セミナーレポート(キヤノンメディカルシステムズ)
第17回・第18回共催 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会が,2012年8月31日(金)~9月1日(土)の2日間,札幌市教育文化会館をはじめとする札幌市内4会場にて開催された。2日目に行われた東芝メディカルシステムズ(株)共催のランチョンセミナーでは,藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅰ講座の才藤栄一氏を座長に,藤田保健衛生大学医療科学部リハビリテーション学科の稲本陽子氏が,320列Area Detector CT(ADCT)を用いた嚥下評価について講演した。
2013年1月号
第17回・第18回共催 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会ランチョンセミナー1
4次元で捉える嚥下イメージング 320列ADCTがもたらす嚥下評価の革新
稲本 陽子(藤田保健衛生大学医療科学部リハビリテーション学科)
当院では,2008年5月より320列ADCTを嚥下研究に導入し,従来,嚥下障害の評価に用いられてきた嚥下造影(VF)や嚥下内視鏡の課題であった,諸器官の形態動態の定量的計測をはじめ,誤嚥や喉頭内侵入の定量化,動的メカニズムの解明に取り組んできた。CTは,診断・評価において重要な要素である「発見性」「確認性」「記録・伝達性」に優れている。なかでも320列ADCT「Aquilion ONE/ViSION Edition」は,頭蓋底から頸部食道までの160mmの範囲のボリュームデータを0.275秒/回転のノンヘリカル撮影で得られ,任意の角度から立体的な観察が可能である(図1)。また,連続撮影によって四次元嚥下動態を画像化できるなど,嚥下評価に用いるインパクトは大きい(図2)。なお,撮影線量は,逐次近似応用再構成技術 “AIDR 3D”により低線量化が図られているが,さらなる検討が必要である。
実際の撮影では,寝台の反対側に嚥下撮影用の椅子を設置し,リクライニング位での撮影を行っている(図3)。
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■嚥下評価におけるCTの有用性
320列ADCTにより得られた3D-CT像を,前後・上下方向など任意の角度から観察することで,嚥下にかかわる咽頭と喉頭の形態や,諸器官の位置関係を明らかにすることができる(図4~6)。
連続撮影による動画では,嚥下動態の観察が可能である。側方からの観察では,食塊が口腔から咽頭,食道へと輸送されていく様子と,同時に舌骨が前上方に挙上し,戻る様子が確認できる(図7)。
また,前方・後方から観察することで,咽頭腔の左右差や食塊通過の左右差も確認できる。腔表面を下方から上方に向けて観察することで,世界で初めて嚥下中の声帯の開閉をとらえることができ,咽頭閉鎖のメカニズム解明に役立っている(図8)。
嚥下撮影は,以前は液体の命令嚥下が中心であったが,管球回転速度の高速化と低被ばく化により,咀嚼嚥下の撮影も可能となっている。
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■再現性
CTによる嚥下評価の信頼性を確認するため,再現性についての検討を行った。健常成人11名の嚥下について,全被検者の嚥下事象を計測した2名の検者間の信頼性と,11名の被検者に対し1週間後に同じ検査を行って再現性が得られるかを検討した。
同一被検者内の検討では,1回目,2回目の嚥下動態の動画で,まず,嚥下開始前の食塊保持の位置がほぼ同じであることが確認できた。また,軟口蓋挙上や舌骨前上方移動,上部食道括約筋(UES)開大といった,嚥下にかかわる一連の事象について時間計測を行ったところ,事象の開始順はほぼ同じであった(図9)。級内相関係数は,検者間で平均0.98,被検者内で平均0.76と高い値を示したことから,320列ADCTを用いた嚥下評価は,検者間信頼性,被検者内再現性が得られた評価法であると言える。
■姿勢調整
CTによる嚥下観察は,Chin downや頸部回旋など嚥下の臨床上よく用いられる姿勢調整の評価にも有用である。
