最高レベルの国際基準を満たした医療情報システムとAbiertoシリーズで医療DXを推進するとともに新たな医療AIの開発をめざす  
小林 泰之 氏(聖マリアンナ医科大学大学院医療情報処理技術応用研究分野 教授,デジタルヘルス共創センター 副センター長)
Opinion 医療におけるAI活用の現状と未来

2024-1-10


小林 泰之 氏

聖マリアンナ医科大学では,医療とそれを取り巻く社会の変化に対応するため,次世代の医療情報システムの構築を進めている。2016年には,キヤノンメディカルシステムズのPACS「RapideyeCore Grande」を核とした次世代画像情報システムを構築,グループの4病院1クリニックを連携した運用を実現した。また,川崎市宮前区の聖マリアンナ医科大学病院(本院)ではリニューアルプロジェクトが進行中で,2023年1月には入院棟がオープン,2024年には外来棟の新築移転が予定されている。これに合わせて,2023年1月から電子カルテシステムやPACSなど医療情報システムを更新し,新たにキヤノンメディカルシステムズの医療情報統合ビューア「Abierto Cockpit」と,人工知能(AI)を活用した読影支援ソリューション「Abierto Reading Support Solution(Abierto RSS)」が導入された。
少子高齢化による働き手不足や医師の働き方改革が求められる中,医療機関においてはITやAI技術を用いた医療デジタルトランスフォーメーション(医療DX)が急務となっている。医療におけるAI活用にいち早く着目し,医療AI開発の人材育成にも力を注ぐ小林泰之氏に,同大学におけるシステム更新のねらいや医療DXの現状と展望,キヤノンメディカルシステムズとの共創のコンセプトについてお話をうかがった。

医療情報の統合的な提供をめざし国際基準を満たした電子カルテを導入

聖マリアンナ医科大学では,患者の病院内外の情報を統合化し,その情報を基に患者に対して個別に適切なフィードバックを行う,いわゆるPrecision Medicineを実現したいと考えています。そのためには,4病院1クリニックでのグループ内病病・病診連携システムを構築し,情報共有を図っていく必要があります。そこで,まずは電子カルテを含めた医療情報システムを,より医療情報を活用しやすいものに変えていく必要があると考え,今回のシステム更新を機に,国際基準を満たした韓国・ezCaretech社の「BESTCare」に変更しました。韓国でトップシェアを誇るBESTCareは,米国の医療情報管理システム協会(HIMSS)のElectronic Medical Record Adoption Model(EMRAM)スコアにおいて,最高レベルのStage7を達成しています。EMRAMとは,医療機関における電子化のレベルを0〜7の8段階で評価するもので,Stage7を達成することでフルデジタルホスピタルとしての国際承認が得られます。BESTCareは,Electronic Health Record(EHR)対応が可能なシステムとして,国際的に承認されているということです。
また,統合化された情報を患者にフィードバックするものとして,大学病院が主体となって「マリアンナアプリ」を開発しました。マリアンナアプリは,外来の待ち時間や駐車場の混雑状況など通院を便利にする機能のほか,健康記録や通院履歴,検査結果などの確認も可能なPersonal Health Record(PHR)機能を,PSP社の医療情報クラウド「NOBORI」によって提供しています。PHRは,医療DX推進の一環として政府が取り組む政策の一つであり,われわれもその方針に従って2023年4月からマリアンナアプリの提供を開始しました。利用者からは非常に高い評価が得られており,提供開始から約半年で登録者数は3000名を超え,大学病院としては最大規模のPHRが達成できています。

次世代の画像情報システム構築のためキヤノンメディカルシステムズと連携

2016年に構築したキヤノンメディカルシステムズのPACSでは,次世代を見据えてAI技術も視野に入れた読影の高機能化や効率化をめざすと同時に,グループの4病院1クリニックが連携して医用画像の共有や統合管理が可能なシステムの構築に取り組みました。キヤノンメディカルシステムズとは共同研究講座を開設し,病院間を統合した読影環境の構築や,急速に進展したディープラーニングなどのAI技術を用いた画像診断用アプリケーションの開発,臨床現場での効率的な利用環境の検証などを進めてきました。この共同研究は現在も継続中です。
今回のシステム更新では,新たにキヤノンメディカルシステムズのAIプラットフォームであるAbierto RSSを導入しました。Abierto RSSは,頭部のCT・MRAや体幹部CTなどAIを活用した6つの解析アプリケーションが搭載されており,実際の読影業務に利用しています。例えば,体幹部の骨経時差分処理である「Temporal Subtraction For Bone」は,CT値の変化から骨転移の可能性がある部位を表示することで,医師の読影をサポートして高い評価が得られています。臨床の現場でこれらのアプリケーションを活用しながら,AIによる解析結果の精度の検証や読影業務の負担を軽減する環境の構築について検討していきます。
キヤノンメディカルシステムズは,2022年にヘルスケアITソリューション事業でPACSを展開するPSP社と協業し,両社の持つPACSやAI解析,クラウド技術などを組み合わせて,次世代の読影支援ソリューションの開発に取り組んでいます。その中にはAI時代に対応した次世代の画像診断ビューアの開発があり,われわれのサイトでの経験や研究の成果も含まれています。日々の読影業務において,AIが本当に放射線科医をサポートし診療の質の向上に貢献するためには,解析精度の向上だけでなく,ビューアを含めた読影環境をゼロから再構築することが必要です。これは今後の大きな課題であり,その開発に取り組む両社のチャレンジに期待しています。

