inNavi インナビ・アイズ
第17回 政権交代で医療は変わるか?

●医療政策の目玉は「後期高齢者医療制度」と「地域医療再生」

 総選挙が目前に迫っている。8月18日告示・30日投開票に向け,各政党の「政権公約」であるマニフェストが続々と発表された。従来とは異なり,これほどマニフェストが注目されている選挙はないだろう。我が国が“義理・人情・しがらみに縛られたリーダー選び”から“ビジョンに基づくリーダー選び”へと脱皮する瞬間かもしれない。一般的には「政権選択選挙」と言われているが,各種調査によれば“社会保障政策”が国民の関心のトップに挙げられている。年金・医療・介護に対する不安と不信,そしてこれらを解決できる政策が求められているのである。

  各政党のマニフェスト(暫定版としている政党もあることをご了承いただきたい)を見ていくと,共通した項目が2点存在する。1点目は「後期高齢者医療制度」である。自民党(表1)のマニフェストは,“制度の維持”を掲げ,現行の枠組み内での見直しを主とした公約となっている。同じく公明党も,後期高齢者医療制度について「見直し」を謳っている。一方,民主党(表2)は「制度及び関連法の廃止」を公約とし,共産党と新党日本は「制度廃止」と併せて「高齢者の医療費無料化」をマニフェストで表明している。また社民党は「制度廃止」のみを掲げ,国民新党のマニフェストには後期高齢者医療制度に関わる記載はない。つまり,現行の与党は「見直し」路線を,野党は「廃止」路線ということになる。このように比較してみると,選挙後の高齢者医療は何らかの形で変化していくであろうことは間違いない。ただし,各政党とも“いつ見直すのか” “いつ廃止するか”は,明らかにしていない。10年4月の改定に間に合うのか,それともそれ以降になるのか。仮に民主党が政権党になったとすれば「関連法廃止」が前提となるため,10年改定における抜本的な制度変更は望めないであろう。

表1 自民党の医療関連政策(具体策)
1. 医療基盤整備・医療体制の安心確保
必要な時に救急医療や産科医療を受けられる体制をつくり,救急医療や産科・小児科・へき地医療の担い手である勤務医を確保する。
医療確保のために,医師数を増やすとともに,これまでにない思い切った補正予算を通じ,地域医療の再生や災害に強い病院づくりを進める。
医学教育の充実と勤務環境の改善や救急医療体制の整備等,地域医療の砦たる大学病院の医療体制を整備し,医師偏在の解消へ向けた臨床研修医制度とする。
社会保険病院・厚生年金病院については,地域医療の確保の観点から必要な病院機能を維持するよう対応する。
診療報酬は,救急や産科をはじめとする地域医療を確保するため,来年度プラス改定を行う。
2. 高齢者医療制度等の見直し
全ての世代の納得と共感がより得られるよう,高齢者の方々の心情に配慮し,75歳を過ぎたサラリーマンの方は,引き続き支える側として,現役の制度に加入し続けられるようにするなど,年齢のみによる区分を見直す。
高齢者の保険料負担が過大にならないよう,公費負担の拡大に取り組むなど,現行の枠組みを維持しながらよりよい制度への抜本的な改善・見直しを行う。
所得の低い方については,保険料の9割軽減措置を継続するとともに,外来の患者負担の月額上限を半減する。
高額療養費制度の見直しについては平成21年末までに結論を出し,実行する。
社会保障費2200億円の削減方針は撤回する。
医師・看護師・その他の医療従事者の増員に努める医療機関の診療報酬(入院)を増額する。
3. 健康で安心できる国民生活の確保
<1> 健康づくり
「健康日本21」を着実に推進し,「メタボリックシンドローム克服」など,健康寿命を延ばし,生涯現役で充実した人生を送るための施策を進め,「健康国家」の創設に向けた挑戦を続ける。
次期国会において「口腔保健法案」の早期成立を図り,生涯を通じた8020運動を推進する。
<2> 新型インフルエンザなどへの対応強化
院内感染対策の徹底等による,罹患すると重症化するおそれのある基礎疾患を有する方や医療従事者等の感染防止対策の強化
重症患者に対する適切な医療提供体制の確保
感染拡大及びウイルスの性状変化を早期に探知するサーベイランスの実施
新型インフルエンザワクチンの速やかな製造と公的助成による接種体制の整備など,第二波に備え,公費助成を含めた体制整備に万全を期す。
<3> 難病対策,肝炎対策,がん対策の充実
助成の対象(現在45疾患)に緊要性の高い疾患(11疾患その他)を追加するなどの難病患者の医療費助成,難病の診断・治療方法の研究開発を進めるための難病研究拡充等,難病対策を充実させる。
「肝炎対策基本法」を制定し,B型・C型肝炎への医療費助成の拡大・充実を含めた総合的な肝炎対策に取り組む。
がん医療の充実や均てん化を行うとともに,患者の立場に立ったがん対策を充実させる。
<4> 医薬品・医療機器の安全・安心
有効で安全・安心な医薬品・医療機器を国民に迅速に提供し,さらには世界に向けて提供していくため,承認審査体制の充実と迅速化を図り,市販後安全対策を充実・強化する。
未承認薬の開発を推進するとともに,特別審査ルートを創設し,審査期間を12か月から6か月に短縮する。
新型インフルエンザワクチンの開発・生産体制の強化や総合的なワクチン政策を進める。
 
