現場発!!
現場で“使える”介護ロボット開発をめざす!
iPadを使ったナースコールシステムで夜間の作業負担軽減に取り組む
2020-10-30
Needs(介護現場) × Seeds(企業)
介護現場の人手不足などで注目が増している介護ロボット。しかし現場では、「せっかく導入したのに、役に立たない」などの声が聞かれるのも事実です。そのため厚生労働省は、「介護ロボットのニーズ・シーズ連携協調協議会全国設置・運営業務」を開始、企業と介護現場が協働でロボット開発に取り組むための事業を行っています。今回は、iPadを使ったナースコール連携システムの開発に取り組む茨城県協議会のプロジェクトについて、協議会委員長を務める大場耕一さんと、ニーズ委員の小山貴士さんにお話をうかがいました。
〔企画協力:Apple Japan, Inc.-Claris法人営業本部、2020年8月取材〕
「介護ロボットのニーズ・シーズ連携協調協議会」とは
厚生労働省が2011年に「福祉用具・介護ロボット実用化支援事業」を開始してから約10年。この間、多くの介護ロボットが開発されてきましたが、介護現場のニーズと合わないものも多く、必ずしも普及が進んでいるとは言えません。
そのような状況を改善するため、2016年に、「介護ロボットのニーズ・シーズ連携協調協議会」が「介護ロボット開発等加速化事業」の一つとして開始されます。協議会は、開発前の着想段階から、開発の方向性について介護現場(ニーズ)と開発側(シーズ)が協議して、現場の課題解決に必要な介護ロボットを提案することを目的とするものです。2018年から2年間、日本作業療法士会が厚生労働省から委託を受け、各都道府県を中心に全国50か所(2019年度は47か所)に協議会が設置されました。
県作業療法士会が中心となり協議会が発足
作業療法士として長年現場に立つ大場さんも、介護ロボットは現場のニーズとはミスマッチなものが多く、中でも最も課題となるのが“費用対効果”だと考えていました。介護施設の多くは運営基盤も盤石ではなく、人材不足の解消につながるような機器を導入したいと思っていても、コストに見合わないことが多いのです。
そのような中で、茨城県では、ニーズ側として茨城県作業療法士会や介護福祉士会が、シーズ側として県内の企業数社や工業高校などが中心となり協議会を発足。県の関連部署や老人福祉施設協議会などがオブザーバーとして参画し、2018年に開発プロジェクトがスタートしました。
ニーズ調査の結果から開発内容を決定
協議会が当初から重視したのは、“いかに介護現場の負担を軽減させるか”でした。しかし大場さんは、「介護現場の業務を、すべてICTに置き換えるということは考えていなかった」と言います。「現場の介護スタッフから強く言われたのは、『利用者との触れ合いを減らすことを望んでいるのではなく、業務負担と無駄を減らすことで、利用者との関係性を深めていきたい』ということです。そのため、負担の大きい業務を洗い出し、それらがICTで置き換えられるのかを見極めることから着手しました」
協議会では、県内の特別養護老人ホームなどに勤務する介護スタッフを対象に、現場の状況やニーズを把握するための“ニーズ調査”を実施しました。そこでわかったのは、一人勤務が多い夜勤帯における頻回のナースコールや出歩きへの対応、記録の作成や整理などで疲労するスタッフの姿でした。そこで協議会では、(1) ナースコールの内容を把握することで負担を軽減するシステム、(2) 記録作成の簡素化を実現するアプリ開発を検討していくことにしました。
Clarisの協力を得てシステムを形に
協議会で議論を重ねて考案されたのが、iPadを採用したナースコールのシステムです。利用者がiPadでナースコールの目的をアイコンでタッチすることで、あらかじめコール内容がわかれば、準備をしてベッドサイドに向かえるため作業効率が改善し、また、速やかな対応は利用者にも安心感を与えます。これに、各種のセンサーや介護記録ソフトウエアなどを連動できれば、負担を一層軽減することができます。このアイデアを基に、大場さんがローコード開発(プログラミング言語の習得が不要)が可能なClarisの「FileMaker」で大まかなアプリをインハウス開発(自分で作成すること)したところで、1年目は終了しました。