“For the patient”の実現に向けたAbiertoシリーズへの期待

前回の次世代画像情報システムの構築に当たって,われわれが掲げたコンセプトは“For the patient”です。放射線科医が読影しやすく,診療放射線技師が使いやすいシステムは当然として,そうやって集められ解析されたデータが,最終的に患者のマネジメントに役に立たなければ意味がありません。そのためには,患者と直接かかわる診療科の医師に対して必要な情報を,適切な形・タイミングで出力することが必要です。RapideyeCoreを中心に統合した画像情報と,そのほかの診療データを連携するための仕組みとして,新たに導入したのがAbierto Cockpitです。Abierto Cockpitは,患者の診療にかかわるデータを集約し診療の場面に合わせて時系列で一覧表示できるビューアです。今回導入したBESTCareは国際標準規格であるHL7に対応しており,これをAbierto Cockpitに連携することで,PACSやRISの情報を含めて電子カルテに蓄積されたさまざまな診療情報を統合的に表示し参照することが可能です。さらに,その先には画像データとさまざまな診療情報を組み合わせた新しいAIソフトウエアの開発や,臨床現場で活用することも可能になると考えます。現在,BESTCareとAbierto Cockpitの連携作業を進めており,2023年度中には完了する予定です。
PACS,RISに加え,Abierto CockpitやAbierto RSSなどキヤノンメディカルシステムズの製品が多数導入され,さらにBESTCareと連携して医療情報を最大限に活用できるような環境は,日本国内ではほかにありません。このような環境の中,診療科の医師の協力も仰ぎつつ新しいアプリケーションの開発と実証実験を行っていくことが,われわれに課せられたタスクであると考えています。

次世代医療の創生には最先端技術を活用できる医療人材の育成が急務

2022年に登場したOpenAI社の対話型AI「ChatGPT」は,医療AIの世界にも大きなインパクトを与えました。すでにChatGPTを医療に応用した取り組みや製品開発などの動きも見られ,近い将来,臨床において誰もが当たり前にAIを活用する時代が到来することが予想されます。
一方,AIやICTなどの最先端技術を活用して次世代の医療を創生するための人材はきわめて不足しており,医療とAI / ICTなどの最新の知識を併せ持つ医療人材の育成が急務となっています。そこで,聖マリアンナ医科大学では,「未来の医療を創る“医療人2030”育成プロジェクト」を2021年に立ち上げ,人材育成に力を注いでいます。医療従事者や医療関連企業の若手の方々を対象に,日本を代表する多彩な講師陣と双方向のディスカッションからなるプログラムを提供するほか,2023年10月からはBasicコースとして「医療×生成系AI活用講座」を開催しています。一人でも多くの人材が育っていくことで,新しいAIの未来が開けていくのだと確信しています。

(取材日:2023年10月2日)

 

(こばやし やすゆき)
1989年旭川医科大学卒業。91年自治医科大学附属さいたま医療センター放射線科,95~96年米国スタンフォード大学留学を経て,2005年に聖マリアンナ医科大学放射線医学講座講師となる。その後,2007~2009年に米国ジョンズホプキンス大学に留学し,2015年に聖マリアンナ医科大学先端生体画像情報研究講座特任教授。2018年から同大学大学院医療情報処理技術応用研究分野教授となり,2019年から同大学デジタルヘルス共創センター副センター長を兼任する。


(2023年12月号別冊付録「ITvision No.49」)

※Abierto Reading Support SolutionはAbierto SCAI- 1 APの愛称です。
一般的名称:汎用画像診断装置ワークステーション用プログラム
販売名:汎用画像診断ワークステーション用プログラム Abierto SCAI- 1 AP
認証番号:302 ABBZX 00004000
※記事中にある骨転移など病変の記載は医師の診断に基づきます。装置やソフトウェアが判断するものではありません。
※記事内容はご経験や知見による,ご本人のご意見や感想が含まれます。
※記事中にあるAIという記載は設計段階でAI技術を用いたことを示しており,システムに自己学習機能を有するものではありません。
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