技術解説(フィリップス・ジャパン)
2016年4月号
Abdominal Imagingにおけるモダリティ別技術の到達点
フィリップス社「Ingenia」が可能にする腹部領域アプリケーション
平尾 彰浩(MRIモダリティスペシャリスト)/ 並木 隆(MRIアプリケーションスペシャリスト)
腹部領域におけるMRI検査は,病変の存在診断のみならず質的診断や病期診断に広く利用されているが,臓器の不随意的な動きの影響やB1不均一によるアーチファクト,脂肪抑制不良もしばしば見られる。本稿では,「Ingenia」から新たに搭載された腹部領域におけるMRI検査の精度を高める最新技術について述べる。
■MultiVane XD
体動補正技術については,Pipeらが1999年に開発したPROPELLER法を基にした手法(当社アプリケーション名“MultiVane:MV”)が広く用いられてきたが,撮像時間が延長してしまう点,またturbo spin echo法への適用のみであり,主に頭部領域のみで用いられるシーケンスであった。そこで当社は,Pipeらが2014年に発表したPROPELLER法の改良法1)を基にした“MultiVane XD(MV XD)”法を用い,腹部領域への適応を可能とした。
PROPELLER法は,ブレード内のデータ収集と,それを繰り返し時間ごとに回転してk-spaceを埋める方法である。従来法はすべてのブレードを足し合わせた平均値をリファレンスデータとして,動きの影響があるブレードを省き体動補正を行っていたが,本手法ではリファレンスデータ自体に動きの影響を受けたデータが含まれるため,体動補正の精度が落ちてしまう。MV XDでは,リファレンスデータを作成せずすべてのブレード同士でパラレルに比較していき,基準以上の動きが出たデータを省くため,より高い精度での体動補正が可能となった。これにより,スライス面内の補正のみならず,スライス方向に対しても体動の影響が大きいブレードは再構成から省くため,アーチファクトを最小限にすることが可能となった(図1)。また,parallel imaging法の併用が可能となったことでルーチン検査時間からの延長を大幅に低減することができ,fast field echo(以下,FFE)法への適用も可能となったことで,腹部でのシーケンス適用も行えることとなった。
腹部領域への臨床例として,(1) 呼吸同期併用T2WI-MV XD,(2) 自由呼吸下T1WI FFE-MV XD画像を紹介する。
(1) 肝臓MRIにおけるT2WI turbo spin echo法は,複数回の息止め,呼吸同期法,横隔膜同期法が用いられるが,患者の呼吸状態により腹壁脂肪によるゴーストアーチファクト発生をしばしば経験する。このように,呼吸運動制御不能な場合にMV XDを呼吸同期に併用することで,腹壁脂肪によるアーチファクトを低減した画像取得を可能とした(図2)。
(2) 肝細胞特異性造影剤Gd-EOB-DTPAの肝細胞造影相は,通常息止めによる“eTHRIVE”(脂肪抑制併用T1WI turbo field echo法)にて撮像しているが,患者の状態により呼吸停止が困難な場合もある。そこで,新たに撮像可能となったFFE-MV XD法を使用することにより,自由呼吸下でT1WI FFE撮像を可能とした(図3)。これにより,呼吸停止困難な患者であっても,診断に耐えられる肝細胞相画像取得を可能とした。
■mDIXON XD FFE
DIXON法は,水と脂肪プロトンの位相差を利用して水・脂肪信号の分離を行うが,水・脂肪の位相角によりエコータイムが制限されることによって,選択可能な撮像パラメータに制限が生じる。さらに,region growing法による位相エラー成分を推測する技術が採用されるものの,いまだ水・脂肪信号の反転エラーは避けられなかった。当社の“mDIXON XD FFE”では,脂肪をメインピーク成分だけではなくサブピーク成分も含めた7つのマルチピークモデルを採用し,また本スキャンから得られる撮像ボリューム内の位相シフト量と装置ごとに固有のB0マップの情報を組み合わせて補正を行う3D B0補正を用いることで,水・脂肪信号の分離精度を大幅に向上させ,水・脂肪信号の反転を大幅に低減させることに成功した。また,mDIXON XD FFEは限定されたエコータイムではなく,エコータイムを自由に設定できる“フレキシブルTE”により撮像パラメータの制限を改善し,大きなFOVを使用した場合でもストップバンドアーチファクトや水・脂肪の反転アーチファクトを抑制した撮像を可能としている。
mDIXON XD FFEの臨床例として,(1) 腹部造影ダイナミック撮像,(2) 広範囲mDIXON XD冠状断撮像について紹介する。
(1) については,従来,腹部領域のダイナミック撮像においてeTHRIVEを利用してきたが,mDIXON XD FFEを利用することで局所磁場不均一に強い正確な脂肪抑制を可能とし,組織造影コントラスト向上を可能とした(図4)。また,従来法では空間飽和パルスの併用ができず,造影後に血管の高信号によるゴーストアーチファクトが発生していた。mDIXON XD FFEではk-spaceのセグメンテーションが可能となり,空間飽和パルスを併用することで血管によるゴーストアーチファクト低減を可能とした。
(2) の広範囲mDIXON XD冠状断撮像では,ストップバンドアーチファクトや水・脂肪の反転アーチファクトが改善していることがわかる(図5←)。
■mDIXON Quant
従来の化学シフトイメージングは,magnitudeベースで,最大50%まで脂肪含有量の計算が可能であるが,T1,T2*,脂肪肝の干渉,ノイズバイアスなど複数の交絡因子が原因で不正確になることがある。“mDIXON Quant”はcomplexベースによる正確な位相補正と,マルチエコー収集によるT2*補正を利用している。従来のout of phaseやin-phase画像による脂肪肝診断だけではなく,ROI計測による数値情報から脂肪やR2*を把握できるため,肝脂肪や鉄沈着の定量評価に有用である。また,B1不均一について患者ごとにRF照射強度の調整が可能である“Multitransmit”技術により,肝辺縁と肝実質内の信号の不均一性が解消されたことで,脂肪定量の精度と再現性も向上し,実臨床での有用性が大きく期待されている。
mDIXON Quantの臨床例として,
(1) fat fractionマップ,(2) R2*マップについて紹介する。
(1) 非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)の診断には,肝生検をゴールドスタンダードとしているが,肝生検は侵襲性の高い検査であり,繰り返し検査することが難しい。そこで,非侵襲的な肝脂肪含有量(hepatic fat fraction:HFF)の定量方法としてmDIXON Quantが利用されている(図6 a)。
(2) ヘマクロマトーシスやヘモジデローシスといった組織の鉄沈着の程度を判断するためにR2*マップが利用されている(図6 b)。
◎
本稿では腹部領域における臨床に即した「体動補正」「脂肪抑制」「脂肪定量」の技術について述べた。これらの技術を基に自由呼吸下での短時間撮像も可能となる撮像手法も現在開発中で,息止めの難しい患者に対して,Gd-EOB-DTPA検査で肝細胞相だけでなく,ダイナミック撮像への適用も期待されている。今後も革新的な技術開発を進め,腹部領域MRIへのさらなる発展に貢献したい。
●参考文献
1)Pipe, J.G., et al. : Revised motion estimation algorithm for PROPELLER MRI. Magn. Reson. Med., 72, 430〜437, 2014.
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