2019年4月からの2年目も、さらに現場主導でのアジャイル開発(機能単位の小さいサイクルで設計→実装→テストを繰り返す手法)を現場ニーズに合わせて進めていきます。しかし、センサーなどさまざまなシステムと連動させるには、複雑な連携開発が必要になります。そこで、自施設の院内システム構築で面識があったClarisに大場さんが相談し、Clarisのエンジニアもシーズ側としてプロジェクトに参画することになりました。そして、FileMakerで作成したアプリに、コミュニケーションツール“Chatwork”を搭載したシステム“タッチ・キャッチ・コール(TCC)”ができあがりました。
TCCは、iPadで利用者がナースコールの要請内容が記載されたアイコンをタッチすると、ステーション端末に加え、スタッフのiPhoneなどにインストールされたChatworkに連動し、コール内容が表示される仕組みで、アプリ表示は利用者のニーズに合わせて、イラストやピクトグラム、テキストから選択することができます。アプリ作成にFileMakerを選んだメリットについて、大場さんはこう説明します。「われわれのプロジェクトは、すべての方を対象とするのではなく、タブレットを使える方に使ってもらい、そこで削減できた作業負担をほかのケアに回して質の向上をめざすことをコンセプトにしています。TCCは、利用者が使いやすいようにタブレットの表示を調整しますが、その点FileMakerは現場に合わせてカスタマイズが容易なため、簡単に利用者個人に合わせた仕様にすることができます。また、FileMakerや連動するアプリの追加だけで運用が可能なため、導入コストだけでなくランニングコストを抑えることができるのも現場にとっては重要なポイントです」
2020年1月には、最終的に実用化が可能かどうかを判断する実証実験が行われました。実証実験では、県内3施設で実際の場面を想定して、iPadアプリTCCを利用者に使用してもらいました。その結果について、実証実験を担当した小山さんは次のように話します。「実証実験では、多くのスタッフから、『効率的な対応や業務負担軽減ができそう』という回答が得られました。また、認知症の利用者の方にも参加していただきましたが、認知症の症状や段階より、個人による反応の差が大きかったことから、利用者に合わせて調整できれば、かなり有用ではないかという手応えを感じました」
そして2020年2月、関係者や専門職などが全国から集まる「成果報告会」が東京で行われました(→右下写真)。報告会で発表した大場さんは、「会場で実機をご覧になったプロジェクトコーディネーターや関係者の方から高評価をいただき、実現に向けて後押しをいただきました」と話します。
(→実際のシステムこちらへ!
)
プロジェクトをきっかけにICTを自施設にも導入
開発プロジェクトは現在、新型コロナウイルス感染症流行の影響で中断していますが、協議会では茨城県に協力を打診するなど、アプリの機能強化を継続し、製品化を実現させたいと考えています。大場さんは、「限られた時間や予算の中で、多くの企業や関係者に協力していただいたこともあり、何とか実現させたい」と話します。また、小山さんはプロジェクトを通じてICTの有用性を知り、コロナ禍でオンライン面会に積極的に取り組むなど、自身のICTとのかかわりにも大きな影響があり、大場さんも、Chatworkや今回のプロジェクトで活用した、Clarisの提供するクラウドサービス「FileMaker Cloud」を自施設にも導入されたそうです。
プロジェクトをきっかけに、スタッフの発想や行動も変わっていく——。人とICTが作り出す可能性は、これからも広がっていきそうです。
*iPadは、利用者ごとにこんな設定が可能
*ほかにも、こんな機能が!
Message
明確な目的意識がICT化成功のカギ!?