(「自民党政策BANK」より筆者一部修正)

表2 民主党の医療関連政策(具体策)
1. 後期高齢者医療制度を廃止し,国民皆保険を守る
後期高齢者医療制度・関連法は廃止する。廃止に伴う国民健康保険の負担増は国が支援する。
被用者保険と国民健康保険を段階的に統合し,将来,地域保険として一元的運用を図る。
2. 医療崩壊を食い止め,国民に質の高い医療サービスを提供する
自公政権が続けてきた社会保障費2200億円の削減方針は撤回する。医師・看護師・その他の医療従事者の増員に努める医療機関の診療報酬(入院)を増額する。
OECD平均の人口当たり医師数を目指し,医師養成数を1.5倍にする。
国立大学付属病院などを再建するため,病院運営交付金を従来水準へ回復する。
救急,産科,小児,外科等の医療提供体制を再建するため,地域医療計画を抜本的に見直し,支援を行う。
妊婦,患者,医療者がともに安心して出産,治療に臨めるように,無過失補償制度を全分野に広げ,公的制度として設立する。
3. 新型インフルエンザ等への万全の対応,がん・肝炎対策の拡充
新型インフルエンザに関し,危機管理・情報共有体制を再構築する。ガイドライン・関連法制を全面的に見直すとともに,診療・相談・治療体制の拡充を図る。ワクチン接種体制を整備する。
乳がんや子宮頸がんの予防・検診を受けやすい体制の整備などにより,がん検診受診率を引き上げる。子宮頸がんに関するワクチンの任意接種を促進する。化学療法専門医・放射線治療専門医・病理医などを養成する。
高額療養費制度に関し,治療が長期にわたる患者の負担軽減を図る。
肝炎患者が受けるインターフェロン治療の自己負担額の上限を月額1万円にする。治療のために休業・休職する患者の生活の安定や,インターフェロン以外の治療に対する支援に取り組む。
 
(「民主党の政権政策Manifesto2009」より)

 共通項の第2点目は「地域医療の再生」,とりわけ救急医療や産科・小児科の医療体制に関わる公約である。自民党・公明党は3〜5年間の「地域医療再生基金」を今年度の第1次補正予算で創設し,1兆円規模の基金とすることを決定している。民主党は「地域医療計画の見直し」を掲げるとともに医師の養成数を1.5倍にする政策を発表した。共産党は「医師・看護師の計画的増員」を,社民党は医師・看護師の増員と併せて,「総合医育成」「公的病院の存続」を掲げている。選挙結果にかかわらず,今後の医療政策において医療提供体制の充実は,大きな課題となることは明白なのである。

●プラス改定が打ち出された,10年診療報酬改定

 マニフェストでは多くの政党が10年診療報酬改定について,プラス改定を打ち出している点も興味深い。すでに社会保障審議会では,10年改定に向けた議論が開始された。そこでは「集中と選択」をキーワードとした,“病院・診療所間における診療報酬財源の配分”が改定のテーマとして確認されている。しかし選挙結果がこれらの議論に影響を及ぼすであろうことは,十分に考えられるのだ。第一に,診療報酬の改定率は内閣によって決定される。現段階ではどの政党が政権党になったとしても,プラス改定を公約としており,かつ2200億円の社会保障費削減が凍結されるからである。第二に,前回改定で緊急課題とされた「病院勤務医の負担軽減」が進んでいないという実態が挙げられる。0.38%程度のプラスでは,問題が解消されない事態に陥っているというのが一致した見解なのである。各政党のマニフェストと“医療崩壊”と呼ばれる現状を見る限り,診療報酬改定という一面においては,明るい状況と言うことができるだろう。“財源の配分”については,今後の中医協での検討次第ということになるが,医療連携を推進しようという厚生労働省の戦略から見ても,財源シフトは限定的なものになることが考えられるのである。

 改定の際,選挙結果によって大きく左右されそうなポイントは,「在院日数の短縮と在宅医療(介護)への移行」についてであろう。各政党のマニフェストは“在宅介護の充実”を謳っており,介護職の確保と給与水準の向上を含んだ,介護の役割強化を目指している。このことを踏まえて在院日数短縮に関連するマニフェストを精査してみると,公明党は「老後の安心」という項に“病気や寝たきりになっても,「住まい」が確保され,医療・介護保険で十分支えられ,医療・介護・生活支援などを備えた「多機能支援センター」が充実し,地域のコミュニティーの中で生活できる”という文章が記載されている。一方で社民党のマニフェストは「介護療養病床削減計画の見直し」を掲げ,入院基盤の整備を提言した。すなわち“重視されるのは,在宅か入院(または施設入所)か”は,政権選択次第ということが言えるのである。

 他の様々な要素も,各政党のマニフェストを通じてうかがい知ることができる。これからの医療・介護はどちらへ向かうのか。選挙を機会に,あらためて考えてみることが必要ではないだろうか。