世界のヘルスケア市場では新興国の経済発展などに伴い,医療機器の需要が急速に拡大し,各種製品に対するニーズも国ごとにきわめて多岐にわたっている。そうした動きへの対応として,シーメンスのヘルスケアセクターは,2010年5月,4つの戦略的ユニット体制を構築し,販売戦略のさらなる強化と,より市場のニーズに合致した製品開発への取り組みを開始した。そこでこの度,大きな成長が期待されるSiemens AG,Healthcare Sector Clinical Products(H CP)部門のCEOであるNorbert Gaus氏が来日したことを受け,インタビューを行った。新体制に移行してから約1年が経過した今,これまでの取り組みと将来展望についてNorbert Gaus氏に,また,日本におけるH CP事業について,Siemens Japan K. K., Division Cluster Lead for Healthcare Sector Clinical ProductsのMark Flint氏にお話しをうかがった。
シーメンスの新ビジネス戦略
●まず,3月11日の東日本大震災および福島第一原発事故の後にもかかわらず来日され,また,世界中のシーメンスからも多大なご支援をいただきましたことに感謝申し上げます。
Gaus:東日本大震災は大きな衝撃でしたし,私自身,胸が痛む思いです。シーメンスの全社員に代わり,被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。われわれは皆さまのご無事を祈り,また,今後の復興に向けて,各国の社員から寄せられた寄付に会社が同額を上乗せして義援金とさせていただきました。加えて,医療機器など物資の提供も行いました。今後もできる限りサポートしていきたいと考えております。
●シーメンス社では,2010年5月からImaging & Therapy Systems(H IM),Diagnostics(H DX),Customer Solutions(H CX),Clinical Products(H CP)という4つの戦略的ユニット(Division)体制になったとお聞きしていますが,その経緯やねらいをお聞かせください。
Gaus:医療機器関連市場において,シーメンスは最も製品ラインナップの多い企業のひとつであると自負しています。シーメンスのビジネスセグメントは顧客視点,市場視点で分類しており,どうしたら相乗効果が生まれるか,市場に対してどのようにアプローチしていくかという考えに基づいて行動しています。なかでも特にH CPに注力している理由としては,ここ数年,H CP製品の市場動向として,ベーシックモデルへの要求が非常に高まっていることが挙げられます。H CPでは超音波診断装置やX線撮影装置を扱っていますが,これらの製品群は医療分野では最も市場が大きく,かつ安定しています。また,医療の根本を担っており,顧客層は地理的にも診療科という観点からも多岐にわたっているため,それらさまざまなニーズに真摯に取り組むという意味で“Go to Market”を,ビジネス戦略の中心に据えました。
Clinical Products部門における戦略的アプローチ
●H CPでは具体的にどのような事業戦略を展開しているのでしょうか。
Gaus:シーメンスは画像診断分野において,革新的かつハイエンドな製品群を扱うメーカーとして知られています。一方,H CPについては革新性を有しつつも,ユーザーに対して高いコストパフォーマンスを提供していかなければなりません。その意味では,製品ラインナップもハイエンドからベーシックモデルまで幅広く提供していく必要がありますが,ベーシックモデルであっても高い技術力が求められますので,コストとのバランスをいかに保つかが重要です。
H CPの市場シェアを広げるためには,幅広い顧客層をカバーしなければなりません。そのための方策として,パートナー,すなわち代理店のネットワークを広げていこうと考え,H CPでは現在,全世界的なソリューションネットワークの構築に向けた投資を行っています。パートナーのトレーニングはもとより,どのような情報をいかに共有するかという“Best Practice Sharing”も重要です。また,日本と他の国との違いについても比較する必要があります。つまり,シーメンスと代理店が真の意味でのパートナーとなり,お互いにメリットを提供し合える関係でなければならないということです。もちろん,パートナーにはお客様とのパートナーシップの構築や,市場からのフィードバックもお願いしています。どのような製品・技術に投資していくかという優先順位をつけていくためにも,ユーザーの声は非常に重要です。
日本では現在,Advisory Meetingを開催していますが,そこでは,今後どのような製品が必要かということを,ユーザーの先生方に議論していただいています。また,国際的な会議にも日本のユーザーに参加していただき,日本における特殊なニーズを全世界で共有し,アルゴリズムの調整やワークフローの改善,コンソールのレイアウトの最適化といった製品開発に反映させることに役立てています。H CPでは,ベーシックモデルにおいてどのような機能が必要か,また,機能をいかに絞り込み,コストパフォーマンスを上げていくかということを重要視していますが,こうした取り組みを行っていくことで,さまざまな相乗効果が生まれると考えています。
●各国の代理店,パートナーにとって,シーメンスとのビジネスにおけるメリットは何でしょうか。
