唆された。指導者にとっても対象者の行動情報が遠隔で確認でき,指導に活用できることは有益である。しかしながら,人工知能(AI)などを用いた個別の状況に対応するメッセージ配信や,広く現場で利用しうるシステムとするためには,十分な研究期間の確保,対象例数やデータ量の不足などの課題が見えた。

図4 IoT利用者における肥満度別に見た歩数と体重の週平均測定日数推移(n=92)

図4 IoT利用者における肥満度別に見た歩数と体重の週平均測定日数推移(n=92)

 

今後の展望

糖尿病管理に対するIoT支援の有用性を科学的に証明し,さらに効果的にするため,2017(平成29)年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「IoT活用による糖尿病重症化予防法の開発を目指した研究(代表:植木浩二郎)」において,大規模臨床研究が開始された。それと並行しわれわれの施設では,血糖高値者の行動変容に有効な七福神アルゴリズム開発を目的に「IoT情報に基づく対象に応じた『七福神アプリ』ロジック開発のための研究(代表:津下一代)」を実施中である。介入には先行アプリを改修したものを用い,期間中も集積データを分析,結果に基づいて修正を加えながら進めている。今後は機械学習を活用し,AIによるアルゴリズム生成をめざすとともに汎用性のあるプログラムへと改善を図る。指導現場においては,多様な対象者の特徴に合わせた指導法の開発と指導の標準化に寄与することが期待される。

 

(のむら えり)
2004年三重大学教育学部卒業。あいち健康の森健康科学総合センターにて健康運動指導士として,地域職域などの健康づくりや有疾患者のための運動指導を実施。保健指導プログラム開発に携わり,現在IoTを用いた研究に取り組んでいる。

 

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