FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.52
部長(医療情報担当)兼耳鼻咽喉科部長 大津雅秀 氏 小児集中治療科部長 黒澤寛史 氏
Case54 兵庫県立こども病院 FileMakerによる電子化から20年。電子カルテ導入後も小児集中治療のデータベースを構築
兵庫県立こども病院(290床)は,1970年に全国で2番目の小児病院として開設された。同院では,2000年代から病院情報システムをClaris FileMakerプラットフォームで構築してきた歴史を持つ。ポートアイランドに移転する2016年まで,FileMakerで独自に構築したオーダリングや診療支援などのシステムが稼働していた。移転後は,電子カルテシステムはベンダー製へと移行したものの,診療科では患者台帳や学会発表,研究のためのデータベースとして,FileMakerで構築したカスタムAppが引き続き活用されている。同院の20年以上に及ぶ「ユーザーメード」の歴史と活用の現況を,医療情報担当部長兼耳鼻咽喉科部長の大津雅秀氏と,小児集中治療科で症例管理システムをFileMakerで構築している同科部長の黒澤寛史氏に取材した。
周産期から小児まで高度専門医療を提供
同院は1970年に全国でも国立小児病院(現・成育医療研究センター)に次ぐ2番目の小児病院として開設された,小児医療のさきがけの病院である。病床数は290床で,小児病院として全国でもトップ5に入る規模を誇る。診療面においてもハイリスク多胎児や超低出生体重児などを母体を含めて受け入れる総合周産期母子医療センター,ER型の3次救急まで提供する小児救命救急センター,小児がん医療センター,小児心臓センターなどの機能を有し,兵庫県のみならず西日本をカバーする高度専門医療を提供しているのが特徴だ。同院は,2016年に神戸市須磨区から中央区ポートアイランドの現在地に移転,神戸医療新産業都市として神戸市立医療センター中央市民病院,神戸陽子線センターなどが集まるメディカルクラスターの一端を担い,各施設と連携した医療を展開している。
2000年代からFileMakerでオーダリングを独自に構築
同院では,2003年に神戸大学小児科学教授から院長として赴任した中村肇氏の鶴の一声で電子化へ取り組みが始まった。中村氏は,医療者によるユーザーメードのITシステム構築の普及,促進を目的とするJ-SUMMITS(日本ユーザーメード医療IT研究会)の活動に初期から関わり,自らも神戸大学時代からFileMakerでのデータベース構築を手掛けていた。それらの実績があったことから,プラットフォームとしてFileMakerを採用した。2005年に同院耳鼻咽喉科に赴任した大津氏は当時の状況について,「血液検査や画像検査のオーダリング,結果参照,外来予約,病名登録などが可能な診療支援システムが稼働していました。その後,PACSも稼働してフィルムレス化されました」と述べる。システムの構築や保守は外部の開発会社が担当し,それは2016年の病院移転まで使用された。大津氏は院内におけるFileMakerの活用について,「診療支援システムのほかに診療科ごとに症例や手術の情報を管理する症例データベースや患者台帳,手術台帳が構築されていました。FileMakerは,プログラミングの知識がなくてもデータベースやインターフェイスを直感的かつ容易に構築できることから,各診療科が必要なシステムを個別に構築していました」と説明する。
診療科ごとのデータベースとしてFileMakerを活用
新病院では,電子カルテにベンダー製システム(HOPE EGMAIN-GX,富士通製)が導入された。移転後のFileMakerの位置づけについて大津氏は,「オーダリングなどの診療支援の機能は電子カルテに移行しましたが,各診療科で構築されていた患者や手術の台帳,学会活動用の研究データベースは,継続して新病院でも利用できる環境を整えました」と述べる。EGMAIN-GXでは,約70台の電子カルテ端末にFileMakerをインストールして,各診療科が作成したファイルにアクセスできるようにした。現在までFileMakerで診療データベースを構築しているのは,麻酔科,産科,神経内科,新生児科,心臓血管外科,小児集中治療科など。電子カルテとは別にFileMakerを活用する理由を大津氏は,「電子カルテになっても研究に必要なデータは簡単には集まりません。必要なデータを網羅的に収集するためにも,診療内容を理解して必要なデータがわかっている医療者が直接扱うことができるFileMakerは目的にかなっています」と言う。
2024年9月には,電子カルテがEGMAIN-GXからHOPE LifeMark-HXに更新された。各診療科のFileMakerの環境はそのまま継続されたが,小児集中治療科と心臓血管外科の症例管理システムは,データ量が多く利用頻度も高かったことから,FileMaker Serverでの管理に変更して運用の利便性の向上やセキュリティの担保を図った。
