セミナーレポート(富士フイルムメディカル)

一般社団法人日本心エコー図学会第28回学術集会が2017年4月21日(金)〜23日(日)の3日間,名古屋国際会議場(名古屋市)にて開催された。22日に行われた株式会社日立製作所共催のランチョンセミナー7では,名古屋市立大学大学院医学研究科心臓・腎高血圧内科学教授の大手信之氏を座長に,東北医科薬科大学医学部地域医療学教室准教授の大原貴裕氏と心臓血管研究所付属病院循環器内科心不全担当部長の上嶋徳久氏が,「エコーで見る心不全の血行動態の把握と正確な診断に向けて」をテーマに講演した。

2017年8月号

一般社団法人日本心エコー図学会第28回学術集会ランチョンセミナー7 エコーで見る心不全の血行動態の把握と正確な診断に向けて

Dual Dopplerの使用経験 —同時に2か所の動きを診ることによって見えること—

大原 貴裕(東北医科薬科大学医学部地域医療学教室)

大原 貴裕

日立製作所製の超音波診断装置には,同一心拍で2か所のドプラ波形を観察可能なアプリケーション“Dual Gate Doppler”が搭載されている。われわれは,2017年5月に販売が開始された同社製循環器用超音波診断装置の新ブランド「LISENDO 880」を使用する機会を得たので,本装置に搭載されたDual Gate Dopplerの有用性と使用経験を報告する。

左室拡張能の判定

2016年に改訂されたASE左室拡張能ガイドライン1)には,左室拡張能の判定の指標として,(1) 平均E/e’>14,(2) 中隔e’<7cm/sまたは側壁e’<10cm/s,(3) TR-V>2.8m/s(=TR-PG>31mmHg),(4) LAVi>34mL/m2の4つが示されているが,この中で中心的な役割を果たしているのがE/e’である。基本的に,E波は拡張能と前負荷(左房圧)を反映するものであるのに対して,e’波は拡張能を反映しており,E/e’は前負荷を反映していると言える。この値を求めるためには,僧帽弁流入血流(E波)と僧帽弁輪速度(e’波)の計測が必要である。
ASE左室拡張能ガイドライン1)にも述べられているとおり,e’波の決定因子はactive relaxation,restoring forces,lengthening loadの3つである。このうち,lengthening loadはほぼ左房圧と同義で,不全心では上昇した左房圧に押し込まれるように左房から左室に血液が流入する。一方,restoring forcesは,収縮期に細胞外マトリックスやタイチンなどに蓄積されたエネルギーが,拡張期に放出されることによって生じる。正常心においては,これによって生じる左室の拡張が先行し,diastolic suction,つまり,左房から左室への能動的な血液の吸引が生じる。
心不全のペーシングモデルでE波とe’波を観察すると,不全心ではE波よりも拡張期e’波の開始が遅れ,左房圧により押し込む働き(lengthening load)が優勢であることがわかる2),3)。臨床例でも同様で,正常,delayed relaxation,peseud-normalized,restrictiveと病状の進行に伴い,E/e’が上昇すると同時にe’波の開始時間が遅くなる2),3)。一方,正常例に輸液負荷を行って左房圧を上昇させても,E/e’はそれほど上昇しない上,E波に比べてe’波はほとんど遅れない4)。臨床においても,心機能が正常なシャント疾患や貧血のある症例で,心不全であるにもかかわらずE/e’が上昇しない例を時に経験する。つまり,E/e’,E波,e’波のタイミングは,左房圧とsuctionの両方を反映している。

Dual Gate Dopplerの有用性

E/e’の測定に当たり,Single Doppler法では初めにE波を計測し,その後,e’波を計測する。それに対し,Dual Gate Dopplerでは,僧帽弁流入血流と僧帽弁輪にカーソルを当てると,同一心拍で2か所のドプラ波形を同時に観察することができる(図1)。しかも,e’波と対応するE波のタイミングも認識可能である。そこで,当院にてDual Gate Dopplerを適応した実際の症例を提示する。

図1 2か所のドプラ波形を同時に観察可能なアプリケーション“Dual Gate Doppler”

図1 2か所のドプラ波形を同時に観察可能なアプリケーション
“Dual Gate Doppler”

 

1.Dual Gate Dopplerを用いたE/e’測定の実際
症例1(図2 a)は,46歳,男性,拡張型心筋症(DCM)症例で,EFは25%である。症例2(図2 b)は,64歳,男性,冠動脈バイパス術(CABG)後症例で,EFは30%である。心尖部から観察した超音波画像では,どちらの症例もほぼ同じように動きが悪いように見える。症例1は,BNPが1407.7pg/mLと非常に高値で心不全症状も強い。一方,症例2は,BNPは175.4pg/mLとそれほど高くなく,心不全症状もほとんど見られない。この2症例をDual Gate Dopplerで見ると,症例1はE波が高く,e’波は低く,E/e’が17.9と上がっている。症例2は,e’波も比較的保たれており,E/e’は10.5であった。これだけであればSingle Doppler法のE/e’でもわかるが,Dual Gate Dopplerではよく見ると,症例1ではE波の方が速く,Pushing firstであり,suctionのない症例と言える。一方,症例2はe’波の方が明らかに速く,E/e’は10.5であるがE波からe’波までの時間(TE-e’)が−38msで,Pulling firstであり,suctionのある症例と言える。

