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超高齢化や医療費の増大が進むわが国では医療情報を政策に生かすためにも医療分野の共通番号制は重要であり行政は国民と医療者にメリットを示すことが必要 森田 朗(中央社会保険医療協議会 会長,学習院大学 法学部 教授/東京大学 政策ビジョン研究センター 特任教授)

2012年度の診療報酬改定は,政府が「社会保障・税一体改革成案」で示した2025年の医療の姿を踏まえて行われました。このような政策を決めるために,医療に関するビッグデータを収集・分析することが求められています。また,そのカギとなる共通番号制が今注目されています。そこで,中央社会保険医療協議会(中医協)会長の森田 朗氏に医療情報を政策に役立てるための方策をうかがいました。

■2012年度の診療報酬改定は2025年の医療に向けての第一歩として評価

中央社会保険医療協議会(中医協)会長として初めて取り組んだ2012年度の診療報酬改定は,委員や関係者,事務局の努力の甲斐もあり,おおむね満足しています。今回の改定率は,全体で+0.004%となり,非常に厳しい財政状況の中で,わずかながらもプラス改定となりました。これは,医療費の充実が重要であることが認められた結果であり,大変良かったと思います。
また,医療者からも,良い評価を受けています。病院は,特に急性期医療を中心に,救急医療やチーム医療,がん・認知症治療などにおける新しい医療技術に対して加算が設けられたり,増点がされています。一方で,診療所は,前回の改定から診療報酬が抑制される傾向にありますが,今回は在宅医療や地域連携への取り組みに対して加算を設けています。
今回の改定の大きなポイントは,政府が「社会保障・税一体改革成案」の中で示した2025年における医療の姿の実現に向けた第一歩であったことです。そのため,以前のようにその時代の状況に応じた改定ではなく,例えば,今後都市部の高齢化が進むことを踏まえて在宅医療や介護との連携を重視するなど,中長期的な視点に立って検討しています。

■諸外国に比べ後れをとる政策のためのITの利活用

従来から,医療政策の策定には,医療に関するデータを集めて活用すべきであると言われてきました。私が中医協の委員となった2009年以降も,医療に関する種々の調査結果やデータが審議の場に持ち込まれて,それを基にして議論するという流れになっていました。ただし,医療は非常に複雑な仕組みで,多様な要素があるため,人の力だけで膨大なデータを収集・分析するには,限界があります。そこで,ITを用いることにより,コストを抑えて,精密な情報をスピーディに集めて解析することが可能になります。
日本の場合,医療に限らず行政全般も含めて,政策決定のためのIT利活用が諸外国に比べ遅れています。私は,2010年から政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)の電子行政に関するタスクフォースの主査を務めていますが,行政のIT化はまだスタートラインからほとんど進んでいない状況が続いていると思います。韓国と比べても,1周遅れどころか,2周遅れぐらいになっているのではないでしょうか。日本には,先進的な技術も構想もあるものの,医療政策も含めなかなか情報を利活用できない状況にあるのです。
その1つの原因として,個人番号の未整備があります。これについては,多くの議論があるものの,共通番号(マイナンバー)が法案化されたことで,政策のためのデータ収集に向けて,一歩前進したと言えるでしょう。

