インナビネット特集 インタビュー
宮原 勅治 氏 川崎医科大学医療資料学教室准教授,川崎医療福祉大学医療情報学科教授/PMI日本支部医療プロジェクトマネジメント研究会代表 多施設が参加する地域連携でのIT導入にはプログラムマネジメントが必要 だからこそ医療の変化に対してIT戦略を考えられる高度医療IT人材の育成を

地域医療再生計画の施策として,各地で地域連携ネットワークシステムの構築などのプロジェクトが進行しています。しかし,これまでのITを活用した地域連携は失敗プロジェクトに終わってしまうことが多々ありました。そこで,インナビインタビューでは,プロジェクトマネジメントの手法を用いて,医療のIT化に取り組んできた宮原勅治氏に,プロジェクトを成功に必要なものは何か,お話をうかがいました。

● 地域連携ネットワークシステムの構築にはプログラムマネジメントが必要

  医療情報システムの導入には,人材や物資,資金,スケジュールを調整,管理して成功に導くためにプロジェクトマネジメント手法を用います。このプロジェクトマネジメントの上位には,複数のプロジェクトを統合的に管理するためのプログラムマネジメントと呼ばれる手法があり,さらにその上位として,組織全体のプロジェクトを調整するポートフォリオマネジメントがあります。従来のような医療機関単体のIT化には,プロジェクトマネジメントの手法が用いられてきましたが,地域連携ネットワークシステムのような大がかりなシステムの構築には,プログラムマネジメントの手法が必要となります。地域連携では,ステークホルダーの数が多くなり,複数のプロジェクトが連動しながら進められることになるからです。
  米国に目を向けると,オバマ政権下で,ARRA(American Recovery and Reinvestment Act)に基づいて,EHR(Electronic Health Record)の構築と施設間連携が進められています。また,同じ傘下に多数の医療施設を持つ組織や,医療機関のM&Aが行われた場合も,ITシステムの統合が行われます。このような施設間連携やシステム統合には,プログラムマネジメント手法が応用されます。
  わが国では通常プロジェクトマネジメント手法を用いてITの導入が行われますが,医療情報システムの構築には,幾分の特徴がありそうです。そこで,私たち医療業界のみならず,多業界からナレッジと経験を持つプロジェクトマネジャーたちが集まり,医療プロジェクトマネジメント研究会を設けて,他産業のプロジェクトマネジメントとの比較などを行い,医療分野のIT導入プロジェクトの特徴を明らかにしようと取り組んでいます。

● 医療分野のIT導入プロジェクトは専門性を含めた高度なスキルが求められる

  研究会のこれまでの活動の中でわかってきたこととして,医療分野のIT導入プロジェクトは,組織の規模に比して部門の数が多いため,プロジェクトの数が多くなるという特徴があることが挙げられます。医療機関では,放射線部門や臨床検査部門など,個々の部門の専門性が高く,システムの機能も異なり,導入時にはそれらの部門システムのプロジェクトが同時並行的に進められます。一般企業に比べ,多岐にわたるプロジェクトがいっせいに動いて,1つの医療情報システムとして構築されるのです。ですから,プロジェクトマネジメントではなく,その上位にあるプログラムマネジメントの手法も応用しなければ,なかなかうまくいきません。ましてや,地域連携ネットワークシステムを構築する場合,文化や機能が異なる医療機関同士がプロジェクトを進めなければならないので,さらにプロジェクトマネジメントも難しくなります。1つの組織ならば,目的や戦略に基づきはっきりとした方向に向かって,プロジェクトを推進していけばよいのですが,地域連携ネットワークシステムの場合は,多くの人や多組織が関与してくるので,コンフリクトが起こりやすくなります。それを柔軟に調整しながらゴールをめざすという,高度なテクニックとしてのプログラムマネジメント技法が必要になってきます。また,チーム医療においても,多職種専門分野のスタッフが集まり,多様な情報ニーズが発生するため,そうした多様性に応じたIT戦略を立案・実践できる高度な医療IT人材が現場において必要です。

