インナビネット特集 インタビュー
小松 研一氏 東芝メディカルシステムズ株式会社代表取締役社長 事業のグローバル化は企業として重要な使命 ─世界中の人々が高度な医療機器の恩恵を受けられるよう努力─

[インナビ・インタビュー]の第5回目のゲストは,今年6月に東芝メディカルシステムズ株式会社代表取締役社長に就任した小松研一氏。国内市場が低迷する中での船出となる中,BRICs地域での展開を強化するなど,事業のグローバル化を推進しています。同社は昨年,Area Detector CT「Aquilion ONE」を発表するなど,テクノロジーリーダーとして市場を牽引していますが,小松氏は,重要なのは装置を用いた医療技術の開発を臨床に携わる先生方と連携して進めていくことだと述べています。インタビューでは,こうしたグローバル化戦略や技術開発も含めた今後の事業展開についてうかがいました。


● 6月の株主総会で社長に就任してから,約3か月が経ちますが,いまの率直な感想をお聞かせください。

 大変な時期に大変な仕事を引き受けたというのが率直な感想です。

 世界的に見て,特に日米欧などの先進国の医療事情が非常に厳しくなっています。先進各国では今後,労働人口の減少が予測され,高齢化に伴う医療費の増大を抑制する施策を取り始めています。本来,医療機器は,その装置でなければ診断,治療ができないという新たな技術を伴って市場に送り出されていくわけですが,医療費抑制策の中では,こうした新たな技術の普及が進みにくくなります。先進各国が医療費抑制策を進めていることで,医療機器の購買力が落ちてきており,2007年ごろから,非常に厳しい事業環境になっていると言えます。一方で,新興国の市場は拡大しています。それだけに会社全体の方向づけ,舵取りが大事な時期にあると思います。

 社長就任後,多くのユーザーの先生方とお会いしましたが,東芝に対して非常に大きな期待を持っていただいており,大変ありがたく思っています。近年,当社は技術開発に力を注いできましたが,その成果が出始めており,それに伴い,日米欧などの最先端の医療を提供している医師の方々から「東芝と一緒に仕事がしたい」と声をかけていただけるようになりました。厳しい状況ではあるものの大変やりがいを感じています。

● 2007年度,第81期の決算では,売上高が前年度比で4.4%増となりましたが,反面,経常利益は16.7%減となりました。この要因をどのように分析していますか。

 従来,先進国市場では,医療的・臨床的な付加価値の大きい装置を相応の金額で購入していただいていましたが,市場が縮小傾向にある中,価格競争が厳しくなっています。そのため,販売台数は伸長しているものの,売価が下がっており,利益が少なくなっているという事情があります。特に,日本国内において,病院経営や医療スタッフ確保など医療が抱える問題は深刻で,利益を上げるのが非常に難しい状況になっています。なお,海外を含めたグループ連結では,前年比5%以上の増益となっています。

● 国内市場が厳しい中で,海外での売上比率が伸びています。

 先進国の状況は先ほどお話ししたとおり厳しいですが,東南アジアやBRICsの市場が成長著しく,われわれとしても,そこに注力しようとしている結果だと言えます。

 企業の責任,使命について考えた場合,利益というのはあくまでも結果であって,重要なのは継続してわれわれの技術を市場の要求に応じて提供していくということだと考えています。

 世界の人口は64億人にのぼっていますが,われわれの開発する高度な医療機器の恩恵に浴することができるのは,そのうちの先進国にいる10%にすぎません。残りの90%の人々に対し,高度な医療機器をより多く提供することがわれわれの使命です。ですから,国内展開だけでなくグローバル化を図ることは非常に重要だと考えています。

● 昨年のRSNA2007(北米放射線学会)ではArea Detector CT「Aquilion ONE」を発表し話題になりましたが,製品カテゴリ別の事業展開についてお聞かせください。

 Aquilion ONEは販売開始から10か月が経ちますが,大変好評です。160mm/rotの撮影範囲というのは,肺以外のほとんどの臓器の三次元画像が1回転で描出できるということですから,臨床的な意義が大きく,得られる知見についても大きな期待が持たれています。こうしたことから現在,世界中の医療機関と共同研究を進めているところです。

