iPhone・iPadを活用した薬剤師による在宅医療支援
狭間 研至 氏(ファルメディコ株式会社代表取締役社長)
2012-3-26
狭間 研至 氏
2012年度の診療報酬改定では,重点項目として在宅医療が挙げられ,新たな加算などが設けられる。しかし,現場では,マンパワーが不足しており,医師や看護師だけでなく,薬剤師など多職種が積極的に連携し,在宅医療を提供していく必要がある。今回は,モバイルデバイスを活用した,在宅医療における新しい薬局・薬剤師の姿を狭間研至氏が解説する。
■はじめに
2010年の国勢調査では,わが国の高齢者(65歳以上)人口は23%を超え,日本が世界で初めての「超高齢社会」に突入したことが明らかになった。このような人口構造の変化に加え,急性疾患から慢性疾患へという疾病構造の変化もあり,わが国に求められる地域医療システムは変わりつつあるように感じている。 特に,認知症患者の増加や核家族化の進化形としての独居世帯の増加,そして「医療機関から在宅・介護施設へ」という医療業界における大きな流れを目の当たりにして,これからの地域医療は「要介護高齢者の在宅での薬物治療」をいかに質を高く,効率的・効果的に行うかというところにかかってくるのではないかと考えている。
私自身は,医師として地域医療・在宅医療の現場で診療活動を行うと同時に,薬局を運営し,さらにITシステムの開発も行う会社
を経営している。医学・薬学・ITというフィールドの重なりの中で何を考え,何をしようとしているのか。私たちの取り組みの一端をご紹介させていただきたい。
■薬局3.0というパラダイムシフト
「要介護高齢者の在宅での薬物治療」の質を高めていくためには,医師,看護師のみならず,薬学・薬剤の専門家である薬剤師が欠かせない。いま多くの患者さんが接している薬局は,「処方せん調剤薬局」とも呼ばれる薬局であり,医師が診察して発行した処方せんを持ち込めば,それに基づいてお薬を渡してくれる薬局というイメージが強いのではないだろうか。
しかし,戦後から昭和50年代後半まで,わが国において薬局と言えば,町の商店のような薬局であった。ドリンク剤や洗剤,粉ミルクなどが陳列され,テレビや新聞のCMで見かける内服薬や外用薬を薬剤師に相談しつつ購入するといった薬局は,いまでもごく一部に見かけることができるのみであるが,私はこういう形態の薬局を第一世代薬局(=薬局1.0)と呼んでいる。そして,いまわが国で大多数を占めている「処方せん調剤薬局」は,第二世代薬局(=薬局2.0)と呼んでいるが,前述のようなわが国の人口構造・疾病構造の変化の中で,新しいタイプの薬局,すなわち第三世代薬局(=薬局3.0)への移行が必要であると考えている。薬局3.0では,従来の処方せん調剤業務を継続して行いながらも,超高齢社会における薬物治療だけでなく,かつての薬局1.0で取り扱っていた医療・衛生材料なども活用して在宅での療養生活を支えていくことが重要である。まさに薬局というパラダイムが,第二世代から第三世代へと進化していく時期にあると感じている。
■ITによる教育支援と業務支援
薬局3.0は在宅療養支援において何を行い,どのように変化していくのかを示したものが図1である。現在,わが国には処方せん調剤を行っている薬局が約5万3000軒と集計されているが,そのほとんどは処方せん調剤に特化した薬局2.0である。これを次世代型薬局である薬局3.0へと変貌させ,在宅療養支援を行っていくような新しい地域医療システムを作っていければ,超高齢社会における高齢者の生活が非常に安定し,自分らしい生活を長く送ることができる。
この実現には,13万5000人いる薬局薬剤師の教育と業務支援が必要であるが,この両者にITの利活用はきわめて重要だと考えてきた。すなわち,薬剤師という社会人教育には,「時間と空間のギャップを乗り越える」というITの特性が生きるし,業務の均一化と拡散には,薬剤師による在宅療養支援という新しい業務をITシステムの基盤の上に構築することが欠かせないと考えたからである。なお,このコンセプトは,「平成21年度国土交通省高齢者居住安定化モデル事業」に採択されている。
■薬剤師によるバイタルサイン
