横浜市立大学附属市民総合医療センターにおけるタブレットを活用した診療の実際
白濵 隆太,前山 隆(横浜市立大学附属市民総合医療センター 医療・診療情報部)
2024-7-1
白濵 隆太 氏
医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどのモバイルデバイスの利用が広がっている。横浜市立大学附属市民総合医療センターでは,タブレットと問診システムを導入して,業務の効率化やデータの二次利用などに取り組んだ。医師の働き方改革が進む中,モバイルデバイスの活用で,どのような成果が得られたのか。白濵隆太氏らがその概要を解説する。
はじめに
デジタルトランスフォーメーション(DX)を実装して投資費用に見合った実績と業務改善を期待するならば,従来の働き方の見直しを併せて行うことが必要であると指摘されている。昨今流行している電子的問診ツール導入一つにしても,大規模な高度急性期病院において経済的妥当性をもって導入効果を最大限に発揮させるためには,さまざまな工夫が必要である。
診療録の記載については,医師法第24条第1項に「医師は診療したときは,遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない」とあり,法的に義務づけられている。診療録の必要事項は,医師法施行規則第23条および療養担当規則第22条・保険診療における診療録の様式第1号(一)で規定されており,保険医は,傷病名,診療開始年月日,終了年月日,主要症状,経過,手術および処置などを記載しなければならない。
保険医は,前医からの情報,患者の問診情報と診察および検査結果から,初診時に「主訴」「現病歴」「既往歴(予防接種・アレルギー・輸血・月経および出産歴・現在使用中の薬剤・嗜好品・渡航歴・職歴・アルコールおよびタバコなど」「家族歴」「診察所見」「評価」「初期計画」「手術,処置および治療」「患者および家族への説明」などの記載が求められている。しかし,現在の問診票は,患者が紙に記入したものを電子的にスキャンしているが,その内容を診療録に取り込むためには,膨大な時間を使った転記作業を必要とする上,しばしば不備も見られている1)。
多数の診療科や部門を持つ大病院では,必要な問診情報の多くが一致しているにもかかわらず,診療科ごとのわずかな違いゆえに別々の問診票を準備する傾向にある。また,高齢化に伴い複数疾患を持つ患者が増えたことにより2),しばしば患者は似たような内容の質問を複数回聴かれ,その都度記載しなければならない。しかし,せっかく詳細な情報を聴取しても,前述のごとくスキャンデータとしてPDF形式で保存されることになるため,データの二次利用として活用しきれていない。
目 的
共通問診票を基本としたタブレットを用いた問診票システムを導入することで,同一患者に重複した問診を行うことを避けるとともに,効率的な初診時医師記録作成の支援およびデータの二次利用へつなげることを目的とした。
方 法
診療科ごとに乱立していた紙の問診票を集約し,各科と標準化に向けた話し合いの下,基本となる全診療科共通問診票を作成した。それぞれの診療科で特徴的な情報は科別問診票として切り分け,必要時のみ段階的に聴取する運用とした。作成した問診票は当院の診療記録管理委員会で内容を確認し,承認を得た。紙の共通問診票が安定して運用できることを確認した後,2022年3月より「MegaOakHR」(NEC)の「MegaOak Template for 問診」のマスター作成に着手した。MegaOak Template for 問診のシステム構成イメージを図1に示す。現段階では未実装だが,本システムは患者所有のスマートフォンやタブレットなど,外部からの取り込みも可能な構成となっている。マスター作成には医師,看護師,システム担当職員,診療情報管理士が関わった。プレテストを繰り返し2022年6月から,受診患者の年齢層が若い生殖医療センターで試行導入を開始した(図2)。タブレットの渡し間違い防止を目的に,確認ステップを取り入れた(図3)。確定した情報は問診票システムデータベース(DB)に登録され,問診情報として電子カルテの記事(診察記事ではない)に登録される。それらを医師は初診時記録として引用し,診察を通して適宜修正し確定させる(図4)。初診時医師記録テンプレートを展開すると既取得の問診情報が取り込まれる仕組みであり,医師の診療録作成に費やす負担の軽減を期待した。
結 果
初診時に必要な問診情報は,患者自らが入力し登録することで即時に電子カルテに反映された。また,引用機能により初診時記録に必要な問診票項目が自動反映されることにより,問診票の記入から回収,スキャンに至る一連の作業に要する時間短縮と,初診時医師記録作成の省力化に一定の効果が期待できた。情報は構造化して格納されたことにより容易にデータを抽出することも可能となった。
考 察
今回,当院で導入したのはいわゆるAI問診システムではなく,設問を自由にカスタマイズできる問診システムである。当センターはすでに診断がついている紹介患者が大部分を占める大学病院であり,AI機能よりも収集したデータの二次利用を重視したためである。電子問診票は,テンプレート機能により情報が格納され,テンプレート間引用によりさまざまな活用法が期待できる。今回は問診情報を初診時医師記録に引用することで初診時に診療録として必要とされる項目を充足することができた。これら初診時情報は,臨床研究を行う上で基礎データや調整因子となるため,データ抽出により研究への二次利用に有益な情報となる。
共通問診票を作成し,必要時に応じて段階的に診療科個別の情報収集を行うことで,重複した内容を患者に問う機会は減少し,患者満足度の向上にも寄与すると考える。さらに,外来窓口における紙問診票管理プロセスが改善され,医師事務作業補助者による問診情報代行入力業務,紙問診票のスキャン業務の負担軽減にもつながる。
多くの職種により多数の薬剤や検査,医療機器などのリソースが複合して運営される病院では,医療安全において標準化は重要である3)。今回,問診情報そのものを標準化したことも重要な取り組みであるが,安全管理の観点では,使用するタブレットに表示された患者名,性別,生年月日に間違いがないかを患者自身が確認する設問を設定することで,患者参加型の誤認防止を取り入れた。受付でのタブレットの準備と貸し出し,患者による情報入力,さらには入力ずみ端末からの情報出力という一連の流れにおいて,患者誤認防止に十分な配慮を行うことで,使用する医療従事者,患者双方の安心感を得るように努めた。
おわりに
今回は,IT機器への抵抗感が比較的少ないと思われる若年層が通う,比較的小さな診療科に的を絞ったスモールスタートとした。機能面においても,問診票単独から始めてテンプレート間引用へと順次拡充したことで,患者,医療従事者ともに混乱を招かずにDXの恩恵を実感できた。現在では,高齢患者を含む診療科にも利用範囲を拡大させている。最終的には外部からの入力も可能にした問診システムへと拡張し,世代にかかわらず誰もが恩恵を受けることができる医療DXに取り組んでいきたい。
●参考文献
1)森野 忠, 尾形 直, 堀内 秀, 他 : iPadを用いた問診表・質問票の作成および電子カルテとの連携と効果. 中部日本整形外科災害外科学会雑誌, 54(6): 1195-1196, 2011. DOI: 10.11359/chubu.2011.1195.
2)Mitsutake, S. : Patterns of Co-Occurrence of Chronic Disease Among Older Adults in Tokyo, Japan. Prev. Chronic Dis., 16, 2019.
3)純 武 : 医療安全と標準化. 第127回日本医学会シンポジウム記録集 医学・医療安全の科学, 2004.
(しらはま りゅうた)
2003年に鹿児島大学医学部保健学科看護学専攻卒業後,横浜市立大学市民総合医療センター入職。2013年看護師長に昇任後,2019年より看護部,医事課診療情報管理担当および医療・診療情報部を兼務。2021年診療情報管理士取得,2023年に横浜市立大学大学院データサイエンス研究科HDS専攻を修了。2024年より看護部課長補佐に昇任。