4月からMRIによるメタボ健診を開始する聖隷健康診断センター
わが国の医療費の30%を占めるとされる生活習慣病を抑えるために2008年4月から始まった特定健康診査・特定保健指導(メタボ健診)。国内有数規模となる年間10万人の検診を行う聖隷健康診断センターでは,そのうちの4割をメタボ健診が占めている。そこで今年4月から,人間ドックのオプションで,これまでCTで行ってきた内臓脂肪測定検査をMRIでも実施するという新たな試みが始まる。さらに,特定保健指導においても,MRIで定期的に内臓脂肪を測定していくことを予定しているという。
このMRIによる内臓脂肪測定の報道機関向け体験会が1月に催され,今年不惑の40歳を迎える記者が,編集部代表として人柱になることに名乗りを上げた。 体験当日。朝食はいつもどおりとったものの,検査の4時間前から,臓器の動きを抑えるため,食事を控えることになった(糖分を含まない飲料はとれる)。空腹をこらえて新幹線の車内でふて寝するも,隣席で弁当を頬張る撮影担当にいらだちを覚えつつ,一路浜松へ。検査は15時30分からの枠となっており,着替えや問診の時間も考慮して,15時すぎには聖隷健康診断センターに到着。
センター内はフィルムレス運用
受診者のアメニティにも配慮
聖隷健康診断センターは,聖隷浜松病院から徒歩で2,3分のところに位置する。同院の検診事業は,1961年に「公衆衛生活動部」が設置されたことでスタートした。その事業を拡大しながら,75年には聖隷健康診断センタービルが完成。94年には健康診断センタービルを新築した。放射線部門では,2001年にマンモグラフィ検査を開始し,2003年にはヘリカルCT,2005年にはMRI,デジタルマンモグラフィを導入する。そのほかのモダリティもデジタル化を進めており,画像はPACSによるフィルムレス運用が行われている。また,フィットネススタジオやクッキングルームといった設備の充実化を進めるほか,レディースフロアを設けるなど,受診者のアメニティにも配慮している。
受付後に,今回の取材を担当してくださった聖隷浜松病院学術広報室の戸塚雅己室長,聖隷健康診断センター放射線課の片山善博技師長に挨拶。そして,検診着に着替える。この時点で,15時15分。地下1回の放射線課に行き,聞き取りを受ける。担当の今村 駿技師の説明に従って,体調や体内金属の有無,閉所恐怖症などの項目をチェックしていく。記者の場合は,大きな問題はない。すべての項目に記入し終わると,検査方法の説明を受け,同意書へのサインが求められる。今回の検査は,一部リサーチが含まれているため,記者の(おそらくは立派な)脂肪画像も,個人情報を消去した上で研究データとして提供される(学会などでお目にかかれるかもしれない)。
LAVA-FlexとMRSを組み合わせ
内臓脂肪量の定量化に成功
同意書にサインした後,MRI室へ移動する。今回検査に使用するSigna HDx 1.5Tは,2006年に国内で発表されたGE社の1.5T MRIの最上位機種。“eXpanded”をキーワードに開発され,XVRE(eXpanded Volume Reconstruction Engine)による高速演算処理が可能で,秒間2700枚(フルFOV,256データ)の再構成ができる。2008年には後継機種の「Signa HDxt」が発表され,健診センターでも,2月にHDxtにアップグレードし,4月からの健診はHDXtで行う予定である。
内臓脂肪測定検査では,GE社のパラレルイメージング法であるARCを用い,3DのT1強調像が得られるLAVA-Flexと呼ばれるシーケンスで撮像される。ARCで高速にボリューム撮像し,水と脂肪の画像再構成を行い,さらに半自動的な後処理で再現性の高い内臓脂肪面積測定をする。これに加え,肝臓脂肪の測定に関して,LAVA-Flexでも値を再出するとともにMR Spectroscopy(MRS)で水と脂肪を測定して,より安定した評価ができるようにしている。
記者は15時20分過ぎにMRI室に入室。今村技師がセッティングを行う。耳栓をし,検診着の上にタオルをかけてコイルを装着。それをバンドで固定する。MRI初体験の記者は緊張感が高まって,心拍が速まるのが感じられる。狭いガントリに入ると,ますます緊張してきた。とはいうものの,今村技師のていねいな応対と取材という使命感(!)から,次第に気持ちが落ち着いて,どのように撮像が行われるかに集中することができた。
今回の撮像では,内臓脂肪測定のために,へそ周りを含むスライス厚5mmでボリューム撮像を行う。それに加えて,肝臓脂肪測定のために,肝臓を含む上腹部撮像も行っている。受診者は通常,自動音声のガイドに従って10〜25秒の息止めを7回する。それに合わせて,寝台を移動しながら撮像していくことになる。撮像中の騒音はあまり気にならなかったのだが,25秒の息止めは苦しく感じた。そのせいか実際の撮像では体動が出てしまい,もう1回多く息止めをすることになった。なお,記者の場合,息止め時間は,23秒→13秒→25秒→13秒→25秒→21秒→25秒→17秒であったが,体動を防ぐための息止めの重要性と難しさを実感した。
1日4枠で,検査時間は約15分
肝臓脂肪含有率の測定も
15時35分過ぎに検査は終了。MRI室に入室してから退出までは約15分。セッティング時間を除くと,11〜12分程度で撮像していたことになる。検査後,本来ならば受診者は,ほかの検査を受けることになる。その間にコンソールで画像解析を行い,放射線課内にあるレポート作成用PCでレポート画面に画像を貼り付け,プリンタで出力して面接を行う医師に送る。聖隷健康診断センターでは,4月以降,当面1日4枠をこの検査にあてており,脳ドックと併用してMRIの効率的な運用を図っていくという。
