救急診療におけるハイブリッドERシステムの効果
〜時間的・空間的優位性を持つ最新救急ユニット活用法〜
渡部 広明(島根大学医学部 Acute Care Surgery講座 / 同医学部附属病院 高度外傷センター)
Session 3 : CT
2020-5-15
ハイブリッドERは近年,特に外傷診療において,患者の救命率を向上する新しいユニットとして注目を浴びている。島根大学医学部附属病院では,2017年8月に高度外傷センターを開設し,キヤノンメディカルシステムズ社のCT装置「Aquilion PRIME」と血管撮影装置「Infinix Celeve-i INFX-8000H」を同室に設置した,世界初のテーブル回転式ハイブリッドERシステムを導入した。本講演では,ハイブリッドERの有用性と救急医療にもたらす変化,われわれが作成したハイブリッドER版JATEC(外傷初期診療ガイドライン)の重要性などについて報告する。
外傷初期診療におけるハイブリッドERの意義
高エネルギー外傷患者の救命をめざして作成されたJATECでは,循環不安定症例へのprimary survey(生理学的評価)としてのCT検査は心停止の危険があるとして推奨していない。しかし,2012年頃から欧州において,外傷全身CTに関するスタディ1)が複数行われ,全身CT群では有意に死亡率が低下したことが報告された。こうした状況を受けて,本邦にてハイブリッドERシステムが開発され,外傷初期診療におけるハイブリッドER使用群および不使用群を比較したところ,使用群の方が圧倒的に救命率が高いことが報告された2)。国内での導入施設は徐々に増加しており,現在,12施設で稼働している。
ハイブリッドERは,救急初期初療,緊急CT,緊急血管造影,緊急手術という4つの機能を包括し,日常的に救急診療を行っているユニットと定義されている。さらに,当院のハイブリッドERは,クラス10000の手術室空調が設置されているほか,世界初の回転式テーブルを手術台とすることで,CT撮影・血管造影はもとより,開腹術・開頭術などもカバーしている(図1)。また,テーブルを回転することで,ニーズに応じたスペースを容易に確保することができる3)。
例えば,重症頭部外傷,腹腔内出血,重症骨盤骨折の症例の場合,通常は,手術や経カテーテル動脈塞栓術(TAE)などを行うために,患者を5回以上移動する。しかし,ハイブリッドERでは,これらの処置をすべて同室内で完結できるほか,頭部と腹部の治療を同時進行することも可能なため,従来は5〜8時間を要していた治療時間を,3時間程度に短縮可能である。これにより,患者の負担を大幅に低減できることも,ハイブリッドERの大きなメリットである。
ハイブリッドER版JATEC:mFACT
1.mFACTの概要と有用性
JATECのprimary surveyでは従来,ABCDEアプローチ〔気道(A),呼吸(B),循環(C),意識レベル(D),体温(E)〕を行うが,患者受け入れ後すぐにCT検査が行えるハイブリッドERにおいては,従来とは異なる対応が求められる。そこで,われわれは,新たなシステム稼働に先立ち,従来のアプローチを改変して「ABC-CT-DEアプローチ」を構築した。
従来のJATECでは,primary surveyにて生理学的異常を確認した後に,胸部X線,骨盤X線,迅速簡易超音波検査(FAST)のみを行い,手術適応の有無を判断する。そして,バイタルが安定後に,secondary surveyにて解剖学的評価を目的にCT検査を実施する。一方,ABC-CT-DEアプローチでは,従来の3検査をCTで代替して生理学的異常を確認し,必要な蘇生的手術を行った後にsecondary surveyとして二度目のCT読影を行う。特に,われわれは,primary surveyでのCT検査を,JATECのFACT(Focused Assessment with CT for Trauma)をmodifyしてmFACTと呼称し,評価すべき10項目を設定している(図2)。mFACTでは,従来の3検査では評価できなかった緊急減圧開頭術必要症例や縦隔血腫・大動脈損傷なども確認でき,治療戦略をより正しく構築することができる。