薬局3.0では,薬剤師はお薬の調剤のみに専念するのではなく,ご自宅や介護施設で療養されている患者さんのところに行って,自らが調剤したお薬がきちんと服用されているのか,そして,その効果の発現・副作用の有無をチェックする必要がある。いわば,薬のみに没頭していた状況から,医師・看護師と同様に患者さんに触れて患者さんの状態を自らの手で知るような知識と技術の習得が必要である。医師・看護師は学校教育の中で学ぶが,すでに薬局や医療機関で働いている薬剤師でも学びやすいようにとして作ったのが,iPad向けアプリケーション「基礎からわかるバイタルサインHD 」である(図2)。ここでは,脈のとり方や聴診器の使い方など基本的な手技を,医師(私)の手技の動画で学ぶことができる(図3)。また,胸部の聴診などの訓練では,異常音の体験に工夫が必要である。最近の医学・看護学・薬学教育では,異常音を再生できるバイタルサインシミュレータが導入されるようになってきたが,人工的に作られた異常音を体験することの限界は確かに存在する。しかし,本アプリケーションではBluetooth付きの聴診器で採集した実際の患者さんの聴診音を,該当する部位に指を置くと再生される音声ファイルとして聴くことにより,聴診行動の疑似体験がiPad上で可能になる(図4)。これらを書籍とDVDで再現することは可能であるが,瞬時に再現できる操作性と価格の優位性は,圧倒的にiPadのようなスマートデバイスにあると実感する。
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■患者データの遠隔モニタリング
在宅療養支援においては,患者さんの状態を医療機関・訪問看護ステーション・薬局などで共有しつつ,継続的にモニタリングしていく必要がある。現在,血圧計や体重計にもBluetoothが搭載されたものが市販されており,それらを活用した遠隔モニタリングの実証実験を開始している(図5)。
本実証実験では,患者宅に置くiPadと訪問薬剤師が持つiPadにそれぞれ専用のアプリケーションを開発・インストールしている。 前者は,患者さんが測定した血圧(図6)や体重(図7)のデータを受信し,iPad上に記録・表示する(図8)。これらのデータはGoogleカレンダー上に記載され担当する医師,看護師,薬剤師で,リアルタイムに情報を共有することができる。また,医師や薬剤師とFaceTime機能
を通じて連絡をつける(図9)ことで,患者さん・医師にとっての安心感やちょっとした事案の判断など,プラスの効果が期待できる。
後者は,薬局内にある薬剤師カルテ(薬歴)の情報をiPad上で閲覧・更新できる(図10)ことで,患者ケアの質を高めるとともに,医師の訪問診療に同行した際や,夜間や休日の医師・看護師・介護スタッフからの問い合わせにも的確に答え,記録することが可能となる。 このような業務は,ITシステム上に構築することで,ほかの患者さんや施設,医療機関,薬局での展開は容易になっていくはずである。
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■超高齢社会の地域医療システム構築と薬局・薬剤師
私自身は医師であるが,自らの診療の中でも,薬局・薬剤師という地域の巨大医療リソースをいかに活用していくかが,「医療崩壊」に対する解の1つになりうると実感している。ただ,そのためには薬局・薬剤師のパラダイムシフトが必要であるが,教育支援・業務支援という2つの点でITの活用がポイントとなってくる。iPhoneやiPadなどのスマートデバイスの活用は,ITの活用の範囲を大きく広げてくれる可能性がある。今後も,目の前の患者さんとしっかりと向き合い,そこで出てくる課題や問題点をいかにして解決できるかを考えながら,少しずつでも前進していければと願っている。
◎略歴
(はざま けんじ)
ファルメディコ株式会社代表取締役社長。医師,医学博士,日本外科学会外科認定医。1995年大阪大学医学部卒業後,大阪府立病院(現・大阪府立急性期・総合医療センター)などを経て,2000年から大阪大学大学院医学系研究科臓器制御外科にて異種移植をテーマとした研究および臨床業務に携わる。2004年に同大学院修了後,現職。在宅医療の現場などで医師として診療を行うとともに,一般社団法人薬剤師あゆみの会・一般社団法人在宅療養支援薬局研究会の理事長として薬剤師生涯教育に,近畿大学薬学部・兵庫医療大学薬学部の非常勤講師として薬学教育にも携わっている。主な著書に「薬剤師のためのバイタルサイン」(南山堂),「薬局3.0」(薬事日報社),「外科医 薬局に帰る」(薬局新聞社),「新IT医療革命」「ITが医療を変える」(ともに共著,アスキー・メディアワークス)などがある。
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