セミナーレポート(富士通)

2018年5月17日(木)〜18日(金)の2日間にわたり,東京国際フォーラム(東京都千代田区)にて「富士通フォーラム2018」が開催された。さまざまな分野の最新トレンドや成功事例,課題解決の実践事例を紹介する多くのカンファレンスやセミナーが行われたが,その中で医療分野のセミナーとして,医療法人財団献心会川越胃腸病院の小川 卓氏が,病院における「働き方改革」をテーマに講演した。

ITvision No.38

富士通フォーラム 2018(2018年5月17日(木)〜18日(金)@東京国際フォーラム)

実践! 働く人が辞めない,辞めたくない職場づくり
働く人が納得する働き方改革の推進を

小川 卓 氏(医療法人財団献心会 川越胃腸病院総務部長/医療サービス対応事務局長)

小川 卓 氏(医療法人財団献心会 川越胃腸病院総務部長/医療サービス対応事務局長)

医療法人財団献心会川越胃腸病院(理事長:望月智行)は1969年に設立された消化器科専門病院である。医療機関が真の社会貢献を果たすためには,技術とサービスと経営の3つをバランスよく追求することが必須と考えてきた。
医療現場における「働き方改革」というと, 多くは残業対策がイメージされるが,2018年4月に閣議決定された働き方改革関連法案では,「ワークライフバランスと生産性向上が共に達成されること」という目的が示され, 働く人の幸せと職場の充実の両方を達成することが改革の骨子とされている。
当院では,1992年に「医療サービス対応事務局」を設置し,スタッフ・患者・ 病院間の“関係性の質と量を高める”ことに着目して活動を行ってきた。本講演では,その具体的活動を中心として,当院における“働く人が辞めない”働き方改革への取り組み内容を紹介する。

関係性に働きかける職種横断組織「医療サービス対応事務局」

スタッフが退職する理由を突き詰めると,職場の人間関係や,病院の方針に納得できないといったことが多い。働き続けたい 職場とするには,スタッフの職場不信や孤立感を解いていく働きかけが大切であると言える。そこでポイントとなるのが“関係性”への視点である。どの職場もスタッフ・患者・病院,それぞれの満足度と成果を高める努力は日々重ねている。
「関係性」という目に見えないものへの働きかけは,トップダウンやボトムアップで行うよりも,組織の内側から周囲に広がるようなミドルスプレッド型のクロスファンクショナルチーム(CFT:職種横断型チーム)が担当した方が,よりスムースであり,適任であると感じている。
医療サービス対応事務局は,対外的には病院と患者の間に立ち,寄せられるさまざまな声を一元管理・対応する情報プラットフォーム機能と,対内的にはそれらの課題を関連する部門や各種委員会と情報共有し,解決に導くためのコーディネート機能を持っている。構成メンバーは役員,医師,看護師,事務職を含むスタッフ10名で構成され,所属する部門から選抜された全員が兼務者である(図1)。
全員集合するのは月に1回のメインミーティングのみ,それ以外はメーリングリストを活用した情報共有と,課題ごとに臨機応変な対応を心がけている。

図1 医療サービス対応事務局の働き

図1 医療サービス対応事務局の働き

 

コミュニケーションは双方向に

今はどこの病院でも実施している患者アンケート調査も,関係性に視座を置くことにより,新たな機能が見えてくる。
まず,アンケート調査をしたからには,その結果を記入者にフィードバックしなくてはコミュニケーションは成立しない。当院では集計結果の満足率などをグラフで報告し,改善できた内容も(可能な範囲で)表示報告をしている。これらも病院と患者の関係性(信頼感)向上の一手段と考えている。

スタッフと病院の関係性を高めるアンケート活用方法

スタッフと働く病院の関係性の質を高める観点からアンケート結果の活用を考えてみたい。患者側からの厳しい評価は事実としてまっすぐ受け取るべきものではあるが,「アメとムチ」のムチとしてだけ利用してはマイナスしか生まない。
また,スタッフへの分析結果の共有がないのは論外だが,逆に「情報共有過多」も問題である。「いい病院にするために自分は何をすべきか」という発想につながらない過度のデータ共有は,忙しいスタッフに無用なストレスを与えている。病院とスタッフの関係性を充実させるどころか,逆に距離感を生んでいる可能性もあることを認識しなければならない。
経営品質活動におけるわが国のリーダーである野中郁次郎先生(一橋大学名誉教授)は,次の「3つのオーバー」が日本中のあらゆる組織から活力を奪っているとの警鐘を鳴らしている。
・over-analysis:過剰な論理分析
・over-planning:過剰な経営計画
・over-compliance:過剰な法令順守
また,当院ではアンケート結果を賞与配分にも活用している。賞与の成績比例分のうち部門成績について,患者様満足度アンケート調査結果を病院への部門別貢献度として点数化し,賞与に反映している。個人の活躍とあわせて賞与額に反映することで,切磋琢磨しながら相互協力し合う組織風土の土壌づくりにもつながっている。

