ADCTによる腹部ECV(細胞外容積分画)解析:肝&膵
吉満 研吾(福岡大学医学部放射線医学教室)
Session 2
2018-12-20
われわれは,キヤノンメディカルシステムズが開発した“SURESubtraction Iodine Mapping”を用いた腹部領域における細胞外容積分画(extracellular volume fraction:ECV)解析について検討を進めている。本講演では,肝臓と膵臓領域での応用について述べる。
■Extracellular volume fraction(ECV)
細胞外容積分画(ECV)は,ある組織の中での細胞外液腔の容積比を表す。ECVは,細胞外液性ヨード造影剤が平衡相で細胞外液腔に均等に分布することを前提として,造影CT画像の平衡相と単純相で差分した組織と大動脈の濃度差を,ヘマトクリット値で補正することで求められる。細胞外液腔は,細胞外血管外腔(EES)と血管内腔(IVS)の和だが,線維化などの病的なプロセスはEESに生じる。ECVは,心臓,肝臓,膵臓などの領域で組織の線維化を表す指標として期待されている。
■肝臓のECV解析
1.ECVを用いた肝線維化診断
ECVを用いた肝線維化診断の先行研究では,ROIを取って計算する方法(マニュアルROI法)で,肝線維化の病理所見との相関1)や,肝硬変のarea under the curveによる分類で高い相関があることが報告されている2),3)。いずれも平衡相のdelay timeは10〜30分である。一方で,サブトラクション法を用いてdelay time 3分で行われた研究では,あまり良い結果が得られていない4)。この研究では,サブトラクションの精度と平衡相のdelay timeに問題があると考えられる。
2.SURESubtraction Iodine MappingによるECV mapの評価
われわれは,320列ADCT「Aquilion ONE」のversion8から搭載された高精度サブトラクション法であるSURESubtraction Iodine Mappingを用いてECV mapを作成し,肝線維化診断を行った5)。
SURESubtraction Iodine Mappingは,腹部(肝臓,膵臓,腎臓,腸管)を想定部位として,軟部組織濃度に適したチューニングを行うことで精度の高い位置合わせを可能にしている。SURESubtraction Iodine Mappingでは,造影成分の定量的抽出(Iodine Mapping画像)と,造影成分の定性的強調(CE Boost画像)が解析ができる。
肝ダイナミックCTのプロトコールは,造影剤総量600mgl/kgを30秒間静注し,管電圧120kVで単純相,動脈優位相,門脈優位相,平衡相の4相を撮影。平衡相に関しては4分で撮影している。ECV mapは,SURESubtraction Iodine Mappingによるサブトラクション画像にヘマトクリット値と大動脈のCT値を入力して作成するソフトウエアを利用した。図1がSURESubtraction Iodine Mappingから作成したECV mapだが,特に軟部組織(臓器)で,ミスレジストレーションの少ないサブトラクションが実現していることがわかる。
今回,マニュアルROI法,Lung SubtractionによるECV map(従来法),SURESubtraction Iodine MappingによるECV map(SURE-sub法)を,MRエラストグラフィ(MRE)と病理所見をリファレンスとして比較検討した。MREをリファレンスとした検討ではSURE-sub法のECV mapの相関が最も高く,病理所見との相関においてもSURE-sub法が優れた結果を示した。病理所見の結果を軽度(F0-2)と重度(F3-4)で分けたところ,100%の正確度で分別することができた。
実際の症例画像を供覧する。図2は,80歳代,男性,C型慢性肝炎(CPS 5,F2/A2)でECV mapの値は26.6%,図3の70歳代,女性,C型肝硬変(CPS 6,F4/A2)ではECV mapは37.1%と,明らかな差をもって線維化の程度が評価できた。ECV mapの利点は,MREなどほかの検査をしなくても,造影CTのデータからレトロスペクティブに線維化の評価が可能なデータが得られることだと考えられる。
3.ECVによる肝線維化診断の問題点
ECV mapの問題点として,交絡因子と平衡相の定義が挙げられる。交絡因子として,うっ血,アミロイド沈着,粘液浮腫性変化,Disse腔拡張などの影響を考慮することが必要である。また,平衡相のdelay timeは,心臓MRI(LGE)では10分程度,過去の先行研究でも10〜30分となっているが,現状では3分で撮影することが多い。参考文献4の結果が良くなかった原因として,サブトラクションの精度とdelay timeの短さが考えられる。慣習的に用いられるdelay time3分は,肝細胞がん(HCC)でのwashoutを見る目的で設定された時間であり,画像上では必ずしも“平衡”相とは言えないことが多い。当院では,2008年からdelay time4分で撮影を行っている。平衡相での大動脈と門脈のCT値の計測では,4分後でも門脈の方が値が大きいものの,その差は2HU程度で,3分での10HU以上よりも差は小さく妥当と考えられた(図4)。
