医療におけるAIの研究開発が進む中ブームで終わらせないためにも日本メディカルAI学会では社会実装に向けて提言や人材育成に力を注ぐ
浜本 隆二 氏(一般社団法人 日本メディカルAI学会 代表理事 / 国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 がん分子修飾制御学分野 分野長)

2019-1-24


浜本 隆二 氏(一般社団法人 日本メディカルAI学会 代表理事 / 国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 がん分子修飾制御学分野 分野長)

日本では,医療分野のAI(メディカルAI)の研究開発が進んでいる。メディカルAIが普及することで診断精度の向上など医療の質が高くなり,医療現場の変革も進むと予想される。日本メディカルAI学会では,ブームで終わらせることなく,社会実装に向けて,提言を行うとともに,人材育成などに力を注いでいく。

加速する日本のメディカルAI研究

AIに関する日本の技術力は非常に高いと思いますが,メディカルAIは関連する分野が多岐にわたっており,その中で日本の存在感を示していくことが重要です。医療は機微な個人情報を取り扱うため,安全を確保しつつ,高い利便性で情報を利用できる環境が求められます。医療情報を利用できないと,私たちの研究や企業の技術開発にも影響を及ぼします。こうした中,2018年5月に「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律(次世代医療基盤法)」が施行されたことで,医療情報を利用しやすい環境が整備されました。これにより,今後日本のメディカルAI研究が加速していくと期待しています。
現在,メディカルAIの研究は,米国や中国が先行していて,日本は遅れをとっているという指摘があります。個人情報という概念があまりないこれらの国とは一概に比較することができませんが,日本の得意分野を生かすことで活路を見いだすことは十分可能だと考えています。例えば,内視鏡技術は世界でもトップレベルなので,それに関連するAI技術の開発に注力することは大切です。また,日本は,内視鏡画像に限らず,高精度で,質の高い医用画像などの医療情報を蓄積しているというバックグラウンドがあるので,高品質な学習データが求められるディープラーニングなどの機械学習においては,まだまだ強みを発揮できると思います。
メディカルAIの研究開発では,もちろん,国際的な競争力を持つことも重要ですが,それだけでなく日本の医療の質の向上に資することもとても大切です。日本の医療にAIを活用するには,日本語の自然言語処理や日本人特有の遺伝子を解析するための独自の技術開発にも取り組む必要があります。

AIがもたらす医療の質の向上と医療現場の変革

国立がん研究センターは,2016年から科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究領域「イノベーション創発に資する人工知能基盤技術の創出と統合化」に採択され,Preferred Networksと産業技術総合研究所人工知能研究センターとともに,「人工知能を用いた統合的ながん医療システムの開発」のプロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトでは,がん医療のためのAIの開発において,統合データベースが重要であるとの考えから,リアルワールドのデータを蓄積して,統合データベースの構築を図っています。また,医用画像については,CT,MRI,超音波診断装置といった放射線部門の画像や内視鏡画像の検出アルゴリズム,皮膚科領域におけるメラノーマの診断アルゴリズムの開発にも取り組んでいます。さらに,AIを用いたゲノム医療に関しては,ゲノム,エピゲノムなどのマルチオミックス解析の基盤構築に力を注いでいます。
臨床においてAIを活用するには,いくつかのステップを踏む必要があると考えています。最初のステップは異常検知です。例えば,2017年に青森県のがん検診では40%程度の見落としがあるという報道があり,一方でCT検査などにおける病変の見落としも社会的な話題になりましたが,このような見落としを防ぐために,AIによる異常検知が有用です。さらに,次のステップとしては,質的診断へのAIの応用があります。AIによってがんのステージやグレード,深達度の評価,転移の可能性,さらにはゲノムのキャラクタリゼーションに基づく抗がん剤の感受性予測などが,高精度に行えるようになると期待されています。
また,AIが臨床に普及していくことで,医療従事者のあり方も変わると思います。2017年の北米放射線学会(RSNA 2017)において,“Radiologists who use AI will replace radiologists who don’t.(AIを使う放射線科医が,使わない放射線科医に置き換わるだろう)”という発言があったように,AIを使いこなすことが大切です。使いこなすことにより,医師の業務負担を軽減し,働き方改革にもつながると期待されます。例えば,健診では,従来,膨大な数の胸部X線写真を読影する必要がありましたが,AIを用いることで,その作業から医師を解放することができます。さらに,AIならば,24時間稼働するので,作業の効率化や時間の短縮化を図ることも可能です。
このようなAI活用が進むことで,将来的には医療現場の構造も変化すると予想されます。単純な作業をAIが担うようになれば,医療現場の人材には,ゼネラリストではなく,より高い専門性を持つスペシャリストが求められるようになるでしょう。

