医師不足と言われる中,国は診療報酬改定も含め,医師確保のための施策を進めています。最近では今年度から地域医療再生計画が本格的にスタートしました。一方で,医師不足の要因の1つとして,女性医師が出産などの事情により離職を余儀なくされている状況も指摘されており,働きやすい環境を整備し,人材を活用できるようにすることが求められています。こうした中,東京女子医科大学女性医師再教育センターでは,e-ラーニングによる女性医師の復職支援に力を入れています。センターでは,このほかにも臨床研修による復職支援も行っており,これらの取り組みを通じ,男女問わず医療で社会貢献できる環境をめざしています。そこで,川上順子センター長に,女性医師の現状とセンターの復職支援活動について取材しました。
●医学部に入学する女子学生がますます増えているようです。
医学部入学者に占める女性の割合は,1970年代前半までは十数%だったのですが,73年ごろから急激に上昇し始め,90年代に入ると30%を超え,最近では40%を超えていると言われています。厚生労働省の調査では,2050年に女性医師の割合が全体の30%を超えるとの予測がされています。また,別の調査では,29歳以下の女性医師の割合が40%を超えているというデータが出ています。
●女性医師数は診療科によって差があるようですが,どのような状況なのでしょうか。
日本小児科学会が2004年に行った調査では,30歳代以上では男性医師の比率が高いのですが,20歳代では女性医師が5割近くを占めており,増える傾向にあります。また,それ以上に産婦人科も女性医師の割合が増えてきています。
●一方で,女性医師の離職率が高いようですが,その理由は何でしょうか。
女性医師の場合,完全に離職するのではなく,非常勤医となる傾向があります。当大学の卒業生の動向を見ても,卒後3〜10年の医師の1/4程度が非常勤です。これは,出産・育児などにより一時的に非常勤になり,その後常勤として復職することが多いからだと考えられます。医師という職業は,時間が経つと復職しにくくなるので,早く職場に戻ることが重要です。全国医学部長病院長会議が2006年に1800人の女性医師を対象に行った調査では,勤務を続ける要件として,育児環境(29%)と職場環境(23%)と回答する女性医師が多くいました。医師は24時間365日働けるようにしなければいけないという風潮があり,出産や育児のある女性医師にそれを要求されると,働き続けるのは難しくなってしまいます。
●例えば女性医師は外来だけ,というような勤務形態にすれば改善されるのではないでしょうか。
当院でも,多いところでは月8回の当直勤務がありますが,育児を抱えてこの数をこなすのはきついという声を聞きます。しかし,育児をする女性医師を当直から外してしまうと,そのしわ寄せがほかの医師にいくことになります。ほかの医師に迷惑がかかることを嫌がって,退職してしまう女性医師もいるようです。そういう意味では,医療機関全体で働き方などのバランスを考えながら,女性医師を支援していくことが大事だと言えます。
●最近では,託児所を設ける医療機関も増えてきています。
確かにそのとおりですが,病児保育の体制が整っていないのが現状です。病児保育施設を設けなくてもよいのですが,病気になったときにどのような体制にするのか,その準備はきちんとしておいてほしいです。女性医師が外来を受け持っているときに,その子どもが熱を出したら,診療に集中するのが難しく,「仕事を辞めよう」という気になっても仕方がありません。ですから,子どもが熱を出したときに誰が代わりをするか,あるいはどのような体制でカバーするかを考えておく必要があると思います。
●政府の緊急医師確保対策として,女性医師を支援する取り組みも始まっており,女性医師バンクの活動も始まっていますが,どのようにお考えですか。
私は,日本医師会の男女共同参画委員会の委員を務めていますが,女性医師バンクは,いままでにない発想であり,非常に良いと思います。運営はボランティアの部分もあり,厳しい面もあるようですが,女性医師たちが頑張って復職を支援しています。
●東京女子医科大学でも女性医師再教育センターを設置し,女性医師の復職支援を行っていますが,そのねらいは何でしょうか。
日本医師会の女性医師バンクは,復職のための勤務先を探すことが目的になっています。一方で,当大学では,その一歩手前の段階で,復職をめざす女性医師の不安をなくし,無理のない復帰を支援することを目的に,2006年11月に女性医師再教育センターを設立しました。育児などで休んでいる間,後ろめたい思いをしている女性医師は数多くいます。また,いざ復帰するときには気後れしてしまいます。ですから,臨床における知識や技術,現場を離れている間に変わったことを学んだり,かつての感覚を取り戻すための場となるようにしたいと考えています。センターは,当大学の卒業生以外の女性医師も受け入れており,女性医師バンクと異なり,就職支援ではなく,研修だけをサポートしています。研修先については,当大学以外の医療機関も参加しています。
●女性医師再教育センターでは,どのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