小児集中治療室の患者データベースを構築
同院には,PICU(小児集中治療室)16床,HCU(高度治療室)11床,NICU(新生児集中治療室)21床,GCU(新生児回復室)30床などの重症系病棟がある。小児集中治療科では,これらの重症系病床の患者の診療情報の記録,各種診療レジストリや共同研究のためのデータ収集・管理を行う「症例管理システム」を構築している(図1〜3)。黒澤氏はFileMakerを使うことになったきっかけについて,「前任地の静岡県立こども病院の時に,患者情報を管理するためにFileMakerで構築したのが最初です。既存のファイルを参考にして,見よう見まねで独学で取り組んできました」と述べる。
集中治療の領域で記録される患者データは多岐にわたり,項目の数も多い。黒澤氏は,「電子カルテで扱える項目数ではまったく足りません。データ連携の観点から電子カルテに機能を搭載しようとしたのですが,項目が多すぎて断念しました」と言う。集中治療室の患者情報を収集する診療レジストリとして「日本ICU患者データベース(Japanese Intensive care PAtient Database:JIPAD)」がある。黒澤氏は「JIPADは,FileMakerで構築されているのでローカルのファイルからCSVで書き出してJIPADにインポートし,サーバに送信しています。ローカルのFileMakerで作成しておけば,あとはワンボタンでインポートできるので,登録の負担は軽減されています」と述べる。また,国際的な多施設共同研究である気管挿管レジストリ(NEAR4KIDS)などにも参加している。黒澤氏は,「それぞれのレジストリは独自の項目もあるので,FileMakerでは必要に応じて項目を追加したり,タブで分けたりが簡単にできるのもメリットです」と述べる。
集中治療患者のデータは年間800〜1000件ほど発生し,現在8000件近いデータが保管されている。入力はスタッフが手分けして行い,最終的に黒澤氏がチェックしている。症例管理システムではデータの入力支援の仕組みも構築されている。「データベースは入力されたデータの質が命です。入力項目を階層化したり,選択肢を設けて誤入力を防いでいます。FileMakerでは,入力規則を作成することが簡単にできるので正確なデータ入力を支援できます」(黒澤氏)。
■Claris FileMakerプラットフォームで構築した小児集中治療症例管理システム
部門システムとの連携でデータの取り込み
集中治療部門では,LifeMark-HXへの更新に合わせて部門システムとして「Prescient」(富士フイルムメディカル製)が稼働した。Prescientは重症系病床に入院する患者の情報を,電子カルテやモニタリングシステムなどと接続して管理する。今回の導入では,PrescientからCSVでデータを抽出してFileMaker側に取り込む仕組みを構築した。接続はClarisパートナーである(株)ジュッポーワークスが行った。部門システムとのデータ連携について黒澤氏は,「これまでは基幹システム側と連携していなかったので,ほとんどのデータが手入力で負担になっていました。Prescientと連携したことで患者基本情報のほか,重症度評価のためのSOFAスコアを求めるデータが自動で取り込めるなど,入力の手間が削減されました」と言う。
重症系の部門システムが稼働してもFileMakerを使い続ける理由を,黒澤氏は「Prescient側にも必要な項目を要望して対応してもらいましたが,それでもまだ収集できない項目が残っていますし,レジストリや研究が始まれば新規の項目が追加されることもあります。そういった変更に対応するにはFileMakerが必要です」と述べる。
ローコードのメリット生かしたデータベース構築に取り組む
黒澤氏は,これまでもJIPADや,COVID-19重症患者のデータベースである「横断的ICU情報探索システム(CRoss Icu Searchable Information System:CRISIS)」の運用にも関わってきた経験から,今後,対応が求められる急性呼吸器感染症(ARI)などのサーベイランス事業にも取り組んでいきたいと展望する。「JIPADとも連携させて,日本全体の重症小児患者のデータベースを構築できたらと考えています。JIPADもCRISISもFileMakerプラットフォームで構築されているので,そこでFileMakerが活用できるのではと考えています」(黒澤氏)。
20年以上前にFileMakerで始まった同院での診療支援システムの構築は,ユーザーメードの原点である。そして連綿と続くFileMakerの活用の精神は,医療DXの課題解決につながっていくことだろう。
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