Chin downは,頭部屈曲,頸部屈曲,複合屈曲に分類され,その違いにより,咽頭腔・口腔の形態や位置,食塊の通過を変化させる。頸部正中位,頭部屈曲位,頸部屈曲位を比較すると,食塊の保持位置,腔表面の角度,形態の違いを明瞭に確認することができる(図10,11)。症例数を増やして検討を重ねることで,嚥下障害のタイプによって,どのようなChin downが適切であるかを明らかにすることができるだろう。
また,頸部回旋は,頭部を左右いずれかに回旋することで,回旋側の梨状窩を狭くして食塊を非回旋側に通過させる方法である。3D-CT像を用いて梨状窩の部分のみを描出し,頸部回旋時の梨状窩の形態変化を計測したところ,梨状窩の体積・長さは,回旋角度が大きくなるほど非回旋側は有意に増大し,回旋側は有意に縮小した(図12)。また,頸部回旋に伴う,頭部屈曲や側屈の影響が示唆されたことから,頸部回旋を臨床で有効に用いるためには,それらの影響を十分に加味する必要があると言える。
右延髄外側症候群の症例では,頸部正中で嚥下すると咽頭に多量の残留が認められたのに対し,頸部右旋回での嚥下では,左UESを通過して残留が軽減されることが観察できた(図13)。
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■喉頭閉鎖のメカニズム
嚥下中の喉頭閉鎖は,声帯閉鎖,喉頭前庭閉鎖,喉頭蓋反転の3事象からなる,重要な気道防御システムである。しかし,従来法では声帯閉鎖が観察不能であり,3事象の時間的関係が不明であったことから,喉頭閉鎖のメカニズムは十分に解明されていなかった。しかし,320列ADCTを用いることで,3事象を正確に計測することが可能となり,喉頭閉鎖の時間的関係が明らかとなった(図14)。
メカニズムのさらなる解明のため,食塊の物性や量,年齢など異なる変数間での違いを検討した。
物性による嚥下動態の違いでは,とろみ水と液体を比べたところ,舌骨の前上方挙上のタイミングにおける食塊先端位置が異なり,液体の方が速く咽頭内に流入することが観察された(図15)。また,下方からの観察では,食塊が咽頭内に流入する時に,とろみ水では声帯は依然大きく開かれ,液体ではほぼ閉鎖していた(図16)。液体の嚥下では,液体の早期流入を予期して声帯がより早い反応を示していることがわかる(図17)。
次に,量による変化では,食塊の量が増えるにつれ咽頭,食道への到達が速くなることが3D-CT像で観察された(図18)。早期の食塊到達に反応して,UESの開大が速くなり,UES通過時間が長くなるため,UESの閉鎖と喉頭閉鎖の3事象の終了時間が遅延することが明らかとなった。
年齢による変化を見るため,若年・中年・高年群に健常被検者を分けて嚥下動態の違いを観察した。3D-CT像では,若年,中年,高年の順に嚥下時間が延長することが観察され(図19),時間的関係の分析でも同様であった。これは,高年になるにつれて咽頭収縮が弱くなることが原因と考えられる。
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■嚥下手技
嚥下手技とは,咽頭期の嚥下を随意的に変えて,より安全な嚥下を実現する手技である。しかし,いくつかの嚥下手技に関しては,そのメカニズムがまだ十分に明らかになっていないため,CTを用いて嚥下手技を検討した。
とろみ水4mLを用いて,同一被検者で通常嚥下,Super-supraglottic swallow(SSGS),Mendelsohn maneuverを施行した。3D-CT像で,SSGSでは,口腔内に食塊がある時点で声帯と喉頭前庭が閉鎖され,その後,食塊が咽頭を通過する様子が観察された。Mendelsohn手技では,舌骨が前上方に一定期間保持され,戻る様子が観察された。
また,それぞれの嚥下動態について時間計測を行った。通常嚥下とSSGSを比較すると,SSGSでは声帯閉鎖,喉頭前庭閉鎖,咽腔閉鎖,食塊の咽頭への到達時間,UES開大開始時間が早まった。通常嚥下とMendelsohn手技では,Mendelsohn手技で鼻咽腔閉鎖開始が有意に速く,UESを除くすべての諸器官で時間の延長が認められた。
■誤嚥
誤嚥もCTで明瞭にとらえることが可能である。橋出血患者の嚥下の3D-CT像では,食塊の喉頭内侵入(penetration),嚥下中誤嚥が観察された。連続的な正中矢状断,前顎断,軸位断を見ると,図20 aのフレームで喉頭侵入が見られ,次のフレーム(図20 b)で誤嚥が起こり,徐々に誤嚥が深くなることがわかる。この症例は,喉頭前庭の閉鎖が不十分で,隙間に食塊が侵入し誤嚥に至っている。
