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第15回 厚生労働省平成21年度補正予算を斬る

●補正予算に見る,「医療政策の重点」

 5月21日,衆議院では平成21年度補正予算が成立し,「100年に1度」と言われる不況のなか,その対応策が次々と明らかとなった。その後,2200億円の社会保障費削減が事実上棚上げとなるなど,医療・福祉に関わる見通しも示されている。今回の補正予算は,3年間で約1兆円に上る「地域医療再生基金」を含む,6766億円が医療関連予算として決定したが,内容を見ると,厚生労働省の医療政策の意図をつかむことができるだろう。

 補正予算の項目は5点に大別されている。1点目が「地域医療の再生に向けた総合的な対策」である。平成21年度は3100億円が予算化された。これは都道府県の地域医療計画に基づく事業に対して,地域医療再生基金を設置しての財政支援とされている。基金の対象となる事業は「図表」を参照していただきたい。ポイントとなるのは“医師・看護師不足の対応”と“医療機能の分化と連携”に絞った予算である,ということだ。「総合的な対策」と呼ぶには,あまりにも内容が薄い(=限定されている)政策であることは明らかである。各都道府県が基金による事業の募集を行った際,果たして手を挙げることのできる医療機関は,いったい幾つあるだろうか。そう考えると「地域医療の再生」どころか,さらに格差を拡大することにもなりかねない。事業内容を慎重に検討することが必要であると思われる。

 項目の2点目は「医療機関の機能,設備強化」である。この項目には2096億円が投じられている。災害拠点病院の耐震化,および国立高度専門医療センターの先端医療機器の整備が対象となった。この項目は,第1点目よりも対象となる医療機関が限定される結果となっている。正規の予算編成の時には,必要と考えられなかったのだろうか。なぜこれが補正予算なのか見当もつかないというのが,偽らざる心境である。

 第3点目が「革新的な医薬品や医療機器の開発支援,審査体制の強化」となっている。この金額は917億円。実は約239億円が,平成21年度の本予算で計上されている。その4倍近い金額を補正予算に組み込んだのである。特に「がん,小児等の未承認薬等の開発支援,地検基盤の整備,審査迅速化」には,予算の大部分である797億円が投入されることとされている。4点目が「新型インフルエンザワクチンの開発・生産体制の強化(1279億円)」,5点目が「レセプトオンライン化への対応(291億円)」である。

図表 地域医療の再生に向けた総合的な対策
 
地域内において医療機関の機能強化、機能・役割分担を進めるための連携強化
医師事務作業補助者の集中配置など勤務医・看護師などの勤務環境改善
短時間正規雇用制度といった多様な勤務形態の導入による勤務医・看護師などの確保
大学病院などと連携した医師派遣機能の強化
医療機能の連携や遠隔医療の推進のための施設・設備の整備
新生児集中治療室(NICU)・救命救急センターの拡充、NICUや回復期治療室(GCU)の 後方病床としての重症心身障害児施設等の整備

●開業医にメリットのない補正予算

 補正予算の各項目を俯瞰すると,“誰のための事業なのか”がはっきりしたのではないだろうか。地域の拠点病院を補正予算の対象として,体制や設備の強化を進めることは重要であろう。しかし,それ以外の医療機関との格差を広げることは,受診施設を選択する患者や地域住民の視点で見ると,決して地域医療全体によい影響を与えるとは思えないのである。08年診療報酬改定でも,診療所や中小規模の病院から大規模の急性期病院へと,医療費財源のシフトが行われている。その結果,病院の損益分岐点比率は94.9%(前年92.6%),診療所では98.9%(前年96.2%)へと悪化しているのである(日本医師会調査)。この比率は100%を超えれば赤字となるものであることから,医療機関経営は限界まで来ていると言ってもいいだろう。

 この夏以降,来年の診療報酬改定に向けた検討が,厚生労働省で行われる。その方向性に沿って,10月以降,中医協での改定審議が始まるはずである。中医協の改定結果検証部会では,08年改定の緊急課題であった「病院勤務医の負担軽減」が進んでいないことも報告されている。すなわち,次期改定にあたっても前回改定のポイントは堅持されることが予想されるのである。補正予算の各項目が示すとおり,急性期病院重視型政策は継続されている。限られた財源の中で収入を奪い合うのではなく,“医療に必要な財源は,果たしてどのくらいなのか”という本質的議論を期待したい。