■医療分野の共通番号制導入は国民や医療機関にも大きなメリット

医療分野の共通番号制導入について,私自身は積極的に進めるべきだと考えています。特に,これから高齢化が進展していく中で,認知症などの高齢者が医療や介護,福祉サービスを受けるための申請を自ら行うのは難しく,行政が共通番号で高齢者の情報を把握し,サービスを案内するといったことが必要になってきます。このように,医療分野の共通番号制は,超高齢社会を迎える日本にとって重要であり,さらには,そこから得られるビッグデータを医療政策に役立てるべきだと考えます。
では,医療分野に共有番号制を導入するメリットは何かというと, 次の4点が考えらます。
まず1つは,個人のライフヒストリーにおける診療情報がデータベース化されることで,治療に有効な情報を得ることができます。現状では,複数の医療機関を受診しているため,どんな病歴があって,どの医療機関でどのような診療を受け,薬を処方されていたのか,情報がバラバラになってしまっています。これが共通番号によって統合されれば,質の高い診療を効率的に行うことができます。
2点目は,大量のデータを収集できるので,治療情報の解析など統計的な処理を行い,例えば「現在は顕在化していないけれども,将来的にある疾患を発症する確率が高い」といったことがわかるようになります。それによって,有効な健康管理や疾患の予防が可能になります。予防医療が進むことによって,国民の健康を増進させることができれば,医療費の抑制にもつながります。
3点目は,医療機関にとってのメリットです。共通番号による診療情報のデータベースができれば,そのデータを医療サービスの質の向上や経営の効率化に役立てられます。中医協の立場から言えば,医療機関の詳細な経営情報を把握でき,それに基づいた診療報酬を検討することができます。
そして,4点目のメリットとしては,地域医療の課題を把握し,解決を図るための情報が得られることが挙げられます。地域医療連携の重要性が高まっていますが,地域全体で医療資源をどのように配分すべきか,疾病構造や年齢構成など,地域の状況に応じて対応できるようになります。

■医療情報の収集・分析の障壁となる個人情報保護や医療機関のIT導入コスト

このように医療分野の共通番号制の導入は,多くのメリットがありますが,国民からは個人情報の漏えいなどを心配する声もあります。確かに個人情報を完全に保護することは難しいかもしれません。しかし,現在の技術であれば,かなり高いセキュリティにより情報を守ることができます。例えば,データベースのアクセスログから,誰がその情報にアクセスしたかがわかるので,諸外国ではそれが情報漏えいの抑止力として使われているようです。
一方で,医療機関側には,診療内容がオープンになることに抵抗を感じる医療者がいることも事実です。しかし,診療報酬を受け取っている以上は,自分たちが行っている診療内容の情報を外部に示せるようにすべきだと思います。
また,医療機関にとってIT化への投資が負担になるという考えや,医師から電子カルテシステムを使いたくないという声があるといった問題もあります。これについては,診療報酬などでインセンティブを与えるべきとの意見もありますが,インセンティブなどなくても,最近では新規開業する診療所などが電子カルテシステムを積極的に導入をするようになってきています。こうした状況を踏まえると,IT化に消極的な施設も,経営の効率化や医療の質の向上を図るという目的を持って,取り組むべきだと思います。治療効果などのアウトカムをデータとして示すことができるのは,医療機関にとっても大きなメリットとなるに違いありません。

■医療情報を政策に生かすためにも行政は医療分野の共通番号制のメリットを明確に国民と医療者に
 示すべき

従来,医療情報は,例えばカルテの記述内容のように自然言語の情報が多いため,非常に分析が困難で,あまり政策に生かすことができていませんでした。しかし,近年では,技術の進歩により,テキストマイニングなどの解析技術の開発が進み,自然言語で記述された情報を解析できるようになりました。このようなデータマイニング技術によって得られる情報は,大変価値のあるものであり,政策の策定だけでなく,医療の質を上げるなど患者さんにとっても有益なものです。さらには,データ分析・解析により,創薬や医療機器の開発が進んだり,データベースなどのITの技術が進歩するといったように,産業面から見ても大きな効果が期待できます。それだけに,行政は,医療情報を収集することのメリットを国民と医療者に対して,明確に示していくことが求められていると言えるでしょう。

◎略歴
(もりた あきら)
1976年東京大学法学部卒業後,同学部助手。81年に千葉大学法学部助教授となり,93年から同学部教授。94年に東京大学大学院法学政治学研究科教授,2004年に東京大学公共政策大学院(大学院公共政策学連携研究部・教育部)教授となる。同大学院院長(連携研究部・教育部部長),同大学総長特任補佐,同大学政策ビジョン研究センター長などを経て,2012年から学習院大学法学部教授,東京大学政策ビジョン研究センター特任教授。2009年から中医協公益委員となり,2011年から会長。そのほか,審議会委員などを数多く務める。

(インナービジョン2012年7月号 別冊付録 ITvision No.26より転載)

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