図2 Dual Gate Dopplerを用いたE/e’測定の実際 a:症例1(46歳,男性,DCM,EF25%) b:症例2(64歳,男性,CABG後,EF30%)

図2 Dual Gate Dopplerを用いたE/e’測定の実際
a:症例1(46歳,男性,DCM,EF25%)
b:症例2(64歳,男性,CABG後,EF30%)

 

2.Single Doppler法と比較したDual Gate Dopplerのメリット
Single Doppler法にてTE-e’を測定するに当たっては,まずE波からR波までの時間(E-R時間)を測定し,続いてe’波からR波までの時間(e’-R時間)を測定して,これを差分することでようやくTE-e’が求められる(図3 (1))。しかし,E-R時間とe’-R時間を別々に測定するため,結果は計測中にはわからない。一方,Dual Gate Dopplerでは計測中に一目で確認することができる(図3 (2))。タイミングの違いを直観した上でTE-e’を測定できるので,値に自信が持てる。EFを計測する時にEye ball EFと極端にずれないか確認するのと同様である。また,図3 (2)のように,E波の方がe’波よりも速いことが一目で確信できることも大きなメリットである。
TE-e’は,僧帽弁置換術後などで通常のE/e’測定が行えない場合でも拡張能評価に使用可能で1),一定の臨床的価値があると思われる。Single Doppler法では測定が困難なため,これまであまり使われていなかったが,Dual Gate Dopplerにより測定が容易となり,臨床的価値も高まると思われる。つまり,Dual Gate Dopplerは,「タイミングの顕在化」が必要な場面で非常に大きな利点を有すると考えている。

図3 Single Doppler法とDual Gate DopplerによるTE-e’測定の比較(症例1)

図3 Single Doppler法とDual Gate DopplerによるTE-e’測定の比較(症例1)

 

Dual Gate DopplerによるE/e’測定結果の安定性の検証

E/e’測定結果の安定性について,拡張早期のE波とe’波を同時に測定可能なDual Gate Dopplerの方が,Single Doppler法よりも安定したE/e’値が得られるとの予測の下,LISENDO 880のDual Gate Dopplerを用いて検討を行った。

1.対象・方法
対象は,2017年2月〜4月までに心エコーを実施した24症例で,Single Doppler法とDual Gate DopplerでE/e’を息止めなしで計測した。いずれも5回計測し,バラツキを[変動係数=標準偏差/平均値]で評価した。
患者背景は,男性16名,女性8名,平均年齢 70±16歳,平均EF 50±17%,BNP中央値191pg/mL,心房細動(Af)/R-R不整 7例で,背景疾患はDCM 4例,虚血性心筋症(ICM) 3例,HFpEF 3例,心臓弁膜症(VHD) 3例,非心臓手術例 3例,その他 8例である。

2.結果・考察
計測結果を見ると,中隔側の変動係数はSingle Doppler法が0.06,Dual Gate Dopplerが0.08と,いずれも同様にばらついていた。側壁側でも同様の結果であった。また,Af症例でも同様の結果であった。
当初の予測とは異なる結果となったため,個々の症例について解析したところ,心機能低下症例では中隔側,側壁側共に,計測のたびに結果が大きく変動していた。一方,心機能が良好な症例では変動が少なかった。つまり,Dual Gate Dopplerを用いて検出された1回ごとの計測値の変動は,不全心における呼吸やR-R間隔の変動による左房圧や左室拡張期圧の変動を反映している可能性がある。
実は,LISENDO 880には,R-R間隔補正機能“R-R Navigation”が搭載されており,R-R間隔がばらついていても適切な区間が自動検出される。今回の検討でもこの機能を使用すれば,より良好な結果が得られた可能性がある。また,撮像時の息止めは,やはり基本と考えられる。

まとめ

Dual Gate DopplerによるE波,e’波の同時計測は,拡張期血流のタイミングを可視化する上で有用であった。ただし,1心拍ごとのE/e’は,呼吸やR-R間隔によって変動するため,Dual Gate Dopplerでの計測に当たっては,呼吸停止やR-R Navigation機能による測定条件の安定化が必要と考えられた。また,現段階では仮説に過ぎないが,心機能低下症例では1心拍ごとのE/e’の変動が大きい傾向があり,E/e’の変動自体も心機能を反映している可能性が考えられた。
なお,Dual Gate Dopplerは,現在はあまり一般的には行われていない肺静脈血流心房逆流波(Ar)と僧帽弁血流心房波(A)持続時間の比較や,TEI-indexのより正確な測定,収縮性心膜炎/心タンポナーデにおけるE波や三尖弁流入血流の呼吸性変動の観察,中隔や側壁のdyssynchronyの評価にも有効な可能性があると考えられる。

●参考文献
1)Nagueh, S.F., et al., J. Am. Soc. Echocardiogr., 29・4, 277〜314, 2016.
2)Little, W.C., et al., Circulation, 120・9,
802〜809, 2009.
3)Hasegawa, H., Little, W.C., et al., J. Am. Coll. Cardiol., 41・9, 1590〜1597, 2003.
4)Masutani, S., Little, W.C., et al., Circulation, 117・12, 1550〜1554, 2008.

 

大原 貴裕(Ohara Takahiro)
1996年 東北大学医学部卒業。同年 亀田総合病院。2005年
国立循環器病センター。2010~2011年 米国・Wake Forest School of MedicineのWilliam Little教授の下に留学。2016年より東北医科薬科大学医学部地域医療学教室准教授。

 

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