メディカルAIの普及に向けた提言と人材育成に取り組む

今後,日本のメディカルAI研究を加速させていくには,国を挙げて取り組むことが重要です。日本では,医療情報が「要配慮個人情報」であり,その情報を研究開発に活用するために次世代医療基盤法が施行されましたが,ゲノムデータの匿名加工や画像データの精度管理などについて,実務者レベルでディスカッションしながら,メディカルAI研究を進めていく必要があります。
さらに,メディカルAIの普及に向けてはガイドラインも必要になります。厚生労働省や経済産業省がガイドラインの整備を進めていますが,AIのような新しい技術を社会実装させるためには,現場の声を反映して基準をつくることが求められています。研究開発のスピードを加速させるようなガイドラインにしなければなりません。
このような状況を踏まえて,私たちは,2018年4月に日本メディカルAI学会を設立しました。私自身,CRESTプロジェクトでメディカルAIの研究に取り組んできて実感していることは,社会実装に向けてはハードウエアやネットワークなどの技術開発だけでなく,質の高いデータを蓄積する環境整備や法整備なども行う必要があるということです。日本メディカルAI学会は,これらを進めるために,社会に提言していくことを目的としています。
また,メディカルAI研究の課題の一つとして人材不足が挙げられており,人材育成を行う仕組みも必要です。私たちの学会は,その役割を担うことも目的としており,日本メディカルAI学会公認資格(メディカルAI専門コース)を設けました。2019年1月25,26日に開催される第1回学術集会において,第1回講座を実施するほか,オンラインでも受講できるようにしました。このメディカルAI専門コースは,医療従事者や研究者などを対象としています。興味はあるものの,どのように取り組むべきかわからない方々に学ぶ機会を提供し,メディカルAI研究の裾野を広げていきます。
このほかにも,日本メディカルAI学会では,日本外科学会や日本医療情報学会などと連携して,診療ガイドラインの策定などにもかかわっていきます。一方で,企業との連携にも取り組みます。社会実装に向けては,企業が重要な役割を担いますので,学会活動を通じて大学や研究機関,医療機関と企業とのコラボレーションを促進したいと考えています。

第三次AIブームをブームで終わらせない

現在,第三次AIブームと言われていますが,過去のブームとの一番の違いは,社会実装し始めていることです。すでにAIが社会に取り入れられ,普及が進んでいる以上,ブームで終わらせることなく,持続させていかなくてはなりません。そのためにも,AIのメリットや課題を十分考えた上で医療現場に導入していくことが重要です。日本メディカルAI学会としても,医療をより良くするためのAI活用に向けた活動を展開していきます。

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(はまもと りゅうじ)
東京大学医科学研究所助手,ケンブリッジ大学腫瘍学部Honorary Visiting Fellow,シカゴ大学医学部准教授などを経て,2016年から現職。2018年に日本メディカルAI学会代表理事に就任。ほかに,東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科連携大学院教授,戦略的創造研究推進事業CREST研究代表,理化学研究所革新知能統合研究センターチームリーダー,内閣府官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)研究代表を務める。

 

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