当センターの症例について,搬入からmFACTあるいは従来の3検査が終了するまでの時間をそれぞれ計測したところ,mFACT群が9分,従来群が12分と,有意差を持ってmFACT群の方が速かった。より迅速に適切な治療を開始できることは,ハイブリッドERの特長と言える。
2.症例提示
症例は,55歳,男性,重症肝損傷,急性硬膜下血腫,骨盤骨折の症例で,出血性ショックを来している。CTにて頭部損傷と肝損傷からの大量の腹腔内出血(図3),および縦隔血腫などを認め,患者を移動させることなく緊急開腹術を施行した。ハイブリッドERでは,迅速に手術が開始できることで,止血までの時間が短縮され,結果的に輸血の総投与量も減量でき,予後が良好となることが報告されている。また,当センターでは天吊りの大画面モニタでCT画像や手術映像,カテーテル検査の映像,バイタルの情報などを1画面で表示し(図3),常に現状を確認しながらチームで動ける態勢となっている。
ハイブリッドERの優位性と課題
1.外傷診療における優位性と課題
ハイブリッドERの優位性として,C(循環)とD(頭部)の異常を同時に治療できることが挙げられる。従来のJATECではCの治療が優先されるが,重篤な場合はDの治療が間に合わないことがあり,これがJATECの限界と言われていた。一方,ハイブリッドERでは,開頭術と開腹術もしくはTAEを同時進行できるため,従来は救命できなかった患者の救命が可能となる。患者の移動がないことも併せて,ハイブリッドERは,時間的・空間的優位性のある診療ユニットと言える(図4)。また,ハイブリッドERでは非常に多くの職種が活動し,治療がきわめて迅速に進むため,救命率を向上するには,よりいっそうのチーム連携が要求される。当センターでは,放射線部などの専用チームをつくっているほか,診療指揮所を設け,指揮官が全体の指揮を執っている。
一方,CT検査を従来よりもはるかに早い段階で行えるため,初回CTの情報だけで治療戦略を構築すると誤った判断をする可能性がある。例えば,初回CTで腹腔内出血の量が少ないからと骨盤TAEを先に行ったところ,その間に腹腔内の出血量が増大してコントロール不能となる,といったケースである。時間の要素を加味した二度目のCTも踏まえて治療戦略を決定するなど,ハイブリッドERならではの読影法が必要となる。
2.内因性疾患診療における有用性
患者の移動がないことは,内因性疾患にもきわめて有用であることが明らかとなってきた(図5)。
例えば,大腸壊死,汎発性腹膜炎,敗血症性ショックの症例は,前医でノルアドレナリンを0.3γも投与され,当院搬送時にはpH 7.195,乳酸値は102mg/dLと,致死的な状況であった。ハイブリッドERにて,搬入後約5分でCTを開始し,横行結腸に壊死があることが確認できたため,テーブルを回転させて緊急開腹術を施行した。患者の移動がないため,周辺機器の移動に伴うスタッフの手間も軽減され,手術開始までの時間が大幅に短縮できる。
なお,ハイブリッドERの効果を引き出すためには,前述のチーム連携に加えて,24時間手術およびカテーテル検査が可能な医師が常駐していることも重要なポイントである。
3.CT適応の判断基準
重症外傷症例で,CT撮影中に心停止しかねない場合などは,primary surveyでのCTが不適応となる。当センターにおけるmFACTの平均撮影時間は3.5分であり,この間,ABCが安定していればCT撮影を行い,安定していなければ蘇生的な治療が優先する。
まとめ
ハイブリッドERは,救急診療に非常に大きな変革をもたらしている。時間的・空間的概念が大きく変わるため,JATECも変えていく必要がある。診療スピードも非常に速いため,それに対応できるチームづくりが必要である。さらに,CT撮影を行っても初期診療をより安全に実施可能であり,患者はもとより,われわれにとっても理想的なユニットであると考える。
●参考文献
1) Sierink, J.C., et al., BMC Emerg. Med.,(12)4, 2012.
2) Kinoshita, T., et al., Ann. Surg., 269(2):370-376, 2019.
3) Watanabe, H., et al. Scand. J. Trauma Resusc. Emarg. Med., 26(1):80, 2018.
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