AI医療機器の最適な開発環境「NVIDIA Clara Holoscan」が医療DXを加速する
検査・診断用から手術支援ロボット,遠隔医療,デジタルツインまで医療の可能性を広げる機器開発の最新動向
ヘルスケアの未来を築く深層学習とGPUコンピューティングの最前線
2023-1-5
人工知能(AI)を搭載した医療機器が臨床現場に広がり始めた。GPUを手がけるNVIDIAは,AI医療機器開発のためのプラットフォーム「NVIDIA Clara Holoscan」を提供している。開発者は,これを用いることで短期間で効率的にAIを製品に実装し,上市できるようになった。スタートアップから大手まで,多くのAI企業や医療機器メーカーが採用するNVIDIA Clara Holoscanを中心に,AI医療機器開発の最新動向を探った。
GPUだけでなく開発環境を提供するNVIDIA
NVIDIAのGPUは,AIの研究開発におけるデファクトスタンダードとなっており,用途や規模などに応じて豊富な製品をラインアップしている。このGPUを中心としたハードウエアに加えて,システムソフトウエア,プラットフォーム,アプリケーション・フレームワークという4つのレイヤーをベースに,研究開発環境を提供できるのがNVIDIAの強みだ。プラットフォームは,自動運転やロボティクスなど産業分野別に用意しており,ヘルスケア分野に向けては「NVIDIA Clara」を展開している。
NVIDIA Claraには,AI医療機器開発向けの「NVIDIA Clara Holoscan」,医用画像向けの「NVIDIA Clara Imaging」,ゲノム解析向けの「NVIDIA Clara Parabricks」,創薬向けの「NVIDIA Clara Discovery」,スマートホスピタルのための「NVIDIA Clara Guardian」というプラットフォームがあり,研究者・開発者はそれぞれの分野で最適な環境での研究開発が可能である。そして,これらのプラットフォームで利用できるアプリケーション・フレームワークには,医用画像用「MONAI」,フェデレーテッドラーニング用「FLARE」,創薬用「BioNeMo」などが用意されている。
以下では,NVIDIA Clara Holoscanを中心に,AI医療機器開発の最新動向を紹介する。
医療機器の開発はソフトウエア・デファインドへ
近年,医療機器の開発にもAIが大きなウエイトを占めるようになった。CTやMRIといった画像診断装置には,AIを用いて開発された画像再構成技術や検査の自動化技術が実装されるようになり,将来的にはすべての装置にこれらの技術が搭載されることが予想される。放射線治療装置でも,常に位置や形状が変化する臓器に対してAIにより最適な照射ができる適応放射線治療が可能となった。また,内視鏡装置や超音波診断装置のように,撮影・走査で得られたデータをリアルタイムで解析処理して,病変候補を検出することもできるようになってきた。
かつて医療機器開発は,ハードウエア中心の「ものづくり」であった。しかし,AIなどの高機能・高性能な製品を速やかに医療現場に届けることが求められる現在,ソフトウエア中心の開発の重要性が高まっている。短期間で効率的な開発を行うために,ソフトウエア・デファインドへと移行しているのだ。ソフトウエア・デファインドで開発することにより,ユーザーのニーズに応じて医療機器本体,エッジサーバ,クラウドで,AIソフトウエアを提供できるようになる。そこで,NVIDIAでは,ソフトウエア・デファインドでのAI医療機器を開発できるように,NVIDIA Clara Holoscanを用意した。
超低遅延を実現し,国際標準規格にも対応したNVIDIA Clara Holoscan
NVIDIA Clara Holoscanでは,学習済みモデルやリファレンスアプリケーションといった開発に必要なハードウエア・ソフトウエアをまとめて提供している。その中に,開発者向けキットとして,「Clara AGX 開発者キット」がある。さらに,2023年前半には,「Jetson AGX Orin」モジュールを搭載して高速化を図り即応性に優れたAIアプリケーションを効率的に開発できる,「NVIDIA IGX Orin 開発者キット」の提供を予定している。
この開発者向けキットは,内視鏡装置や超音波診断装置といったリアルタイムでの処理が求められるAI医療機器を開発するために,映像や超音波などの多様なセンサをサポートしている。また,社内検証では4K解像度で240Hz(240fps)という高リフレッシュレートの映像ストリームの画像処理を10ミリ秒以内という超低遅延で実現している。加えて,AIの画像認識も50ミリ秒以内という優れた即応性の高さを特長としている。
