FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み

ITvision No.50

臨床工学部 部長 益田ひとみ 氏 副部長 江良貴之 氏

Case49 医療法人杉村会杉村病院 医療機器の安全管理など臨床工学技士の業務をFileMakerプラットフォームでサポート

益田 氏(右)と江良 氏(左)

益田 氏(右)と江良 氏(左)

熊本市中央区の医療法人杉村会杉村病院(杉村勇輔理事長)は1956年に開院。現在は「全身の血管病への対応」を指針に掲げて,心臓血管,脳血管,末梢血管および糖尿病疾患の専門医が連携し,救急医療をはじめとした高度な医療を提供する体制を整えている。同院では,Claris FileMakerプラットフォーム(以下,FileMaker)を用いて,心臓カテーテル(心カテ)や外来業務,医療機器管理などの臨床工学部の業務をカバーするシステムを内製化している。臨床工学部の益田ひとみ部長と江良貴之副部長に,同院におけるClaris FileMakerによるシステム構築の現状を取材した。

循環器から脳血管疾患まで高度な急性期医療に対応

杉村病院は開院以来,常にその時代の地域の医療ニーズに対応した医療を提供してきた。1990年代までは救急医療に注力していたが,その後,住民の高齢化に伴い介護や福祉と連携した地域包括ケアシステムを提供する回復期・慢性期の医療に転換。そして2009年に心臓血管センターを開設し,将来的に増加が予想される循環器疾患に対応するべく,急性期医療へと再びかじを切った。心臓血管センターでは,循環器内科の専門医を招聘し,2管球CTや血管撮影装置などを導入して高度医療を提供する体制を整えた。2013年に脳神経・血管領域の診療を開始し,全身の血管疾患をカバー。2019年には脳神経内科での24時間365日の救急体制がスタートし,一次脳卒中センター(PSC:Primary Stroke Center)にも認定された。3T MRIも導入し,さらに高度な診断・治療の設備を整えた。2023年4月には,病院(本館)東側に新病棟がオープン。旧病院の病棟機能を移設し,急性期(79床),回復期リハビリテーション(84床)のほか,HCU(高度治療室)8床,SCU(脳卒中集中治療室)6床など病床数は177床。1階には血管撮影装置を設置したハイブリッド手術室が設けられている。

急性期医療の立ち上げに合わせFileMakerでシステム構築

同院でFileMakerによるシステム構築が始まったのは,急性期医療への転換がきっかけだった。2009年の心臓血管センターの開設時,循環器内科医をはじめとする医療スタッフ,CTや血管撮影装置などの医療機器,HCUの設置など急性期疾患に対応する体制が一気に整備された。心カテやさまざまな高度医療機器を扱う臨床工学部も同時に設立された。益田氏は,「急性期医療の体制はゼロからのスタートでしたので,院内のシステム化についても手探りの状態でした。心カテの台帳については外部から来た循環器内科医の要望もあって,FileMakerを使ってシステム構築を始めることになりました」と説明する。システムの構築は,臨床工学部の江良氏が担当することになった。益田氏は,「臨床工学技士は,心カテ業務や外来業務でも医師とかかわることが多かったので,必然的にFileMakerでのシステム開発やメンテナンスを担当することになりました」と言う。一方,依頼された江良氏は,「FileMakerを使うのは初めてで,解説書などを頼りに独学で構築を進めていきました」と言う。
心臓カテーテル室(カテ室)周りの心カテ台帳,血管造影室や手術室の予定表,スケジュール管理などがFileMakerで構築され,これらのカスタムAppは現在も利用されている。システム構築をFileMakerで内製化した理由を益田氏は次のように言う。
「心臓血管センターが立ち上がって急性期疾患に対応する中で,院内からのさまざまな要望に迅速に対応する必要がありました。心カテやPCI(経皮的冠動脈インターベンション)などの治療では新しい術式やデバイスの追加など変化が激しいので,柔軟ですぐに対応できる拡張性が求められました。その都度,どうしたらよいのかを医師とディスカッションしてシステムに反映するためにも,決まった項目や画面レイアウトのベンダー製のシステムではなく,自分たちで構築できるFileMakerが最適でした」
FileMakerによる内製カスタムAppは,臨床工学部の業務システムにも拡大し,2012年に電子カルテシステム〔ソフトマックス(株)〕が導入されるまでは,外来受付や検査の予約管理のシステムでも利用されていた。

医療機器の管理業務をFileMakerでシステム化して医療安全業務に貢献

医療機器の管理業務をFileMakerでシステム化して医療安全業務に貢献

 