トップダウンのみが可能にする信頼関係の土台構築

CFTによるミドルスプレッドが関係性の質の向上に有用な一方で,スタッフと病院の信頼関係の構築には,トップダウンでしかできないこともある。それは,スタッフの成長と納得のために客観性のある評価基準を病院が提示することである。当院では,医師以外のスタッフについて,初級職から監督職まで5等級に分けて評価基準を提示することで,スタッフが努力すべき方向性を明確にしている。スタッフがそれぞれ自分に求められていることをしっかり把握しながら,安心感(安定感)を持ちつつ成長を志向できるという職場環境が信頼関係の土台を形成している。

患者との情報共有がスタッフのモチベーションを向上させる

患者とスタッフの関係性向上には,患者からのポジティブ情報(褒め言葉)をスタッフ間で共有することが大切である。自分たちの足りない部分に焦点を当てる前に,まずはできている部分の積極的な共有の推進である。
病院には「縁の下の力持ち」的な仕事がたくさんある。栄養科や清掃など,患者の目に触れることのない舞台裏の仕事を紹介するポスターを作成して,院内に掲示している。スタッフにエールを送るつもりで始めた取り組みだが,患者がスタッフに声をかけるきっかけにもなっており,スタッフのモチベーション向上につながっている。

クレーム対応方針を明確にし関係性における危機を回避

患者との関係性においては,クレーム対応も重要である。事務局ではクレームを受けた場合に,外部(クレームを出す側)と内部(クレームを受ける側)に対して,次のような対応方針をとっている。
外部に対しては,「当院において不満足な体験が発生した」ことに対してお詫びし,クレーム内容を十分に確認した上で,事実に則した対応を行う。
一方,内部に対しては,スタッフを守る姿勢を明確にしている。スタッフを矢面に立たせず,反省すべき点や改善事項がある場合には,事実関係を明らかにした上で,本人および上司と情報共有と改善指導を行っている。病院がスタッフを守り,しっかりと教育していくことが,スタッフの定着につながると考えている。

事務局活動の目的は“関係性の創造”

医療サービス対応事務局の大切な役割の一つが,スタッフが困ったときの受け皿づくりである。クレームやインシデントへの対応の際にも,「ここに報告すればいい」「解決方法をともに検討してもらえる」という安心感をスタッフに持ってもらうことで,互いに安心感を与えあえる職場環境をつくることができる。
事務局は,設立時から「医療サービス事務局」ではなく,「医療サービス“対応”事務局」の名称で活動してきた。もし,前者であればサービス向上だけが目的となり,効率性やルール作り,問題への対処に追われ,おそらく活動の行き詰まりとマンネリ化に至ったはずだ。
しかし,私たちは「対応すること」すなわち,より良い医療サービスを提供するための“関係性の創造”を活動の主眼としてきた。だからこそ多様な現実に向き合うための調和性,「なんとかできないか」という自主性と創造的な実践を26年間にわたり続けてこられたのだ,と考えている。

地域医療機関との連携で地域との関係性づくりを促進

当院のような小規模病院では,スタッフ間の親密さ(家族的)が生れやすいメリットはあるが,逆に大人数集団の多様性やダイナミズムに欠ける面がある。
2013年に川越市内で互いに尊敬し合える3病院,愛和会(産婦人科),真正会(リハビリ科),献心会(消化器科)でASK会を設立した。その設立趣旨は,「地域の皆様に安心,安全で快適な医療サービスを提供するために,異なる専門領域で明確な特長を有する病院間で職員の交流を図り,お互いの持つ知識や経験を共有し,職員の成長と病院の発展に寄与する。」である。

働く人と職場の共創による働き方改革の推進を

当院は,経営理念に「患者様の満足と幸せの追求」「集う人(スタッフ)の幸せの追求」「病院の発展性と安定性の追求」の3つを掲げ,“人満足の好循環スパイラル”をめざしている(図2)。
ワークライフバランスと生産性向上をめざす上で,スタッフが経営理念にどれだけ深い共感を感じているかは大きなポイントとなる。しかし,病院への共感や一体感をスタッフに強いると,表層的な貢献意欲しか生まれない。まずはスタッフの専門性と個別性を大切にしながら,その関係性を豊かに育て,時間をかけて理念を共有していく。この順番を大切にすることは,個々の働き方を大切にしながら,全体最適に至る最短距離だと私たちは考えている。そして,ここにこそ働き方改革の本当の道筋もあるのではないだろうか。

図2 人満足の好循環スパイラル

図2 人満足の好循環スパイラル

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