FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.51
バイオバンク長 渡邉 研 氏 バイオデータ管理室長 渡辺 浩 氏
Case51 国立長寿医療研究センター 10年以上にわたり医学研究の基礎を担うバイオバンクの安定したシステムを支えるローコード開発プラットフォーム
国立長寿医療研究センター(愛知県大府市,以下,NCGG)は,2012年にバイオバンクを立ち上げた。NCGGでは,バイオバンクの試料や臨床情報の管理を行うシステムをClaris FileMakerプラットフォーム(以下,FileMaker)で構築している。基盤となるコアシステムは,Claris Platinumパートナーである(株)ジュッポーワークス(大阪府)が担当。データ管理室のスタッフが構築したものも含め,ローコード開発が可能なFileMakerのメリットを生かして作られたシステムは,複雑で変更の多い運用フローにも柔軟に対応しながら医学研究を支援している。バイオバンク事業の概要,そして事業を支えるシステム構築の方向性について,渡邉 研バイオバンク長と渡辺 浩バイオデータ管理室長に取材した。
医学研究のための試料や情報を管理するバイオバンク
バイオバンクは,医学研究を目的に主にヒト由来の試料(血液,組織,DNAなど)とそれに付随する情報(問診や病名,検査情報など)の収集・保管・提供を行う組織である。NCGGのバイオバンクでは,認知症や運動器疾患など高齢者に多い疾患を中心に試料や情報が収集されている。登録者数は院内1万4325人,近隣住民を対象としたプロジェクト研究などを行うコホートからが2万5047人となっている(2024年5月現在)。渡邉バイオバンク長は,「バイオバンクは,集められた試料を体系化されたシステムで保存・管理し,品質管理された試料や情報を提供することで,研究の質や結果の再現性を向上させ,新薬開発など医学研究を支援することが目的です」と説明する。
また,NCGGを含む国内の6つのナショナルセンター(NC)は,それぞれが持つバイオバンクを連携した「ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク(NCBN)」を構成している。各NCのバイオバンクではがんや循環器疾患など,それぞれが専門とする疾患に関連した試料や情報を蓄積している。NCBNではそれらを相互に連携し,バイオバンク間を横断して検索が可能な「カタログデータベース」を提供している。渡邉バイオバンク長は,「NCBNは高度専門センターの特徴的な疾患が集まった疾患バイオバンクであり,専門医が収集した詳細な診療情報を併せて提供できることが特徴です。企業やアカデミアへの提供(分譲)を行っており,広く医学研究に貢献することがねらいです」と説明する。
試料の保管や情報連携を含めたシステムをFileMakerで構築
NCGGでは,バイオバンクの試料や付随する診療情報を管理するための「バイオバンクシステム」をFileMakerプラットフォームで構築した。試料の在庫管理,同意書や匿名化など基盤となる業務システムはジュッポーワークスが担当し,データ管理室のスタッフによる内製化システムと組み合わせて運用されている。同センターの高齢者総合機能評価(CGA)のデータ管理システムをジュッポーワークスがFileMakerで構築していたこと,また,渡辺室長自身もFileMakerでSS-MIX標準化ストレージのデータ連携などのシステムを構築していたこともあり,バイオバンクのデータ管理システムについてもFileMakerでの構築を検討した。渡辺室長は,「立ち上げ当時は,バイオバンク自体が新しい取り組みでモデルとなる既製システムもなく,仕様の洗い出しから始める必要がありました。運用フローが複雑で,現場からの要望も流動的で日々変化するという背景もあり,最初に仕様を固めるウォーターフォール型ではなく,要望に合わせて設計を柔軟に変更できるアジャイル型の開発が必要と判断し,ローコード開発が可能で柔軟性に富んだFileMakerを採用しました」と説明する。
検体管理や匿名化,HIS連携など機能ごとにモジュール化
ジュッポーワークスと共同開発したバイオバンクシステム(Biora)は,バイオバンクの運用フローに合わせた「検体管理」「同意」「匿名化」「HIS連携」の4つのモジュールを中心に,ほかに「分譲」などいくつかのモジュールで構成されている。
