在宅医療のニーズが高まる中,多忙化する現場では,積極的にITを活用して,情報共有や業務効率の向上に取り組んでいるケースが登場しています。スマートフォンやタブレット,クラウド技術などの進歩により,在宅医療の現場はどのように変わってきているのでしょうか。在宅医療のIT活用に詳しい高瀬義昌氏に,その現状と今後の方向性についてインタビューしました。
介護を支える医療が求められる在宅医療の現場
●在宅医療の現状について,お教えください。
高齢化に伴い,認知症をはじめとした慢性疾患を抱えている寝たきりの高齢者が増えてきています。高齢者をケアしていく在宅医療は,これまでの日本の医療の姿であった急性期医療─健康体だった人が,急性疾患で一時的に入院し,診療を受けて,日常生活に戻る─とは,まったく異なる医療と言えます。高齢者の場合,特に90歳以上のほとんどの人が,医療計画の4疾病5事業に含まれるがん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病といった疾患や認知症,精神疾患のいずれかを抱えています。こうした状況の中で,介護を主体とした医療,あるいは介護を支えるための医療を提供するのが,在宅医療の大切な役割となっています。
在宅医療は多職種協働と情報共有がカギ
●ご自身はどのように在宅医療に取り組んでいますか。
私自身は,ミッション・ビジョン・ゴールという3つの視点に分けて在宅医療をとらえています。ミッションとは,多様な人生の終末期にある患者さんとその家族の療養支援をすることです。そして,ゴールに向かうためのビジョンとしては,このような患者さんがかかる一般的疾患を,日常生活の中で予防,早期発見をすることです。日常生活から診断推論を行い,できるだけ患者さんの負担にならない検査ができる病院と連携し,入院させた段階から退院後を見据えて患者さんと家族の意思決定を支援し,対応することがビジョンです。さらに,ゴールとは,終末期を迎えた患者さんとその家族の大変さ,辛さといった気持ち,そして時間と場所を共有することです。このミッション・ビジョン・ゴールを実現するためにも,ITを使い,病院と連携して情報を共有し,患者さんとその家族に安心感を与えることが大事だと考えています。
●ミッション・ビジョン・ゴールをめざす上での在宅医療の難しさは何でしょうか。
在宅医療は多職種協働がキーワードになります。医師,訪問看護師,薬剤師,ケアマネジャーなどの数多くの職種が,患者さんと家族を支えていくことになるので,情報交換・共有が非常に重要です。一方で,患者さんの診療情報は個人情報なので,安全に管理しなくてはいけません。
また,病院と在宅医療を担う在宅療養支援診療所間の連携ができていないという問題も,よく見られます。現状では,退院調整ができていないことが多く,退院した後の介護も含めた体制が整えられていません。患者さんの退院後すぐに,在宅医療を提供する医師や看護師,介護を提供するケアマネジャーが活動できるようになっていないので,これをスムーズな流れで在宅医療・看護に移行にすることが求められています。
患者中心の在宅医療を実現するツールとして広がるIT活用
●最近ではiPhoneやiPadなどといったスマートフォンやタブレット端末を在宅医療の場で活用するケースが出てきていますが,その理由は何でしょうか。
スムーズに在宅医療へ移行するためにも,ITを使った情報連携は有用です。また,在宅医療の現場では,以前から多職種間での情報連携が求められてきましたが,近年のモバイル機器やネットワーク技術のイノベーションにより,容易に実現できるようになってきました。その中でもエポックメーキングとも言えるのが,桜新町アーバンクリニックのiPhoneなどを活用した地域医療連携システムの事例だと思います。また,三つ葉在宅クリニックでも,カルテの概念を変えるようなシステムを開発し,医師,看護師間の情報共有をできる仕組みをつくっています。
これら施設では,従来医療側を中心としていた「時間」と「空間」を,患者さんを中心に構築し,患者中心主義の医療を提供できるようになっています。在宅医療は,ソリューションビジネスだと言えます。医療職,介護職だけでなく,地域ぐるみで連携して,患者さんに医療や介護のソリューションを提供していく。そのためにITをどのように活用するかが,今後ますます重要になってくると思います。言い換えれば,ユーザーはIT導入によって,自分たちが何をめざすのか,目的を明確にすることが必要です。
●在宅医療でITを活用するために,どのような技術革新を期待していますか。
単なるペンや紙を代替するものではなく,それを使うことによって,医師や看護師の研鑽につながり,自分の価値を高めていけるようなツールであることを期待します。また,たくさんの機能を搭載したシステムではなく,必要なアプリケーションだけを,ユーザーのニーズに合わせてパッケージングしたものがあればよいと思います。在宅医療の現場では,「ハイテク」だけではなく「ローテク」でハイクオリティなものも求められています。ですから,だれもが容易に使えるようなハードウエアやソフトウエアをパッケージにしてほしいです。さらには在宅医療は,チームワーク,ネットワーク,フットワークが大事ですから,病院の医療情報システムと違い,「軽薄短小」なものがよいですね。
コンセプトデザインを明確にしてITによる医療ソリューションを
●在宅医療の将来像について,お聞かせください。
今後は,在宅医療がより広がっていくと思います。現在も病院だけでは高齢者の医療を支えきれない状況なので,在宅医療にかかわる医師の数はますます増えていきます。そうなると,大学病院や地域中核病院との連携がより重要となってきます。そして,これらの施設にも在宅医療に関する専門部門が必要になるでしょう。
一方で診療所は,かつてのように高額な医療機器をそろえるのではなく,機能分化し,薬剤師や介護,福祉の職種とも連携して,地域連携ネットワークの中で,医療を提供していくことが求められます。そのためにも,診療所はスペシャリティを生かした施設づくりが大切です。
●その中でITはどのように活用されると思いますか。
地域連携ネットワークは,鳥の巣のように,温かでそこにいる人たちを守るような存在だと言えます。それを実現するためのツールとしてITは欠かせません。それだけに,時代や地域のニーズに合ったコンセプトデザインを明確に打ち出し,ITのイノベーションを取り入れて,社会的ソリューションの1つとして「在宅医療」を提供していくことになると思います。
(2011年12月15日(木)取材:文責inNavi.NET)
◎略歴 (たかせ よしまさ) 信州大学医学部卒業。麻酔科,小児科研修を経て,以来,包括的医療・日本風の家庭医学・家族療法を模索する中,民間病院小児科部長,民間病院院長などを経験。2004年東京都大田区に在宅を中心とした「たかせクリニック」を開業する。 |
(インナービジョン2012年2月号 別冊付録 ITvision No.25より転載)