現場の“ニーズ”にきめ細かく対応することで、スタッフや利用者を笑顔にするシステムを構築した茨城県協議会。プロジェクト成功のポイントをうかがいました。
多言語化機能や離床センサーも搭載し、実現をめざします(大場さん)
地域医療へのシフトが進み、医療や介護をめぐる状況が変化していく中、最も重要なのは人と人とのかかわりであり、それを維持していくためには、ICTをうまく活用していくことが重要です。普段、ICTなどが身近にないとハードルが高いと感じるかもしれませんが、そんなことはありません。半面、『ICTで何がやりたいのか』が明確でないと、ミスマッチが起こったりしてうまくいきません。ですから、まずユーザー側が、目的意識をしっかり持つことが大切だと思います。
実用化にあたってぜひ加えたいと考えているのが、「多言語化機能」です。介護人材の不足を背景に、近年、海外からの外国人介護士の受け入れが進んでいます。しかし、介護の専門用語は難解なものもある上、いまだに手書きで記録している施設も多く、日本語が母国語ではないスタッフの場合、記録ミスが生じる懸念もあります。そこで、スタッフごとにあらかじめ母国語を登録し、端末使用時に自動的に母国語で表示されるようにできれば、記録ミスによるトラブルを防ぐことができます。今後は利用者、スタッフともに海外出身の方が増えることが予想されますから、どんなバックボーンを持っていても、コミュニケーションがとれるようにすることは、大変意味があることです。また、一度は断念した離床センサーとの連動も実現させたいと思っています。
ICTと人をつなぐのが、支援者の役割です(小山さん)
本プロジェクトでは、実際に現場の介護士や看護師などのスタッフや利用者にデモ機に触れてもらい、さまざまな意見をいただきました。スタッフからは、「手袋をした状態でもタッチはできるが、衛生的にどうなのか」といった現場ならではの意見や、「認知機能の低下している利用者が使えるのか」などの懐疑的な意見もありました。実際には、利用者の中には、画面に触れる力の調整が難しい方がいる一方で、何度か触ることで操作が可能になる方もおり、認知機能による影響はありませんでした。同時に、「実際に尿意を伴った時にタブレット操作をできるのか」などの指摘もあり、さらなるブラッシュアップの必要性を感じさせられました。
われわれ作業療法士は、対象者の方の「したいこと」「しなければならないこと」を、さまざまな手段を用いて可能にすることをめざします。本プロジェクトを通して、まさにICTはその選択肢の一つであり、親和性が高いものと再認識しました。同時に、その導入の壁はわれわれ専門職によるものが少なくないのではないかと感じました。ICTは人と人をつなぎますが、ICTと人をつなぐのも人であり、それはわれわれ支援者側の役割だと考えます。対象者の方の可能性を狭めてしまうことがないよう、今後もICT分野にアンテナを張って、情報に敏感でありたいと強く思っています。
“ニーズ”と“シーズ”をつなぐFileMaker
FileMakerは、多くの自治体・医療機関・介護施設で導入されており、最近のコロナ禍では、ECMOや人工呼吸器などを利用する重症患者状況の全国集計(CRISIS)に利用されているほか、救急医療現場での医療資源の有効活用を目的としたシステムや、感染者の患者搬送・医療機関の受け入れシステムなどにも活用されています。
FileMakerは、ローコード開発ツールとして世界中の組織で導入が拡大しています。変化する現場ユーザーのニーズに合わせて開発要件が柔軟に変更できることが、今の時代に求められているからだと思います。今回のプロジェクトでFileMakerのアジャイル開発のメリットが発揮された例として、ベットサイドで白く光るタッチパネルで睡眠が阻害されるという意見を受け、時間帯によってダークモードになるよう数時間で設定変更したことなどがあります。ニーズとシーズをすり合わせるためには、想定外のことが発生しても柔軟かつ迅速に対応することが必要になります。あらかじめ仕様を決めて開発しなくとも、現場のニーズに合わせて柔軟に対応することが生かされたのではないかと思います。
また、委員長の大場さんが元々FileMakerユーザーで、FileMakerで実現可能なシステムや機能を理解されていたこと、さらに、プロジェクトの目的や開発のゴールが明確になっていたこともあり、うまく連携できたのではないかと思います。