脳出血患者の嚥下3D-CT像では,嚥下後誤嚥が観察された。1施行目の嚥下では喉頭侵入は認めたが明らかな誤嚥は認められなかった(図21 a)。しかし,5秒後に撮影した2施行目の最初のフレームで,1施行目の嚥下で誤嚥していることが観察された(図21 b)。このように,CTでは視覚的に明瞭に誤嚥を観察でき,誤嚥の原因についても検討が可能である。
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■嚥下関連筋群の動態
CTにより,嚥下関連筋群の定量的評価も可能となる。CTは筋肉の正確な描写は困難であるが,筋の起始・停止である骨の描出には優れるため,筋の起始・停止間の距離の変化を観察できる。図22のように舌骨の上筋群と下筋群の起始と停止を定義し,その距離を計測することで,筋の短縮パターンを観察することができる。
CTでは,筋電図では評価が困難であった舌骨上筋群の後方筋群も観察することができる点が有用である。今後,従来の報告と合わせて検討することで嚥下関連筋群の動態のさらなる理解につながる。
■咽頭収縮
咽頭収縮の体積変化の定量評価にもCTは有用である。健常被検者の嚥下における咽頭腔,および食塊の体積変化を計測した(図23)。咽頭腔の体積と食塊の体積を足したものを咽頭腔体積として水色で示している。この舌骨前上方挙上より先に咽頭腔が最大となり,食塊が咽頭を通過するととも縮小する。食塊が食道を通過後,咽頭腔体積が再度拡張する。
最大咽頭腔体積から最小咽頭腔体積を引き,最大咽頭腔体積で割ったものを咽頭収縮率として算出したところ,健常被検者では90%以上の収縮率を示した。
咽頭残留を認めた嚥下障害患者では,咽頭腔体積が十分に縮小せず,咽頭収縮率は健常例と比べて明らかに低値を示した。咽頭残留の評価法の1つとして有用な指標である。
■リハビリ中の経時的変化
咽頭腔体積計測を用いて,リハビリ中の経時的変化をとらえることができる。
右延髄外側症候群の症例では,発症3週間後の嚥下動態を見ると,梨状窩に残留が認められたが,リハビリを行った7週間後の嚥下動態では残留が軽減した。残留の体積は4.6mLから0.05mLへと変化し,咽頭収縮率も79%から99%へと改善しており,定量的にリハビリの効果を評価することができる(図24)。
■病態解明
これまでに示した機能動態変化,諸器官のタイミング,咽頭腔体積などの定量評価により,VFでは半定量的あった病態を定量的に解明することもできる。以下に,咽頭残留の症例を2例示す。
●症例1:60歳代,女性,SHA後遺症
VFで咽頭残留を著明に認めた症例のとろみ水の嚥下をCTで撮影した。後方からの観察で,残留を左梨状窩と右喉頭蓋谷に認めた。この咽頭残留のメカニズムとして,麻痺側の咽頭腔がほとんど収縮せず,食道の通過が左側のみとなり,麻痺側の通過はほとんど認められないことが挙げられる。麻痺側の咽頭収縮不全,UESの通過不全により,左梨状窩と右喉頭蓋谷に食塊が残留する咽頭残留であることが明らかとなった(図25)。
●症例2:60歳代,男性,左延髄外側症候群
症例1同様,VFで咽頭残留を著明に認めた症例に対し,スライスゼリーの嚥下をCTで評価した。後方からの観察で,食道は開くものの,食塊が多量に左梨状窩に残る現象が見られた。この症例の咽頭残留は,食道が開いているにもかかわらず,咽頭収縮不全により食道に食塊を十分に送り込めず,梨状窩に残留するメカニズムであることがわかった(図26)。
このように,3D-CT像で多方向から観察することで,同じ咽頭残留であっても異なる原因によるものと評価できることが明らかとなった。
■まとめ
嚥下評価に320列ADCTを用いることで,正確かつ定量的に評価でき,嚥下のメカニズムの解明や正確な診断が可能となる。それを土台とした病態の定量的評価が進めば,より効果的な摂食・嚥下リハビリテーションが実現できるであろう。
稲本 陽子
1999年南山大学卒業。日本聴能言語福祉学院で言語聴覚士の資格を取得し,2001年刈谷豊田総合病院に入職。2006年より Johons Hopkins大学に留学,2008年より藤田保健衛生大学医療科学部修士過程,2010年より医学部博士課程,同大学病院リハビリテーション部勤 務,2011年より医療科学部にて講師を務める。
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