“医療へのIT導入”が叫ばれるようになってから久しい。電子カルテや診療報酬のオンライン請求,さらには診療・診断機器の活用など,あらゆる面でITは課題であると同時に必要性自体も高まっている。しかし,現実には厚生労働省の見込みほどIT化は進んでいない。その理由は何であろうか。
第1の理由は「導入コスト」である。例えば電子カルテの導入費用は,安くなったとはいえ1床あたり100万〜150万円前後であり,カスタマイズ費用と併せてそれ以上の金額を想定しなければならない。また維持費も医業収入の3〜5%と言われており,安易に“電子化する”という決断はできない。ある病院ではオーダリングシステムの導入は行ったものの,予算の都合で看護支援システム導入を見送った。その結果,看護業務は従来の手書きとシステム入力の両方が必要となり,業務負荷と請求もれの増大が発生しているという。
第2の理由は「スケールメリット」を挙げることができる。IT化することで記録保存や統計作成が容易になったとしても,業務時間の短縮や効率化につながるほどの量的な改善が見込めないためだ。画像診断機器について,厚生労働省はフィルムレス化を進めているものの,導入費用を回収できるほどの撮影件数がなければ,やはりIT化へのインセンティブは働かない。
第3の理由は「IT化のめざす方向性が不明である」ことだ。おそらく医療機関・経営者にとって,この理由こそ“本命”ではないだろうか。逆に言うと「方向性が明確であればIT化に踏み切る」という医療機関も増加すると考えられる。国は“IT化せよ”と言うが,そのことで何を実現しようとしているのかがわからない。効率化を図ることが,最終的に医療費抑制を助長するのであれば,医療機関経営の首を絞めることにもつながりかねないのである。現在,厚生労働省はレセプトのオンライン化を進めており,すでに本年4月から400床以上の病院に対してオンライン化,または電子媒体による請求を義務付けた。このことでレセプトの点検が不要になったわけではない。一部の病院では「請求チェックシステム」を活用しているが,従来の紙媒体による請求であってもシステムの効果は変わらないのである。
これまでの厚生労働省の“IT化戦略”は,コストを上回るメリットが見当たらない状態であれば,医療機関は反応しないということがわかっただけであった。 |