一方で,国際規格であるIEC 60601(医用電気機器の安全規格),IEC 62304(医療機器ソフトウエアのライフサイクルプロセス規格)にも対応。医療機器を長期利用できるように,ハードウエアの安定稼働とソフトウエアのサポートを可能にしている。
手術支援ロボットや遠隔医療システムの開発にも対応
2022年11月の時点で,全世界で70以上の医療機器メーカーがNVIDIA Clara Holoscanに基づいた評価,検証,あるいは製品開発を行っている。医療機器メーカーにとっては,NVIDIA Clara HoloscanによってAI医療機器開発の生産性が向上し,上市までの時間を短縮できる。加えて,国際規格に準拠した製品開発が容易になるほか,カスタマイズや量産にも対応しやすいというメリットも得られる。
さらに,検査・診断用途だけでなく,手術支援ロボットや遠隔医療システムの開発にも,NVIDIA Clara Holoscanの活用が広がっている。米国のActiv Surgicalは,拡張現実(AR)を用いてリアルタイムで血流などの情報をオーバーレイし手技の安全性を高める手術支援システム「ActivSight」を開発した。また,フランスのMoon Surgicalは,手術支援ロボット「Maestro」の開発にNVIDIA Clara Holoscanを用いることで,開発期間を6か月短縮。2022年12月には米国食品医薬品局(FDA)の510(k)クリアランスを受けた。ほかにも,英国のProximieは,リアルタイムで手技のコンサルティングを行える遠隔手術支援システムの開発を行っている。
医療におけるデジタルツインの開発も視野に
さらに,今後医療への応用が見込まれるデジタルツインやメタバースにも,NVIDIA Clara Holoscanの活用の場が広がろうとしている。デジタルツインを構築するためのプラットフォームである「NVIDIA Omniverse」と組み合わせることでAI医療機器の開発も行える。
例えば,仮想環境において手術室を構築し,ヒトの体内を3Dモデル化して,リアルタイムの物理シミュレーションに基づき鉗子の操作に合わせて臓器を変形させるといった手術シミュレーションも取り組まれている。今後,NVIDIA Clara Holoscanを用いたデジタルツインの技術が,医療にイノベーションをもたらすかもしれない。
MONAIとNVIDIA Clara Holoscanの連携にも期待
医療機器の開発に当たっては,医用画像AIも重要である。NVIDIAは2019年に,「PyTorch」をベースにした機械学習のためのライブラリであるオープンソースフレームワークのMONAI(Medical Open Network for AI)のコミュニティ創設に参加。以降さまざまな機能モジュールの開発や最新AIモデルの実装,GPU環境への最適化など,ソフトウエアの実装面で中心的な役割を担っている。現在では,欧米諸国における医用画像AIの研究開発において,MONAIはデファクトスタンダードになりつつあり,多くの医療機関,医療機器メーカーなどが採用している。
NVIDIAは,2022年11月27日〜12月1日に開催された第108回北米放射線学会(RSNA 2022)の期間中に,英国のNational Health Service(NHS)が中心となって推進しており,フロントエンドを含めた診断支援アプリケーション配備環境を提供する「AI Deployment Engine(AIDE)」の開発にも貢献し,4病院で稼働したと発表した。さらに,同じくRSNA 2022期間中には,「MONAI Deploy」の新機能として,「MONAI Application Package(MAP)」が加わったこともアナウンスした。MAPは開発したAIアプリケーションをパッケージ化。日常診療のワークフローに組み込むことが可能となり,ユーザーが容易に利用できるようにする。
NVIDIAでは,今後,MONAIとNVIDIA Clara Holoscanとの連携を想定している。MONAIで開発したAIアプリケーションを,NVIDIA Clara Holoscanを搭載した医療機器にシームレスに実装することも可能になるだろう。
医療DX実現に向け求められるAI医療機器の効率的な開発
新興感染症や超高齢社会,生産年齢人口の減少など,日本の医療は数々の課題を抱えている。これらの課題を解決するためにデジタルトランスフォーメーション(DX)が推進されており,AI医療機器の活用に期待が高まっている。それだけに,効率的な開発を行い,いち早く臨床の場に届けることが求められている。NVIDIA Clara Holoscanがより多くの開発者に活用されることを期待したい。
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