医療制度の悪用とともに,見逃してはならないのが「コンプライアンス」である。この言葉は,一般的に「法令遵守」と訳されるが,医療においては“法律だけ守ればいい”というものではない。治療には侵襲が付き物であり,時には身体抑制や隔離が行われる。こうした生命を守ろうとする医療者の意思,あるいは人権に対する「尊厳」が伴ってこそ,医療は成り立つのである。今回の事件には,これら広義の意味でのコンプライアンスが決定的に欠けていたように思われるのだ。
5年前には,病院に勤務していた看護師が心カテ後に亡くなるという,不幸が発生していたらしい。院長はその看護師のカルテを自分の金庫に隠していた。あるいは2年前にも,奈良県に対して内部告発があったと聞く。また看護師が不要な心カテについて,院長に抗議した際には,“給料を払わないぞ”という脅しもあったとのこと。さらにはカテーテルを消毒して使い回すなどの,異常な行動もとられていた。こうした事例の一つひとつが,コンプライアンスの欠如を物語っている。院長(経営者)と職員(従業員)というヒエラルキーに麻痺し,法令や倫理をかなぐり捨てたことが,結果的に閉院どころか医療全体の信頼を失墜させることになったのだ。我々は,この点こそ,学ばなければならない。健康や生命を守るということは,あくまでも「人間」を守るための“手段”なのである。同じ理由から医療者は患者だけを守るのではなく,他の医療者に対しても“人間として”守らなければならない。そのための「コンプライアンス」なのである。
ここ数年,食品偽装や建設をはじめ,立て続けに企業のコンプライアンスが疑われるような事件が起きている。経済や効率がすべてに優先する社会風潮が影響しているのだろうが,皆,初心は違っていたはず。医療も経済活動の一つであることは否めないが,「師」の着く職業として,もっと崇高な誇りを持ちたい。
コンプライアンスを無視する事件が,医療においては今回が最後になるよう,切に望んでいる。 |