 重要なことはわれわれが開発したのはハードウエアであるということです。これに基づいた医療技術を臨床側とともに開発し,このハードウエアでなければ診断,治療ができないという技術を,より早く患者さんにフィードバックすることが大事であり,その道筋がつき始めたと感じています。このことは販売以上に大切なことであり,国内や海外の大学と共同研究を進めていけることがわれわれにとって大きな成果です。

 また,CTと並ぶ主力製品である超音波装置でも,医療技術に変革をもたらす製品を市場に投入できたと考えています。2007年に発表した循環器用超音波装置の「Artida」は,従来の三次元画像と異なり,心臓弁の構造や血流の異常を描出することが可能です。いままでにない診断や治療の医療技術につながる装置だと期待しています。

 MRIについても,われわれは磁場均一性が高く,ショートボアで圧迫感のないMRIを提供してきましたが,それに加え,“非造影MRA”の技術を開発したことは患者さんにとっても大きなメリットになったと思います。最近,MRI造影剤による腎性全身性線維症(NSF)が問題となっていますが,その点からも患者さんに負担をかけずに検査ができますので,さらに普及させていきたいと考えています。

 3T MRIについても,開発が進んでいます。3T装置は現在,頭部以外の撮像法はいまだ確立しておらず,その性能を十分に発揮できているとは言えません。われわれとしては,真に患者さんの役に立つ3T MRIをめざして,現状の課題を解決した上で世に送り出したいと思っています。

 また,ヘルスケアITに関しては,サイバーホスピタルという開発構想を持って取り組んでいます。これは共通のネットワーク,データーベースによるサイバー空間上に,われわれの装置から得られた各種のデータを用いて,最も効果的な治療法を見つけるというものです。その核となるのが医療情報システムです。医療情報システムは,住友電気工業株式会社とのジョイントベンチャーとして,東芝住電医療情報システムズ株式会社が事業展開しており,着実に成長させていきたいと思っています。

● 2008年度の診療報酬改定では,電子画像管理加算の引き上げや冠動脈CT,心臓MRIなどの加算がありましたが,その影響は現れていますか。

 施設基準をクリアしなければならないですが,医療機関のCTの購買意欲を上げることにつながっていると思います。また,PACSについてもマーケットが拡大しており,追い風が吹いていると言えます。

● 64スライスのマルチスライスCTでは市場で圧倒的な強さを見せているようですが,どのようにお考えですか。

 国内のシェアは60%を超えています。海外においても数年前に比べて数倍もシェアを伸ばしています。しかし,大事なのは競争に勝ったことではありません。64列のマルチスライスCTは,初めて心臓の診断に使えるCTとして登場させて,心臓をターゲットにした数多くの技術,アプリケーションを盛り込んで世の中に提供できたことが重要です。それがわれわれの装置を導入していただいている要因だと考えています。

 われわれは,2004年から世界7か国9施設のマルチセンタースタディである“Core64”をサポートしました。この臨床試験は,64列マルチスライスCTの冠動脈CTAとカテーテル検査の比較評価を行うものです。昨年のAHA(米国心臓協会)においてその結果が報告されましたが,64列マルチスライスCTによるCTAのエビデンスを確立し,有用性を示すことができました。この研究が64列マルチスライスCTの普及につながっていると思います。Core64は装置が市場に登場したときに合わせて研究を始め,それを使った医療技術のエビデンスを確立したという点で,非常に意義が大きいです。ですから,Aquilion ONEにおいても,何らかの形でエビデンスを残すような医療技術の開発をしていきたいと考えています。

● 他社もCTの超多列化を進めていますが,どのようにとらえていますか。また,CTの未来予想図をどのように描いていますか。

 各社ともすぐに追いついていると思います。われわれとしては,早い段階で医師の方々と医療技術を開発し,一歩先を行く優位性を示していきたいです。

 今後のCTの予想図ですが,CTで一番問題となっているのが被ばく線量です。Aquilion ONEでは従来よりも大幅に被ばく線量を低減していますが,集団検診での胸部CTなどへの使用を考えると,よりいっそうの低被ばく化が求められます。それには検出器の効率を上げるといった技術が必要になります。また,CTの臨床的な価値をいままで以上に発掘していきたいと考えています。特に腹部におけるがんの診断,治療での有用性を示していきたいです。加えて心臓についても,形態情報だけでなく,心筋のバイアビリティなどの機能解析ができるよう開発を進めていきます。