現在,センターでは,「女性医師再教育─復職プロジェクト 臨床研修」と「教育・学習支援プログラム e-ラーニング」の2つのプログラムを設けています。このうち臨床研修は,2010年4月末の時点で,113名の登録がありました。一方,e-ラーニングには,2009年1月からスタートして,2010年4月までに2400名以上の登録があります。このe-ラーニングは,グラクソ・スミスクライン社と共同開発したシステムです。離職や非常勤となり情報が不足している女性医師に情報提供するという発想から開発されたもので,基礎的な内容から学べるようにしています。文部科学省の「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」にも採択されています。
●なぜe-ラーニングを始めようと思ったのでしょうか。
当初は臨床研修だけだったのですが,それだけでは,このようなところで学びたいと考えている女性医師に,センターの活動を知っていただくことが難しいと思いました。そこでWebサイト上に何かコンテンツを設けることを考え,「まだ育児期間中だけれども医療に触れたい」と考える女性医師向けのe-ラーニングシステムを開発することになりました。
医師向けのe-ラーニングはこれまでもありましたが,専門的で,スキルアップを図るためのものであり,私たちはそれとは違うものをめざしました。なるべく高度な内容を外しているため,ときどき「簡単過ぎる」とお叱りを受けます。しかし,あくまでも女性医師の復職を支援するというセンターの役割を考え,復職や育児の経験談や公衆衛生医師の職務について学べるようにしています。それがこのe-ラーニングの特色と言えるでしょう。
●e-ラーニングのプログラムはどのようになっているのでしょうか。
現在,プログラムはキャリア,臨床基本,臨床実践の3つのカテゴリーで構成されています。キャリアでは,復職した女性医師や育児経験者の体験談,保健所などで働く公衆衛生医師,産業医など臨床以外の職場紹介などのコンテンツを用意しています。この次のステップとなる臨床基本では,臨床上で必要となる基礎的な内容としています。例えば,外来で遭遇する緊急疾患への対応や救急蘇生の基礎,医療面接,医療過誤対策やリスクマネジメントといったことについて学べます。さらに,次の段階である臨床実践は,より実践的なものとなっています。診療科目ごとに専門医が,臨床上必要な疾患とその治療方法,ガイドラインなど,最新のトピックスを開設しています。
これらの講義は,すべて1回約20分で構成されています。また,受講者は女性医師に限らず,看護師などの医療従事者や医学部生も無料で視聴することが可能です。
e-ラーニングの講義画面 |
学習の進捗状況などスケジュール管理も可能 |
●e-ラーニングについては,どのように評価していますか。
大変役立っているという意見もいただく一方で,もっと専門的な内容にしてほしいとの意見もあります。いずれにしろ,2400名という受講者数は,私たちが考えていたよりも多いものであり,手応えを感じています。
現在,受講者の約半分が医師で,そのうち女性医師は約6割となっています。男性医師もキャリアアップを目的に,自分の専門領域以外の講義を視聴しているようです。多忙な診療の中で,自分の専門外の知識を身につけるというのは,意外と難しいことです。ですから,時間的な制約のないこのe-ラーニングを利用しているのではないでしょうか。
●今後,e-ラーニングシステムをどのように進めていきたいですか。
講義の内容は,毎年見直しをして,診療ガイドラインに合わせるなど,最新のものにしていくようにしています。さらに,これからはe-ラーニングをいままで以上に充実させ,双方向性を持たせて,質問と解答をやりとりできるようなものや,外来診療を疑似体験できるような臨場感のある内容にしていきたいと考えています。そうすれば,離職している女性医師も,具体的な診療のイメージを持つことができ,医学部生などにとっても,有意義なシステムになると思います。また,卒後臨床研修制度により,医局に所属しない医師が増えてくる中,自分の専門を変えるような場合に,進路変更が難しくなることが予想されます。このようなケースでも,このe-ラーニングは役に立つのではないでしょうか。
一方で,多くの女性医師から一般内科の診療をしたいという声をよく聞きます。そこで,地域中核病院の内科の外来診療を担うようなスキルを身につけられるプログラムを設けることも検討しています。それが女性医師の社会貢献にもなり,働きやすい環境づくりにもなります。さらに,ほかの診療科の医師の負担を軽減することにもつながると期待しています。
●将来の目標についてお聞かせください。
当大学では,医療従事者が男女を問わず医療を通じ社会貢献できる環境づくりをするため,2009年に男女共同参画推進局を設立しました。センターはそのもとで活動を進めていくことになりますが,今後は,さらにe-ラーニングを活用し,将来的に「女性医師再教育センターは役目を果たしたので解散します」と言える社会になるように取り組んでいきたいと思います。
(2010年5月10日(月)取材:文責inNavi.NET)
◎略歴 川上 順子 氏 東京女子医科大学卒業後,麻酔科学教室入局。同大学第二生理学教室助手を経て,1992年に第一生理学教室主任教授となる。2004年から同大学医学部学生部長(兼任),2010年から同大学女性医師再教育センターセンター長(兼任)。現在,日本医師会女性医師支援委員会委員などを務める。 |