モバイルデバイスを活用した生活支援システムによる医療・介護の統合
—生涯カルテ構築をめざして
高橋 肇 氏(社会医療法人高橋病院理事長)
2013-2-25
高橋 肇 氏
これまで地域連携と言えば病院と診療所の医療機関同士がメインであったが,今後は医療と介護との連携も重要になってくる。こうした状況を受けて,医療介護連携の場に,モバイルデバイスを持ち込み,包括ケアを手がける事例も出てきた。今回は,高橋病院を中心とした道南地域における生涯カルテの構築に向けた取り組みについて,高橋 肇氏が解説する。
■はじめに
風光明媚な函館山の麓に位置し,今年で創立119年を迎える高橋病院
は,種々の施設・在宅サービス事業所を展開し,リハビリテーションを軸として「つながるケア・つなげるリハ」をめざしてきた。
当法人のキーワードは,「生活を支える医療」「連携文化の育成」の2つである。超高齢社会で求められる医療とは,慢性疾患を抱える本人の人生,生活をいかに支援していくかであり,今後医療と介護の関係は“連携”以上に“統合”が強く望まれる。医療と介護では得意とする守備範囲や視点が異なるため,情報が非共有で連携が分断されている。その齟齬(そご)を補うためには,医療情報と生活支援情報を統合するネットワーク機能,システムが必要となる。
前者を医療→在宅連携ツールとすると,後者の在宅→医療連携ツール,特に生活支援型PHR(Personal Health Record)構築が今後重要となり,両方のツールが統合して初めて生涯カルテができるのではないかと考えている。
■地域医療連携ネットワークシステム「ID-Link」
2007(平成19)年3月,全国に先駆けてID−Link
の試験稼働を行った。2012(平成24)年12月末時点で,23都道府県1395か所の施設で活用されているこのシステムは,インターネットVPNを利用して患者の診療情報を双方向で共有し,良質な医療に寄与することを目的として開発された(開発元:エスイーシー)。医療機関ごとにアイコンが色分けされ,一覧性に工夫を施し使いやすい構成となっている(図1)。閲覧可能な項目は,処方・注射内容,採血検査データ,MRI・CT・エコー・内視鏡などの各種画像情報,退院時要約・看護要約や読影レポートなどの文書類となっている。また,電子カルテを持たない診療所や在宅サービス事業所でも,インターネット回線により閲覧は自由となっているが,ノート機能やファイル機能を使うことにより情報交換も可能となっている。
在宅領域では,訪問診療所と訪問看護ステーションとの情報共有に活用されている。また,iPadなどモバイルデバイス登場後,いつでもどこでも情報共有が可能となり,在宅の現場で喜ばれている。
当法人では,2008(平成20)年7月より病病・病診連携のみならず,介護老人保健施設や居宅介護支援事業所,訪問看護ステーションなどを参加させており,いまでは看護師・ケアマネジャー・セラピストなど各職種にiPadを持たせることにより医介連携に役立てている。
■生活支援型見守りシステム「どこでもMy Life」
ID-Linkは,情報発生源が電子カルテ・オーダエントリシステムのため,医療従事者が主となって利用している。PHR構築のためには,患者・家族も参加した生活支援システムの開発が必要である。2011(平成23)年7月より動き出した生活支援型見守りシステム,どこでもMy Lifeの目的は,「見守りにかかわる多職種間で,スマートフォン・デジタルペンなどのIT機器を用いて在宅高齢者の日常生活活動度(ADL)の共有を行い,生活不活発病を迅速に発見し適切なケア・リハビリの導入へ結びつける」(図2)ことであり,現在函館のみならず各地域で活用され始めている。
このシステムの概要は,以下のとおりである。まず,生活不活発病早期発見ツールとして,国際生活機能分類(ICF)に準拠した「全老健版ケアマネジメント方式R4」のA3アセスメントを用い,利用者のADLをいつでもどこでも誰でも評価できるようにした。すなわち,患者・家族自身も評価できるように簡易化・可視化した(図3)。情報共有デバイスとしてスマートフォン・タブレットを利用し,看護師,ケアマネジャー,介護福祉士が「しているADL」を,理学療法士(PT)・作業療法士(OT)などセラピストが「できるADL」を評価し,時系列に可視化されたデータを基に,在宅サービス担当者会議などで意識合わせを行った上で,ケアプラン内容変更や介入方法の検討が行われる。ADL低下が予想される場合には,当院作成のロコモーティブトレーニングビデオを見ながら運動を行ってもらっている。