SURE-sub法によるECVは,マニュアルROI法や従来法によるECVよりも,より正確に肝線維化を反映する可能性が示された。しかし,平衡相のdelay timeについては,少なくとも4分以降に設定する必要があるが,適切な時間設定については今後,検討が必要と考えられる。
■膵臓のECV解析
次に,SURESubtraction Iodine Mappingの正常膵への応用について述べる。
各種膵臓疾患におけるECVは,がんや閉塞性膵炎などで高いが,一方で膵臓に疾患のない正常例で分布範囲が広くなっていることがわかる(図5)。造影CTを撮影するような症例では,膵臓に病変はなくても肝臓に原疾患を持つ患者が多い。明らかな膵疾患のない症例(n=50)で原疾患別の膵ECVの解析では,HBVとHCVの間で有意差が認められた。そこで,HBV(n=15)とHCV(n=44)で比較したところ,年齢,性別のほか,インスリン抵抗性の指標であるHOMA-R,HOMA-β,QUICKIでHCVが高く,膵ECV,肝ECVの値もHCVが高いことがわかった。
一方で,膵ECVを規定する因子としては,糖代謝,飲酒,鉄代謝,肝機能に関するものが考えられる。単変量解析では性別,HOMA-R,HOMA-β,肝機能(HBV vs. HCV,child-pugh score,ECV)が有意な指標と示された。そこで,この6因子で多変量解析を行ったところ,肝臓の線維化(ECV),性別,インスリン抵抗性(HOMA-R)が膵ECVの規定因子として関連性が高かった。これらの結果から,膵臓のECVは何らかの耐糖能を表していることが考えられた。
膵臓と肝機能の関連として,肝硬変では膵臓に耐糖能異常が発生し,病理学的な変化が起こることが報告されている6),7)。肝硬変では,病因によらずランゲルハンス島が肥大し,小葉内・小葉間の線維化が起こる。これは,膵実質のturn-overをコントロールしている各種サイトカインの肝臓における代謝欠如によると推測される。
HCV感染は肝細胞の糖・脂質代謝に直接影響し,早期から耐糖能異常,インスリン抵抗性,高インスリン血症を来すことはよく知られている。肝硬変で指摘されたような病理学的変化が,HCVについても早期から生じている可能性が推測される。今回の解析で,肝ECVとHOMA-Rの膵ECVとの関連性が示されたのは,これらの変化が反映されていると推察される。
一方で,糖尿病疾患(DM)で一般的なHbA1cや空腹時血糖などと相関しないのは,すでに食事制限などの医療的な介入によって病態が修復されている可能性が考えられる。
膵ECVは,B型慢性肝炎よりもC型慢性肝炎において高値となる。これは,HCV感染によるインスリン抵抗性に対する膵実質の二次的変化を反映している可能性がある。また,DMに対する医療介入の効果判定にも利用できる可能性も示唆された。これらのことから,C型肝炎患者のフォローアップCTで,肝ECVは線維化を,膵ECVはインスリン抵抗性の指標を表すバイオマーカーとなる可能性があると考えられる。
■まとめ
ECV mapは,通常の診断CTデータからレトロスペクティブに作成可能な臓器の「間質強調画像」であり,さまざまな臓器において慢性的な疾患の状態を表す指標となる可能性がある。特に腹部領域においては,SURESubtraction Iodine Mappingを用いたADCTにおけるECV mapの有用性は高く,今後の進展が期待される。
●参考文献
1)Varenika, V., et al., Radiology, 266, 151〜158, 2013.
2)Zissen, M.H., et al., AJR, 201, 1204〜1210, 2013.
3)Bandula, F., et al., Radiology, 275, 136〜143, 2015.
4)Yoon, J.H., et al., Invest. Radiol., 50, 290〜296, 2015.
5)Shinagawa, Y., et al., Eur. J. Radiol., 103, 99〜104, 2018.
6)Sakata, M., et al., J. Gastroenterol., 48, 277〜285, 2013.
7)武井一雄・他, 日本消化器病学会雑誌, 94・2, 92〜100, 1997.
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