「検体管理」モジュールは,集められた試料の保管場所,移動や分譲などの履歴,付随する臨床情報の管理などを行う。バイオバンクに送られた生体試料は,ラボ内で分注され格子状のチューブラックに収められて冷凍保存される。サンプルがどの冷凍庫の,チューブラックのどこに保存されているかを二次元バーコードで管理し,分譲の依頼があった際にはすぐに取り出せるようになっている(図1)。「同意」モジュールは,バイオバンク登録の際,協力者の同意情報を管理するものだ。説明と同意は「コンシェルジュ」と呼ばれる専門スタッフが行うが,同意モジュールではコンシェルジュへの依頼,同意日,同意書のバージョン管理などを行う。渡辺室長は,「同意書には,同意の範囲や内容などの変更に応じてバージョンがあります。協力者がどのバージョンの同意書で同意しているかを把握する必要があり,その情報を含めた管理を行います」と述べる。「匿名化」モジュールは,臨床情報を匿名化するための機能を提供する。バイオバンクでは,必要に応じて検体の情報をフィードバックできるよう,匿名化には「仮名加工情報」を用いている。匿名化モジュールでは,仮名加工情報の対応表の管理などを行う。「HIS連携」は,試料に付随する臨床情報を電子カルテシステムから取り込むためのモジュールで,厚生労働省標準規格である「SS-MIX標準化ストレージ」での取り込みを可能にする。
FileMakerの採用に加えてモジュール単位で開発したことで,必要なシステムをスクラップアンドビルドで構築できたという。渡辺室長は,「検体管理のモジュールでは,項目の追加や運用の変更,新たなタイプの試料の追加などがあり,FileMakerの柔軟性が功を奏しました。基盤モジュール以外でも,部門や外部のプロジェクトから日々さまざまな要望があり,より流動的に対応する必要がありました。その部分は,内部のスタッフがFileMakerを使ってアドオンのような形で対応する仕組みを作りました」と述べる。その一つがNCBNのカタログデータベースに登録するデータを収集するシステムだ。NCBNのカタログデータベースはオンライン連携ではなく,各NCがバイオバンクの情報をアップロードする運用になっている。NCGGでは,バイオバンクシステムや院内のFileMakerデータベースから収集し,マージしてデータを作成して登録するシステムを構築している(図2)。
■Claris FileMakerプラットフォームで構築したNCGGバイオバンクシステム
国際規格認定で,システムをはじめ組織や体制を見直す
2024年3月にNCGGなど4つのバイオバンクが,国際標準化機構(ISO)規格に基づく国内初のバイオバンク認定を取得した。国際規格(ISO 20387:2018)には,経営・組織・ガバナンスから教育・研修などの人員管理,資料収集・提供のための設備や手順,文書に基づく品質マネジメントシステムの構築と実行などが規定されており,世界では約20機関が認定されている。今回の認定取得について渡邉バイオバンク長は,「体制や運用を含めて組織のマネジメントを見直すきっかけとなりました。客観的な視点で組織を検証して体系化することで,品質の向上と持続可能な組織の運営が可能になります」と述べる。国際規格の認定は,バイオバンクシステムの運用についても見直すきっかけになったと渡辺室長は言う。
「FileMakerでの開発は,スタッフ自ら考え,管理し,課題を解決することになり,結果的にPDCAサイクルを回す体制が自然と構築されました。これはデータ管理室が小さな組織で,スタッフの入れ替えも少ないという環境も大きな要因だと言えます。一方で,今回のISO受審は,アジャイル開発だったゆえに仕様書がなく都度の要望や必要性に合わせて構築してきたシステムを,改めて見直すきっかけになりました。なぜこれが必要かを,システムを俯瞰し深く理解した上で考え提案する必要性を実感しました。FileMakerの柔軟さの裏返しであるシステムの属人性や永続性も含めて,仕様や運用の見直しを進めているところです」
ゲノム情報など,保管から活用できるバイオバンクをめざす
バイオバンクシステムの方向性を渡辺室長は,「今後は保管したリソースを,より有効に活用してもらえるようなシステムが必要です。そのためには診療情報を充実させるため,院内のさまざまなシステムと連携することが重要です。これからはデータベースの統合など相手のデータを持ってくるのではなく,参照する,のぞくだけという“緩やかな”データ連携も必要になると思います」と述べる。バイオバンク事業の今後について渡邉バイオバンク長は,「生物試料を中心とするバンキングから,情報(データ)が中心のバンキングの時代になってきます。ゲノム解析は当然として,試料を基にオミックス情報などさまざまなデータ解析が可能になっていますので,そういった情報を含めてより多くの研究者が使いやすいシステムを構築して,最終的に患者さんを救うことにつながればよいと考えています」と語る。
国際規格認定を受けさらなる飛躍が期待されるバイオバンク事業を,確実なデータ管理と柔軟な運用を可能にするローコード開発プラットフォームが支えていく。
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