現在では,退院後も継続してADL評価を行っており,外来診療日に合わせて患者・家族に在宅時のADL表を記入していただいている。入院〜退院後のADL変化を利用者・家族も知ることにより,未然にADL低下を防ぐことができ,自立支援を促すことにつながる。また,急性疾患発症による急性期病院入院時にも,発症前のADLを病棟が把握しやすくなり,治療・ケア計画に役立つものとなる。今後は,慢性疾患を抱える高齢者のADL変化を地域全体で把握し,見守ることのできるシステム構築が必要となろう。
外来患者には,モバイルデバイスを利用することにより,参加型医療を担ってもらっている。一例を挙げると,インスリン治療をしている糖尿病患者が,自身のスマートフォンを使って自己測定した血糖値や体調の変化などを入力し,グラフ化されたデータを医師・看護師が確認することにより低血糖発作予防などに役立てており,またメール日記による情報交換も可能となっている。
IT機器の操作が困難な場合に備え,文字認識エンジンが組み込まれたデジタルペンを支給し,紙同様の操作性を確保した。ITをITと意識させない仕組みづくりが大切である。専用紙に書き込まれた体調などの日常生活の変化が見守りセンターに自動送信され,PCやスマートフォンなどで本人・家族をはじめアクセス権を持つ職員が情報を共有している。インターネットのない高齢者宅でも利用できるように,超小型サーバを用い,アナログ回線での自動送信も可能とした。
在宅でがん治療を行っている患者に対しては,デジタルペンを用いた「がんの痛み日記」が稼働中で,専用紙に「痛みの程度」「気持ちのつらさ」などをチェックすると,自動でデータが見守りセンターに送信され,保存される。デジタル化された記載データは,訪問看護師や往診医師などかかわるスタッフが確認し,グラフ化された経時的変化を追うことにより,訪問看護師の心理的支援やケアの参考ともなる。
また,コンティニュア機器
を用いて,自宅で測定する日々のバイタルデータ(血圧・脈拍・体重・活動量計など)も自動でPC・モバイルデバイスでグラフ化され,アラームによる担当者通知機能も有している。
以上の情報は見守りセンターが管理し,サービス導入・保守・運用をはじめデータ未記入による監視,データの統計処理・二次利用などを行っている。
■お買い物支援サービス
地域で安心して暮らすことができるように,地元の商店街やNPO法人と提携した“お買い物支援”にも取り組み始めており,自助・互助を生かした地域包括ケアシステムモデルの実現をめざしている。生活支援は地場のNPO法人や商店と提携してサービスの提供を行っており,利用者はほしい商品をデジタルペンで専用紙に書き込むとサービス提供事業者に受注情報が届き,利用者宅に商品が配送される仕組みとなっている。
■医療・介護・生活支援統合ソフト「Personal Network(ぱるな)」
現在,(1) 地域包括ケアシステム,(2) どこでもMy病院,(3) ICF,(4) 地域活性化,(5) 生きがい創出,以上を包括化した,さらに進化したソフトがプロトタイプで稼働したところである。
なお,在宅の現場で生じている医療介護間の齟齬(例えば薬剤,栄養など)を解消するような現場教育に役立つツールの開発にも着手する予定である。
■今後の展開
地域医療連携ネットワークに基づくEHRとPHRがやりとりされる生活自立支援システムの統合が目標である。SS-MIXなどに代表される標準化を念頭に置き,電子カルテや介護ソフトと直接連動することにより,統計分析やデータマイニング機能を持ち合わせたシステムを考えている。
同時に,生きがい創出を含めた生活の質(QOL:Quolity of Life)向上のみならず,地域の質(QOC:Quolity of Community)を高めるソフト開発が重要と考えている。地域の質を上げなければ,いい医療・福祉を在宅に届けることは難しいのではないだろうか。
その行き着く先に,利用者本人が健康,医療,介護を含む一生を包括する生活史を自分自身でコントロールできる「生涯カルテ」が誕生できればと思っている。
◎略歴
(たかはし はじめ)
1984年北海道大学医学部卒業,同大学医学部附属病院循環器内科入局。札幌厚生病院循環器内科医長などを経 て,96年に高橋病院院長となる。2001年から同院ならびに社会福祉法人函館元町会理事長。現在,全日本病院協会理事,全日本病院協会医療の質向上委員会委員,日本病院会中小病院委員会委員,日本病院会北海道支部理事。また,北海道病院協会常務理事,北海道老人保健施設協議会副会長,全国老人保健施設協会代議員のほか,電子カルテCSI社ユーザー会会長を務める。
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