Gaus:パートナービジネスは以前から行っていましたが,全世界的にこのような戦略を展開するのは今回が初めてです。パートナーにとっては,シーメンスが幅広い卓越した製品群やサービスのポートフォリオを有していることが最大のメリットですが,多くの場合,パートナーは現地の病院やクリニックと強いつながりを持っていますので,お互いの関係が良いシナジー効果を生むことを期待しています。
●Clinical Ploducts市場については各社も重視しているため,競争が激しくなっています。他社との差別化についてどのようにお考えでしょうか。
Gaus:競合企業は以前からありますし,私は良いライバルがいるからこそ成長できると考えています。多くの競合がこの分野に注力していることは事実ですが,シーメンスのように,この分野を1つのDivisionとしてグローバルな戦略を展開している企業はほかにはないと思います。
また,差別化については,製品の革新性という点ですでに市場でのプレセンスを確立していますので,これをベーシックモデルレベルにまで広げていきたいと考えています。さらに,シーメンスの優れたサービス部隊は,世界的にかなり大きな強みとなっています。
●各国の異なるニーズを拾い上げ,しかも革新性とコストパフォーマンスのバランスを取るというのは非常に難しい舵取りだと思いますが,自信はおありですか。
Gaus:もちろんです。非常に注力している分野でもありますし,シーメンスはヘルスケアにおけるパイオニアとしての位置づけを確立していますので,実現可能だと考えています。ただし,同じチームが革新性とコストパフォーマンスの両方を同時に推進できるとは考えていません。この2つをリンクさせるのが,市場でありお客様ですので,そのバランスをいかに取るかが重要です。
H CP事業における日本での展開
●日本のH CP事業における今後の取り組みにおいて,最も課題となるのはベーシックモデル市場における認知度の向上かと思われますが,それについてはどのようにお考えですか。
Flint:シーメンスは,日本で100年以上の実績がありますが,お客様に最も認知されているのは,革新性の高いMRIやCTなどの大型のモダリティであり,X線撮影装置や超音波診断装置の認知度はあまり高くないと言わざるを得ません。そこで,これらについても非常に優れた製品をラインナップしており,お客様のニーズに十分に応えられるということをアピールする必要があります。特にマンモグラフィや超音波診断装置,X線撮影装置などについてはユーザーのトレーニングを積極的に行うほか,セミナーなどのイベントを開催し,製品に関するユーザーのニーズに最大限に応えていきます。また,こうした取り組みを通じて,シーメンスのClinical Productsの認知度を上げていきたいと考えています。
H CPにおける卓越した製品群
●今後,どのような技術や製品に特に力を入れていかれるのでしょうか。それぞれの特長を具体的にお聞かせください。
Gaus:特に注力しているのはWomen's Healthです。マンモグラフィだけでなく,MRIやCT,超音波診断装置など,いろいろなモダリティの相乗効果が見られます。また,3D画像が普及し,共通のワークステーションに表示することが可能となりました。特に,3D Tomosynthesisについては,これから技術がどんどん進んでいくと考えています。
Flint:Women's Healthでは,マンモグラフィと超音波診断装置が中心です。特に,マンモグラフィについては2009年,シーメンスが他社に先駆けて「3D Tomosynthesis with MAMMOMAT Inspiration」を発表しました。3D Tomosynthesisは,マンモグラフィ検査において,3D画像収集を可能にする技術です。従来のマンモグラフィでは,2D画像で診断を行うため,特に日本人に特有な乳腺密度の高い乳房においては,組織の重なりによって隠れた病変や微小な異常部位の指摘が困難でした。しかし,3D Tomosynthesisを用いて乳房を三次元的に観察できるようになったことで,小さな腫瘤やスピキュラ,石灰化病変などが容易に把握できるようになり,乳がんがより早期に,正確に診断可能になると期待されています。さらに,診断効率の飛躍的な向上も認められるほか,1.5mGyという低線量での撮影が可能なため,約1mGyという低線量での2D撮影が可能なMAMMOMAT Inspirationであれば,3D Tomosynthesisを追加しても一般的なマンモグラフィ撮影 1回分程度の被ばく線量に抑えられます。このため,精密検査はもとより,スクリーニング検査にも活用可能であると考えています。
また,超音波診断装置の中でも非常に特徴的な装置として,「ACUSON S2000 ABVS」があります。ABVS(Automated Breast Volume Scanner)は乳がん検診用の超音波自動ボリュームスキャナですが,ACUSON S2000と組み合わせて使用することで,約1分間の自動スキャンにより,15.4cm×16.8cmの広範囲のボリュームデータが収集できます。それぞれの乳房に1〜3回ずつ施行することで,乳房全体のボリュームデータが得られます。最大のメリットとしては,操作が簡単で検査者に依存しない再現性の高い画像が得られること,従来の超音波診断装置では困難だったコロナル断面での再構成が可能なことが挙げられます。検査後に任意の断面を再構成し,他のモダリティと同様に読影可能な点も,きわめて有用です。
