骨軟部領域における超解像技術(PIQE)の初期経験と将来性
山本 麻子(帝京大学医学部 放射線科学講座)
MRI Session
2024-6-25
骨軟部領域のMRIは,ほかの領域と比べて多くの点で特殊である。まず,患者の主訴があいまいで,多くは強い痛みを主訴に受診するため,短時間撮像が基本となる。依頼医は,検査目的が絞り込めないため,オーダがあいまいになりがちである。撮像を担当する技師は,複数断面の撮像やシーケンス追加など非ルーチンの撮像を迫られることが多い中で,臨機応変な対応が必要となる。また,読影医は,特に関節においては解剖が細かく,バリエーションが多いことに加え,疼痛再現体位ではない体位で撮像された画像から動きを推測して読影する能力が求められる。そのため,高解像度画像が必要となる。依頼医の期待に応えるためには,これらを満たす必要があるが,Deep Learningを用いることで,短時間撮像,高解像度画像,さまざまな目的への対応の三者いずれも諦めることなく,MR撮像が可能になると考える。
骨軟部領域における「Precise IQ Engine(PIQE)」の活用
帝京大学医学部附属病院では,骨軟部領域の臨床およびボランティア画像に対し,キヤノンメディカルシステムズの超解像技術PIQEの試験利用を開始した。PIQEはDeep Learningを用いた再構成処理により,低空間分解能の画像から高い空間分解能の画像を再構成する超解像技術である。以下に,さまざまな関節の撮像におけるPIQEの初期経験を提示する。
1.手関節の評価
手関節のMRIでは,手根骨に付着するintrinsic / extrinsic ligamentsといった微細な靭帯や関節軟骨,三角線維軟骨複合体(TFCC)などを評価する必要があるため,最も画質による差が出やすい領域である。図1は,関節リウマチ症例の手関節の手背側の画像である。背側手根骨間靭帯(DIC)や背側橈骨手根骨間靭帯(DRC)はノンフィルタ画像(図1 a)やAdvanced intelligent Clear-IQ Engine(AiCE)(b)でも同定可能であるが,PIQEを適用することで描出能が向上し,DRCの部分断裂や尺側手根伸筋腱の長軸断裂がより明瞭である(c)。
骨間靭帯が破綻すると,dorsal intercalated segment instability(DISI)やvolar intercalated segment instability(VISI)と呼ばれる手根骨のアライメントの異常を来し,機能障害を生じるため,骨間靭帯やアライメントの早期の画像評価が重要となる。図2は,骨間靭帯断裂および関節軟骨損傷の症例である。従来画像(AiCE適用:図2 a)でも十分な所見が得られるが,PIQE(b)では,TFCCの断裂し退縮した円盤部の不整や,尺側靭帯の付着部のたわみ,関節軟骨の不整,舟状骨・月状骨間靭帯の断裂,月状三角骨間靭帯の欠損が,より明瞭に観察できる。また,マトリックス数を384に上げた撮像(図3 a,b)では,PIQEにて舟状骨・月状骨間靭帯の断裂の断端部の性状や関節軟骨損傷がより詳細に評価可能であった。さらに,別のスライスの拡大像(図3 c,d)を見ると,月状骨の靭帯付着部近傍の関節軟骨損傷の領域が,PIQEでは損傷と,部分的に残存する関節軟骨の領域を分離して同定可能であった。
2.足関節の評価
足関節では頻度の高い,三角骨という種子骨を有する症例を提示する。本症例は踵の奥が痛く底屈できないという,いわゆる後方インピンジメントを示唆する所見で来院し,MRIのT2強調画像にて長趾屈筋腱の断裂を認めた。腓骨遠位端から距骨背側および三角骨に向かう後距腓靭帯は,通常,距骨後方突起に付着するが,三角骨がある場合は三角骨と距骨の両者にさまざまな程度に付着する。本症例では,後距腓靭帯の三角骨に付着する領域が完全に断裂し,弛緩していた。脂肪抑制プロトン密度強調画像の矢状断像(図4)では,PIQEを適用することで長趾屈筋腱の断裂によるフレアリング(←)が明瞭に描出され,また,後距腓靭帯(→)の三角骨(*)と距骨への付着の割合を確認することができる。本症例では後距腓靭帯の大部分が三角骨に付着しており,通常の三角骨摘除や長趾屈筋腱再建術では術野に十分に含まれないため(図4→),後距腓靭帯の再建を外科医に提案する必要がある。
3.膝関節の評価
図5は交通外傷の症例で,これまでMR画像では評価できないとされてきた前十字靭帯遠位部の部分断裂(○)が明瞭に描出されている。また,内側半月板後角に断裂(図5 ▽)を認めるほか,後内側支持組織の損傷(←)が視認できる。斜膝窩靭帯(図5←)の腫脹を認めるものの,後斜走靭帯を構成するcapsular arm(→)とcentral arm(→)を同定することもできる。
このほか,PIQEを適用した膝蓋骨の関節軟骨のMR画像を拡大したところ,軟骨下骨,境界領域,関節軟骨の深層・中間層・表層が明瞭に描出され,病理所見をきれいに反映していた。さらに,損傷部においても,表層の欠損や深層の浮腫による信号上昇,軟骨下骨の信号変化が明瞭であった。
以上のように,Deep Learningの導入によって,臨床画像でも撮像時間の短縮とともに明らかな画質向上を認め,肉眼解剖や病理所見に近似した画像が得られるようになった。これまで“don’t touch lesion”とされてきた領域にも踏み込んで読影することが可能となり,関節においては画像情報を基に,受傷機転を論理的に説明できるようになってきていると考える。
4.脊椎の評価
図6は,撮像時間1分10秒の従来画像(AiCE適用:a)と,30秒のPIQE画像(b)の比較である。描出能はほぼ同等であるが,PIQEの方が馬尾(図6←)が鮮明に描出され,椎間板のコントラストが明瞭なため,当院ではPIQEの画像を使用している。なお,微小な椎体終板下骨の突起(図6○)は,PIQEでは明瞭であるが,AiCEでは鈍化しているように見える。一方,AiCEで描出できている2つの突起が,PIQEでは1つに見える(図6○)。PIQEにおいて,従来描出されていた画像情報の一部が強調あるいは見えづらくなっているのは,フェーズエンコード方向のマトリックスの違いやパラレルイメージング法である「Expanded SPEEDER(Exsper)」の影響が考えられる。そのため,シーケンスの設定に当たっては,PIQEに適した設定が必要であると考える。
まとめ
PIQEを用いることで,コントラストの上昇傾向を認め,微小な解剖の描出に一定の有用性を認めるほか,臨床的に従来とほぼ遜色のない画像を40%程度の時間で撮像可能である。一方,一部の症例では微細な構造の出現,もしくは欠損が見られるため,今後,最適な撮像条件を検討していく必要がある。
Deep Learningがもたらす画像再構成法の進歩によって,従来は撮像時間やシーケンス数とトレードオフの関係にあった分解能を諦めない時代が近づきつつある。分解能は,われわれにとって探究心そのものと言える。進歩を続けるDeep Learningの効果を最大限に引き出し,真に臨床に有用な画像を得るためには,われわれも自己研鑽を続けていく必要があると考える。
*記事内容はご経験や知見による,ご本人のご意見や感想が含まれます。
*AiCE,PIQEは画像再構成処理の設計段階でDeep Learning技術を用いており,本システム自体に自己学習機能は有しておりません。
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