セミナーレポート(キヤノンメディカルシステムズ)
第79回日本医学放射線学会総会など3学会の合同によるJRC2020が,5月15日(金)〜6月14日(日)までWeb開催された。共催セミナー11(キヤノンメディカルシステムズ株式会社)では,大阪大学大学院医学系研究科放射線統合医学講座放射線医学教室教授の富山憲幸氏の司会の下,東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科画像診断・核医学分野教授の立石宇貴秀氏,広島大学大学院医系科学研究科放射線診断学研究室教授の粟井和夫氏,慶應義塾大学医学部放射線科学教室教授の陣崎雅弘氏が,「最先端CTの臨床最前線」をテーマに講演を行った。
2020年7月号
第79回日本医学放射線学会総会共催セミナー11 最先端CTの臨床最前線
立位CT ─ 重力下の人体の可視化
陣崎 雅弘(慶應義塾大学医学部放射線科学教室)
本講演では,われわれとキヤノンメディカルシステムズ社が共同開発した立位CTの概要と,立位CTによる重力下の人体の可視化への取り組みについて報告する。
立位CT開発の経緯
近年,CT装置は飛躍的な進歩を遂げた。現在の普及機は64列CTや面検出器CTが中心であり,血管系や気道系,消化器系,尿路系など,人体のほとんどのシステムを三次元で可視化することが可能になった。
しかし,これらはいずれも臥位の画像である。疾患の中には,立位でのみ症状が増悪したり,顕在化するものがあるが,立位の横断像で,解剖学的構造や病態生理を定量的に評価できる画像診断はほとんどない。
X線検査やコーンビームCT(CBCT),立位MRI(0.2〜0.6T)などは立位での撮影が可能だが,X線検査は投影像であり,CBCTは軟部組織のコントラストが不十分で,撮影範囲が限定され,撮影時間が非常に長い。また,立位MRIはSNRやコントラスト分解能,空間分解能が相対的に低く,検査時間も長いためモーションアーチファクトが生じるという課題がある。
一方,CTは,16列CTでは軀幹全体の撮影に1分以上を要したが,64列CTでは約20秒で撮影できるようになった。そこでわれわれは2012年,東芝メディカルシステムズ社(現キヤノンメディカルシステムズ社)に,立位CTプロジェクトを提案。2016年,完成した立位CT第1号機を当院に導入した(図1)。本装置はガントリの上下運動が可能で,頭部は約4秒,軀幹部は約14秒で撮影が可能である。
立位CTの基礎的検討
本装置の導入後,われわれは装置の性能評価やワークフロー,安全性・快適性などの基礎的検討を行った。ファントムを用いた性能評価の結果,立位CTの画質特性や空間分解能,CT値などの物理特性は,従来のCTとほぼ同等であることが明らかになった1)(図2)。これは,ガントリの上下運動が,ぶれることなくきわめて正確に行われていることを意味している。
ワークフローについては,撮影に要する時間(オペレーションタイム)に差はなかったものの,立位CTは検査室の入退室時間が約40秒と短く,X線検査と同様なワークフローが可能であることが示された1)。また,立位では,臥位に比べ不安定になりやすい懸念があるため,背中に棒を押し当て,安全性を保つ工夫をした。健常人ボランティア32名を対象に,背中に棒を押し当てた状態で検査を行い,安全性や快適性に関するアンケートを行った結果,いずれにおいても高い評価が得られた1)。
立位CTによる解剖学的構造の評価
続いて,脳や肺容積,骨盤底などについて,立位での解剖学的構造の評価を行った。
●頭蓋内
脳は恒常性があり,体位によって動くことはないと考えられ,立位MRIを用いた研究でも同様の結果が得られていた2)。しかし近年,宇宙飛行士の脳は上方に変位しているとの報告があり3),4),体位による脳の変位の有無に疑問が呈されるようになった。
そこで,立位CTで脳の構造を評価した結果,立位では小脳扁桃や下垂体茎などのさまざまな構造が下垂し,脳室容積も若干縮小することが明らかになった(図3)。従来のMRIの空間分化能(スライス厚4〜5mm)では,脳の移動が検出できなかったのではないかと考えられる。
●肺
肺容積については,臥位に比べて立位,座位の方が約10%大きく,肺機能検査と同等であることが示された5)。また,容積の増加率は上葉が約6〜8%,下葉が約12〜14%であり,下葉で変化が大きかった。一方,中葉は吸気では体積の変化はなく,呼気では立位,座位ともに減少することが示され,中葉症候群の発生機序との関連が考えられる。
●骨盤
骨盤底は,臥位と座位で変位はないとされ,また,立位での骨盤底を評価した研究はほとんど存在しない。そこで,恥骨-尾骨ラインを基準に,膀胱頸部や直腸肛門移行部の位置の評価を行ったところ,膀胱頸部は,立位では男性で約6mm,女性で約10mm下垂することが示された6)(図4)。女性で有意に下降するのは,排尿障害が女性に多く見られることと関連するのではないかと考えられる。