医療機器の安全管理のためにデータベースを活用

臨床工学部は5名のスタッフで,業務はカテ室や手術室周りの機械出しや機器の操作などのサポート,ペースメーカーや睡眠時無呼吸症候群の治療のためのCPAP(経鼻的持続陽圧呼吸療法)などの管理や外来業務,院内の医療機器管理など多岐にわたる。FileMakerで構築されているカスタムAppは,ME(医用工学)機器管理簿,機器の貸し出し管理,ペースメーカーなどの外来患者管理など,ほとんどの業務をカバーしている(図1)。益田氏は,FileMakerでのシステム化のポイントは「医療安全」だと言う。
「医療機器は,クラス分類され区分に応じた安全管理が求められています。直接患者さんの命にかかわるので,点検や修理などの履歴を残して,安全性を確実に検証するためのデータベース化を行っています」
病院における医療安全管理業務では,厚生労働省からの通達で院内に「医療機器安全管理責任者」を置いて,医療安全に関する教育や研修,事故防止のための情報収集や管理,周知徹底を行うことが求められている。同院では益田氏が医療機器安全管理責任者を務めている。医療機器については,機器の保守点検(日常点検),正しい使用方法や特徴の理解,安全情報の収集などが求められる。

〈ME機器の安全管理〉
医療機器の安全管理の中心となるデータベースが,ME機器管理簿(図2)だ。ME機器管理簿では,病院で管理する医療機器について,購入日,耐用年数,廃棄予定日などを機器の写真などを含めて参照できる。別ファイルの医療材料データベース,機器の貸出・在庫状況管理のデータとリンクして,修理履歴や定期点検履歴などを一覧できるようになっている。機器や材料ごとに添付文書や医薬品医療機器総合機構(PMDA)からの情報などを登録し,院内からいつでも確認できるほか,納入価や使用状況なども含めて確認できる。貸出・在庫状況管理では,病棟で使用する輸液ポンプ,シリンジポンプなどの貸し出し状況や在庫を病棟で確認してから対応できる。益田氏は,「臨床工学技士の業務管理だけでなく,添付文書や安全情報を院内からいつでも参照できるようにして医療安全管理の向上を図っています」と説明する。

〈医療機器を使う外来患者のデータ管理〉
在宅CPAP,ASVデータベース(図3)は,患者基本情報,使用する機器情報,保険診療報酬などの情報のほか,消耗品や機器の交換の履歴を管理する。外来時の申し送り事項や確認事項なども入力して,情報共有を行っている。益田氏は,「外来での患者情報は電子カルテにも記録されていますが,電子カルテでは過去データは探さないと見られません。FileMakerのCPAP患者管理では,患者さんの過去の履歴が一覧で確認でき,臨床工学技士の誰が対応しても情報を共有して対応できることがメリットです」と述べる。そのほか,外来ではリブレ(持続的自己血糖測定装置)やペースメーカーなどの問診や機器のチェックなども臨床工学技士が行っている。CPAPの継続患者は156名,リブレで55名,ペースメーカー99名,植込み型心電図記録計(ICM)50名となっている。

■Claris FileMakerプラットフォームで構築したME部門の情報管理システム

図1 ME業務に関連するカスタムAppの一覧(ME機器管理総合メニュー画面)

図1 ME業務に関連するカスタムAppの一覧(ME機器管理総合メニュー画面)

 

図2 ME機器管理簿

図2 ME機器管理簿

 

図3 在宅CPAP,ASVデータベース

図3 在宅CPAP,ASVデータベース

 

FileMakerの拡張性を生かして変化に対応

同院では,2022年からシステム管理課に2名のシステムエンジニア(SE)が在籍して,院内の情報化を担当している。益田氏は,「SEの方が加わって,FileMakerでのシステム構築についても相談できるようになりました。われわれ臨床工学技士だけだと,どうしても医療機器中心の目線でシステムを考えがちですが,より広い視点でアドバイスをいただいたり相談ができるので助かっています」と述べる。
新病棟の稼働に伴い,旧病棟(本館)のリニューアルも進められているが,これからのFileMakerによるシステム構築の方向性について益田氏は,「急性期医療の現場で,日々の診療業務を安全かつ効率的にこなすためのインフラとして,拡張性が高く柔軟に構築できるFileMakerに助けられてきました。新病棟を含めて今後も病院が変化していく中で,限られた時間やマンパワーで安全・安心で最善の医療を提供するためにも,これまで作ってきたさまざまなシステムをさらに充実させていきたいですね」と述べる。
中小規模の医療機関のDXが課題となっている今,同院におけるローコードとアジャイルというFileMakerの特性を生かした取り組みは,一つの解決策とも言えるだろう。

 

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