● 今後の事業展開についてお聞かせください。

小松 研一氏 東芝メディカルシステムズ株式会社代表取締役社長 医療機器ビジネスは経済変動の直接の影響ではなく,医療政策に左右されるという特徴があります。医療危機とも言われる状況の中で事業を展開するのは非常に厳しいのが現状です。しかし,それをビジネスチャンスととらえることもできます。問題を抱える医療機関に対し,それを解決するために貢献しうる製品・サービスを提供するような展開を考えています。

 一方,海外については,顧客ベースの拡大が見込まれる国には現地法人を設立し,ビジネスを展開することになります。現在,現地法人は17社あります。また,将来的に成長が見込まれる市場については,代理店による販売を行っており,現在78の代理店と契約しています。これらの国では,市場の動向を注視しながら,現地法人の設立も検討していきたいと考えています。

● 重点施策として,コンプライアンスの強化に取り組んでいますが,その方針についてお聞かせください。

 われわれのビジネスはコンプライアンスに守られて成立しています。われわれが遵守しなくてはならない日本の法令は約100ありますが,その法令があることでわれわれも守られているのです。われわれとしては「ノーコンプライアンス,ノービジネス」というスローガンで,法律を完全に遵守するという強い気持ちで取り組まなければならないと考えています。今年3月に公正取引委員会から独占禁止法違反に伴う命令を受けましたが,二度と繰り返さないためにも厳格なコンプライアンス遵守に取り組んでいます。業務プロセス管理の中にコンプライアンスのチェック機能を取り入れ,具体的な業務の中で,確実に遵守できるような仕組みにしています。外部からは非常に厳しいコンプライアンス体制だと言われていますが,決してそんなことはありません。競合他社もコンプライアンスを強化していく中,その体制が緩い方が競争に負けると思っています。

● プライベートでは,どんな趣味をお持ちですか。

 趣味はスキーで,学生時代もスキー部に所属して,1年間に80日くらい滑っていました。毎シーズンやっていて,5年ほど前までは,1シーズンに15〜30日程度やっていましたが,最近は忙しいせいもあり,先シーズンは5日ほどしかいけませんでしたね。少しでも時間ができるとさっと行って,帰ってくるようにしています。しかし,今シーズンは行けるかどうかわかりませんね。総務部長に危険なことはやめてくださいと止められてしまいそうです(笑)。

 それから,歴史にも興味があります。4,5世紀ごろや平安後期のころが好きで,時間ができると遺跡や史跡を訪れています。先日も藤原清衡が開いた中尊寺や多賀城などの史跡を巡りながら当時のことに思いをめぐらし,感慨にふけりました。

● 最後に読者やユーザーへのメッセージをお願いします。

 医療機器は,普通のコンシューマーエレクトロニクスと違い,開発するわれわれがユーザーにはなり得ません。したがって,ユーザーと非常に強い連携をとらなければ,次の一歩が踏み出せないというビジネスです。ですから,これからも志のある先生方と連携し,医療機器の開発を進めていきたいと思っています。特に日本に拠点がある企業として,国内の臨床に携わる先生方と連携し,日本発,アジア発の医療機器と医療技術を世界中に広めていければ良いと思います。

(2008年9月18日(木)取材:文責inNavi.NET)

◎略歴
1949年7月9日生まれ。
1973年北海道大学工学部卒業。1978年同大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程修了後,東京芝浦電気株式会社(現・株式会社東芝)に入社。2008年6月30日の定時株主総会,取締役会を経て代表取締役社長に就任。事業のグローバル化が進む中,その手腕が期待される。

1980年 東京芝浦電気株式会社医用機器事業部医用機器技術研究所
2000年 株式会社東芝医用システム社統括技師長兼経営変革統括責任者
2003年 東芝メディカルシステムズ株式会社取締役上席常務
2006年 同取締役専務
2008年 同代表取締役社長

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