●静脈
静脈は体位により径が変化するが,静脈の変化を全身で系統的に検討した研究はない。そこで,立位CTで全身を評価した結果,体位による径の変化は,部位ごとに異なることが示された(図5)。これは,静水圧の影響と考えられる。さらに,心不全の患者では,立位でも上大静脈が縮小しないことから,変化率を心不全の重症度判定に用いることができる可能性がある。
立位CTによる機能性疾患の評価
立位で明らかになる機能性疾患の例として,脊椎すべり症や膀胱脱,鼠径ヘルニア,変形性膝関節症などがある。これらの疾患の診断や評価は,従来,エキスパートの視診に依存していたが,立位CTにより客観的に評価することが可能になった。例えば,立位CTにより,膀胱脱を明瞭に描出することが可能となった(図6)。また,変形性膝関節症の重症度判定はKellgren-Lawrence分類を用いて行うが,これまで客観性に乏しかった早期のGrade1と2の判別が,立位CTと臥位CTの三次元像から大腿骨に対する脛骨の回内の程度の差を見ることで,明確に区別することが可能になった7)。
さらに,立位の四次元CTを用いて,嚥下機能や排尿機能,膝の動態,歩行機能などの機能評価を行っている。靭帯の動態をとらえ,損傷の程度や再建後の機能評価に活用するほか,歩行異常のメカニズムの解明や,歩行可能なロボットの開発につながることなどが期待される。
まとめ
国の政策による重点疾患は,1970年代の感染症から1980年代のがん,1990年代の動脈硬化,2000年代の生活習慣病へと変化してきた。画像診断の面から見れば,これらの疾患はいずれも器質的疾患であり,臥位での評価が可能であった。しかし,近年の重点疾患である慢性閉塞性肺疾患(COPD)やロコモティブシンドロームなどは機能性疾患であり,立位での評価の必要性が高くなっている。超高齢社会を迎え,生命予後とともに健康寿命の重要性が叫ばれる時代において,立位CTによる機能性疾患の早期発見は非常に有用性が高いと考えられる。
●参考文献
1)Jinzaki, M., Yamada, Y., Nagura, T., et al. : Development of Upright Computed Tomography with Area Detector for Whole-Body Scans: Phantom Study, Efficacy on Workflow, Effect of Gravity on Human Body, and Potential Clinical Impact. Invest. Radiol., 55(2) : 73-83, 2020.
2)Nakada, T., Tasaka, N. : Human brain imaging in the upright position. Neurology, 57(9) : 1720-1722, 2001.
3)Roberts, D.R., Albrecht, M.H., Collins, H.R., et al. : Effects of Spaceflight on Astronaut Brain Structure as Indicated on MRI. N. Engl. J. Med., 377(18) : 1746-1753, 2017.
4)Van Ombergen, A., Jillings, S., Jeurissen, B., et al. : Brain Tissue-Volume Changes in Cosmonauts. N. Engl. J. Med., 379(17) : 1678-1680, 2018.
5)Yamada, et al. : Differences in Lung and Lobe Volimes Between Supine and Standing Positions Scanned with Conventional and Newly Developed 320-Detector-Row Upright CT: Intra-Individual Comparison. Respiration, in press.
6)Narita, K., et al. in revision.
7)Nagura, T., Jinzaki M., et al. under submission.
陣崎 雅弘(Jinzaki Masahiro)
1987年慶應義塾大学医学部卒業。同年,放射線診断科入局。日本鋼管病院放射線科,ハーバード大学ブリガム・アンド・ウィメンズ病院留学,慶應義塾大学医学部放射線科学教室准教授などを経て,2014年より同教授。
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