● パッケージ型と異なるスキルとノウハウが IT開発プロジェクトには必要

  しかし,単体のプロジェクトマネジメントにおいても,人材が不足しているのが,日本の医療現場の実態だと思います。ほとんどの場合,医療機関には,パッケージ型の電子カルテシステムが導入されます。パッケージ型システムは,ベンダーが用意したチェックリストに,医療機関側が要望をチェックしていき仕様や機能などを決めていくのが,一般的な導入手法です。そのため,医療機関の理念や目的を両者間で確認するということができていなかったり,「システムを導入することで何がしたいのか」という最も肝心な部分が抜け落ちたまま,プロジェクトを進めてしまうケースが多くあります。とりわけ地域連携ネットワークシステムのように,急性期,療養型,そして診療所など機能が違い,理念や使命の異なる多種の医療機関がかかわるプロジェクトでは,ナレッジベースで共通した手法のスキルやノウハウを持った人材が必要であり,その育成が急がれます。

● 単なるOA化ではなく,大きな変化に対応し患者さんが求める医療サービスを提供できるITにこそ価値

  プロジェクトでは,その目的や内容を「プロジェクト憲章」として示し,「われわれはこれからこういうことをやるのだ」という方向性を示さなければ,途中でブレが生じてしまいます。あらかじめステークホルダーの合意を得ることが重要です。そうした上で,例えば地域連携において,急性期病院では,後方連携先の施設に患者さんを速やかに紹介し,自院の在院日数を短くしたいと考え,療養型病院では自院の設備に合った患者さんだけを送ってほしいとします。そういうそれぞれの思惑をお互いに出し合って,ステークホルダー皆が納得するような情報システムの方針を打ち出し共有することが,プロジェクト成功のカギを握っていると思います。
 もちろん,単なる業務のOA化という意味では,従来のシステムで実現できるかもしれません。しかし,それだけでITの本当の価値は生まれるのでしょうか。これまで医療情報システムは,診療のOA化が中心でした。けれども,患者さんを取り巻くチーム医療支援の情報システムや地域連携ネットワークシステムは,今後,医療に起こる大きな変化に対して現場で柔軟に対応していかなければ,その価値を生み出せないと思います。

● 医療の将来のためにも高度医療IT人材の育成を

  今後,医療情報システムのプロジェクトやプログラムマネジメントを率いる人材には,このような価値を考えることが求められます。そして,医療情報教育もいままでのように「情報システム活用力」を追い求めるのではなく,情報活用力とは何か,情報活用力を高めるにはどうするのか,そして情報をどのように診療やマネジメントに活かすのかという課題に取り組む必要があります。
  これは,日本の医療の将来像という観点からも重要なことです。超高齢化が進む中,認知症のがん患者が増加し,徘徊や点滴の引き抜きなどの対処のために看護師たちが院内を走り回るようなことが日常的に起こっています。超高齢化と労働人口の減少により,今後医療現場ではますますマンパワーが不足することが予想されます。劇的に変わっていく医療現場に素早く対応するために,従来の労働集約型業務のパフォーマンスを改善し,診療プロセスを革新するIT戦略や仕組みを考えられる高度医療IT人材を育てていかなくてはいけません。そのためにも,厚生労働省,経済産業省などの行政には,10年,20年先の医療の姿を見据えた人材育成を支援してほしいと思います。
  われわれの研究会としても,プロジェクトマネジメントの知識体系であるPMBOK(Project Management Body of Knowledge)を医療分野のIT導入プロジェクトにどのように取り込んでいくか検証し,成功ための手法を確立させたいと思っています。それに向けた活動として,2011年7月16日(土)から2日間,学術総合センター(東京都千代田区)で開催される「PMI Japan Forum 2011」(主催:PMI日本支部)において,研究成果を発表します。日本の医療の将来のためにも,高度医療IT人材の育成は,待ったなしの状態です。医療プロジェクトマネジメント研究会では,こうした活動を通じて,人材育成についても検討していきたいと思います。

(2011年5月15日(日)取材:文責inNavi.NET)

◎略歴
(みやはら ときはる)
1993年京都大学大学院医学研究科修了(医学博士)。神戸大学大学院経営学研究科修了(MBA)。神戸市立医療センター中央市民病院などを経て,2011年から川崎医科大学医療資料学教室准教授,川崎医療福祉大学医療情報学科教授。日本医療情報学会評議員,PMI日本支部関西地区副代表,医療プロジェクトマネジメント研究会代表を務める。PMP,ITコーディネー タ,医業経営コンサルタント,上級医療情報技師。

(インナービジョン2011年7月号 別冊付録 ITvision No.24より転載)
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