さらに,循環器対応の「ACUSON SC2000」では,1心拍でのFull Volume Imagingが可能となりました。従来製品では,複数心拍の情報をつなぎ合わせて1つのボリュームデータを再構成していますが,どうしても画像のつなぎ目にアーチファクトが生じてしまいます。しかし,ACUSON SC2000では,トランスデューサーの基盤を水冷方式で冷却することで, 常に高いパフォーマンスで高品質なデータ収集が可能となりました。
X線透視撮影装置についても2011年5月,斬新なコンセプトのシステムとして,インルーム検査用多目的FD搭載診断システム「LUMINOS Session」を発売しました。従来,X線透視撮影装置は,胃・注腸X線検査などの消化管検査を中心に使用されてきましたが,最近では内視鏡検査や整形領域系,および血管系インターベンションにも利用されるようになっており,検査ニーズも多様化しつつあります。したがって,従来の製品の設計コンセプトでは,多用途撮影機能の欠如や装置周りの作業スペースの不足などの問題が顕著化していました。そこで,LUMINOS Sessionでは,撮影速度の向上や,自動画像表示機能をはじめとする撮影モードの多機能化が図られたことに加え,装置本体部分の設計構想を大幅に変更しました。内視鏡検査などの際に,医師や看護師をはじめとするスタッフが動きやすく,かつ周辺機器が問題なく設置できるよう作業領域を拡大したことで快適性と被験者とのコンタクトが向上し,より安全,迅速,確実な検査環境をご提供します。
日本人に特有な乳腺密度の高い乳房における早期乳がんの検出率向上が期待される「3D Tomosynthesis with MAMMOMAT Inspiration」 |
検査者に依存することなく再現性の高いボリューム画像が得られる 「ACUSON S2000 ABVS」 |
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1心拍でのデータ収集により,Full Volume Imagingを循環器領域で実現した「ACUSON SC2000」 |
内視鏡検査や整形領域系,および血管系インターベンションにおいても高機能かつアクセス性の高い検査を提供するインルーム検査用多目的FD搭載診断システム「LUMINOS Session」 |
●いま挙げていただいたなかで,特にユーザーに対するトレーニングが必要なのはどの製品でしょうか。
Flint:やはりマンモグラフィです。3D Tomosynthesisはきわめて有用性の高い技術であり,通常のマンモグラフィと比較して診断能が15%程度向上することが,すでに2010年の北米放射線学会(RSNA 2010)などで発表されています。乳がんのカテゴリー分類にも影響してきますので,逆に言えば,そうした点をしっかりと認識した上で診断をしていただかなければ,3D Tomosynthesisの有効性を最大限に生かすことはできません。そのためにも,3D Tomosynthesisの活用法や読影法に関するトレーニングは特に重要と考えています。導入施設では現在,通常の2D画像と3D Tomosynthesisの両方を比較しながら読影していますが,現状ではその方法が最も効果的なようです。
さらなる市場拡大に向けた今後の展望
●ベーシックモデルの製品開発については,安価で機能を絞り込むという方向と,ニーズに応じて多数の製品を展開するという2つの方向性が考えられますが,その点についてはどのようにお考えですか。
Flint:少なくとも日本では,ユーザーのニーズに必ず対応していかなければならないと考えています。そのために,まずはお客様の声をしっかりと聞いた上で,いまある製品や機能をどう役立てられるのか,どうしたら日本にとって最適な製品を作り上げていけるかを考え,グローバルの製品開発にフィードバックしていく必要があります。安価な製品の提供を前提として製品デザインを行っても,お客様から評価が得られなければ意味がありませんので,最初に価格設定を行うことには,あまり意味がないと思います。
● 各製品の市場シェアを今後,どの程度伸ばしていきたいとお考えですか。
Flint:目標は,市場の成長率よりも速いスピードでシェアを獲得することです。マンモグラフィ,超音波診断装置,X線撮影装置などが健闘していますが,一層力を入れていきたいと思います。
● 最後に,今後の抱負をお聞かせください。
Flint:私自身,CP分野についてもっと注力していきたいと考えていましたので,シーメンス全体としてこのような戦略が打ち出されたことは,非常に喜ばしいことです。スタッフ一人ひとりに大きな努力が求められますが,人材はすでにそろっていますので,大変期待しています。シーメンス社員の努力によって,日本により優れた医療機器のソリューションを提供していくことが可能だと考えています。
Gaus:H CPだけに限らず,日本市場は非常に大きく,重要な市場です。シーメンスは以前から,日本に注力してきましたが,クリニカル分野でのワークフローの最適化が,ここまで求められる市場は他にはあまりありません。しかし,シーメンスはその点において,世界でもトップクラスの技術を有しています。各市場におけるお客様のニーズ,ワークフローを理解することは,われわれがより強力にヘルスケアを牽引するためにも重要であると考えています。
われわれが日本で成功できるかどうかは,グローバルでの成功をも左右します。お客様のニーズを深く理解し,どのようなソリューションを開発すべきか,また,どうしたらお客様や患者さまにもっとやさしい医療を提供できるのかということを,常に考えていきたいと思います。
(2011年6月8日:文責 編集部)
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