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第9回 医業未収金と経営管理

●先の見えない「未収金」対策

 853億円 − この数は,四病院団体協議会が加盟する5570病院の未収金を推計した金額である。未加盟である病院,さらには診療所を加えれば,我が国の医療機関における未収金の総額は,軽く1000億円を超えると考えられる。2008年診療報酬改定において,診療報酬本体の0.38%プラスにあたる金額が約1000億円と言われている。一時期話題となった「消えた年金」の金額は約950億円である。それを思うと,未収金額の大きさに驚きを禁じ得ない。厚生労働省は四病院団体協議会の発表した前述の調査結果を受け,07年6月から1年以上かけて「医療機関の未収金に関する検討会」を開催していた。最終報告は08年7月に公表されたものの,具体的な対策や制度改定に踏み込むものではなく,個々の医療機関に対応は任されてしまったのである。どうやら“お上”は,悩める医療機関を救ってはくれないようだ。

 検討会の議論でも明らかにされたが,未収金の発生原因は様々である(図参照)。医療機関の体制上の理由や健康保険制度が国民(=被保険者)に周知されていないこと,あるいは意図的な不払いなど,解決しなければならない問題は多い。これまでは医療機関の収入がある程度担保されていたため,未収金が経営を圧迫することは少なかった。しかし,もはやそのような時代ではない。四病院団体協議会は第1回の検討会席上で「診療における患者自己負担の未収問題について」という報告書(意見書)を提出した。重要なポイントは『無銭飲食,無銭乗車と同様の犯罪にもかかわらず,なぜ医療機関はこのような患者の診療を拒否できないのか』という訴えである。この報告書を読む限りにおいて,医療機関における未収金の扱いは単なる運用上の解決ではなく,医師法第19条に定められている “応召義務”についても再考するべき問題であるようにも思われる。

 いずれにせよ多くの点で見直しや適切な広報が必要であり,医療機関とともに行政や医療保険者も緊急に対応を行わなければ,患者にとっても余計な「医療不信」につながってしまうことを,改めて認識しなければならないだろう。

図

●未収金が病院経営に及ぼす影響とは

 仮に100円の未収金が発生したとしよう。電話と郵便(封書)で督促を行うと,それだけで未収金と同額のコストが必要となる。“少額の未収金は回収しない”という医療機関は多いが,こうした論理によるものである。その一方で,現在の平均的な病院の医業収支率は97〜98%と言われており,100円の医業利益を捻出するためには5000円に値する保険診療を行わなければならない。これは心電図ならば3回分,糖尿病患者に対するHbA1cであれば,何と9人分の診療行為に匹敵するのである。回収するか・しないかという判断は別にしても,決してないがしろにはできない金額であることを,医療経営者や未収金の担当者は肝に銘じる必要があるのだ。さらに述べると,たとえ少額であっても未収金は貸借対照表上の「資産」である。入金されていない,あるいは回収をあきらめた収入であっても,医療法人であれば所得税・法人税が発生するという事実を忘れてはならない。「収入は入らない・税金は取られる」では,まさに“踏んだり蹴ったり”である。

 もう1点,認識しなければならないことがある。未収金は回収する側(医療機関)も督促を受けて支払う側(患者)も,“嫌な気分になる”ということだ。担当する職員にとっては,決してモチベーションの向上する業務ではない。時には理不尽な支払拒否に遭遇することもあるだろう。同様に督促を受ける患者にとっても“嬉しい連絡”であるはずがない。確実に医療機関に対する満足度は低下する。要するに未収金は,病院経営にとって何一つメリットのないものなのである。

●未収金対策を考える

 どうすれば未収金の発生を防止し,あるいは回収を進めることができるだろうか。未収金発生を防ぐためには,「発生要因の分析」を行うことがポイントである。医療機関側に要因があるのか,それとも患者側の理由なのか。あるいは保険制度上の問題なのかを明らかにしなければ,最善の防止策を検討することは難しい。例えば「待ち時間が長いので支払いをせずに帰宅してしまった」というような場合,待ち時間の短縮に努めることは当然であるが,“会計を待つ環境”を整備することも一案である。つまり,“多面的な方策が取れるかどうか”で未収金の発生を防ぐことが可能なのである。

 一方で回収のポイントであるが,「発生要因に合わせた回収方法の検討」が挙げられる。前述の「図」でも紹介したが,未収金の発生要因は多岐にわたっている。ところが回収方法は電話や郵便での督促,または訪問がほとんどであり,画一的と言っていいだろう。例えば入院費など,高額な未収金が発生した場合に「分納」という支払形態を採るケースがしばしば見られる。こうした際に“何回に分割するのか”などを相談するわけだが,その時に「金額が大きいから払えなかった」という発生要因に合わせ,無理のない分納金額を提示(提案)する必要がある。

 医療機関の目的は“未収金を回収すること”であり,“支払い方法を決定すること”ではない。多くの医療機関から話を聞くと,支払い方法に合意できれば満足している例が少なくない。現実的でない回収方法を提案しても,行動に移されるとは限らないのだ。対応に困った患者は,一時しのぎのために提案を了承することもあり得る。それを回避するためには,患者と医療機関との間で,いわゆる“すり合わせ”をしていくことが,未収金回収の円満な解決につながるのである。

 要因を分析し,相手の状況を理解する。その上で,必要に応じた対策や提案を構築できてこそ,経営管理につながる「プロの仕事」と言えるのである。