今回,記者は,コンソールで画像解析の様子を見学させてもらった。撮像された画像は,コンソールにあるPC上で,内臓脂肪を自動的にトレースして面積を計測する。このソフトウエアは,聖隷浜松病院放射線科の増井孝之部長らが開発したものである(インタビュー参照)。トレースされた内臓脂肪は,赤色で表示され,皮下脂肪の水色と対比され,受診者の視覚に訴えてくる。この水,脂肪画像をもとにした内臓脂肪面積の測定に加え,MRIのコンソールでは,MRSで水と脂肪の数値を計測しており,肝臓脂肪含有率の測定まで行われる。ただし,肝臓脂肪含有率については,γ-GTP値などの血液検査との相関性についてリサーチ中であり,今回の体験会では,結果は記載されていない。
受診者にインパクトを与える内臓脂肪の画像と測定値
さて,その結果が写真のとおりである。水色の皮下脂肪がやけに目立っているが,赤色の内臓脂肪も十分立派な(?)なものだ。視覚的に「要生活改善」を訴えてくる。さらに,計測された脂肪面積の数値も記載されている。記者の場合は,内臓脂肪が131.2cm2。診断基準は,100cm2未満が「正常」で,100cm2以上150cm2未満が「多い」となる。さらに150cm2以上だと「非常に多い」という判定だ。この基準によると,記者の内臓脂肪は「多い」ことになる。社内や家族など,大方の予想は「非常に多い」であったから,その期待(?)を裏切る結果となったが,自分でも「ヤバイ」と思っていたことが,画像と数値で白日の下にさらされたわけで,危機感を覚えた。さらに,肝臓脂肪含有率は25%という結果が,取材に立ち会った全員の前で今村技師から発表された。前述のとおり,血液検査との相関関係が明らかにされていないが,フォアグラ状態になっているのは,昨年受けた健康診断の結果からも,想像がつく。
被ばくのない非侵襲的な検査で定期的に正確な内臓脂肪の測定が可能
実は,この画像と数値で視覚的に危機感を持つことが,このMRI健診では大きな「肝」になる。片山技師長によると,同センターでは,このMRI健診を人間ドックのオプション〔3150円(税込)〕とするほか,メタボ健診の「積極的支援」が必要な人に対して,定期検査として行うことを予定している。積極的支援対象者への指導は初回,3か月,6か月といったように3か月ごとに行うが,従来のCTによる内臓脂肪の測定では,1回の検査で0.6mSVの被ばくがあり,定期的に実施することが難しい。それを被ばくがないMRIで行えば,対象者に負担をかけずに,定期的に継続して内臓脂肪を測定していける。しかも,LAVA-Flexでのボリューム撮像により,被ばくなしにCTの単一のスライス画像と同等の測定結果が得られる。定期的な指導で,毎回,正確な内臓脂肪が測定され,画像と数値というビジュアル的にわかりやすい結果が得られれば,積極的支援対象者にとっても,生活改善へのモチベーションの向上につながる。継続的に生活改善に取り組むことが重要なメタボ健診において,被ばくを受けずに定量的に内臓脂肪を測定できるということは,非常に大きな意義がある。ただし片山技師長は,「健保組合の財政が厳しい状況にある中,健保側が特定保健指導でこの検査に費用を出すか否かは不透明な部分も多い」と,今後の課題も挙げている。
まとめ
記者にとっても通常のメタボ健診では,なかなかその気にはなれなかったのだが,今回の検査で見せられた画像と数値は,生活改善に取り組む気にさせるのに十分なインパクトがあった。今後は,受け取った検査結果を家の中の目につく場所に貼っておいて,油断しがちな自分に喝を入れていきたい。そして,Webサイト上で結果を公表することで,自分に対してさらに厳しい状況に追い込むとともに,皆さんに向けて,MRIによるメタボ健診の有用性を訴える次第である。
LAVA-FlexとMRSで正確な脂肪面積を測定
さらに,MRSと合わせて,肝臓脂肪含有量評価の健診への適応も検討中
聖隷浜松病院放射線科 増井孝之部長に聞く。
─MRIをメタボ健診に使用する動機についてお聞かせください。
増井部長:当院では,以前,GE社の“コンパクト”を概念とするMRIであるSigna HDeの開発を共同で行ったことがあります。このコンパクトな装置を健診で利用していくことを検討し,MEDAL法(後にLAVA-Flexに名称変更)による水,脂肪分離画像やMRSについて研究し始めたのがきっかけです。
─CTと比べ,MRIでメタボ健診を行うメリットは何でしょうか。
増井部長:被ばくがないというのが大きなメリットです。それに加え,CTでは1断面での内臓測定になりますが,MRIではLAVA-Flexによるボリューム撮像で,内臓脂肪体積,肝臓脂肪含有率など,今後の診断基準にもなりそうなデータが同時に得られる点も特長です。
─LAVA-Flexとはどのようなシーケンスでしょうか。
増井部長:LAVA-Flexは,水と脂肪を分離した画像が得られるので,内臓脂肪の描出には良い手段だと考えました。当初は視覚的には分離できるのですが,MRIでは避けられないコイルの不均一性の問題もあり,再現良く脂肪の境界を決定することが課題となりました。さまざまな方法を検討し,徐々に再現性を上げ,最終的には,演算処理を行い,脂肪とそれ以外を分けて,面積を計測する方法で,ある程度自動的に行えるようにしました。
─MRSはどのように利用されるのですか。
増井部長:肝臓脂肪含有量に関してはLAVA-FlexとMRSの両方で,正確な数値を出していくことになります。LAVA-Flexは肝臓全体のボリューム撮像なので,後から任意の部位の広範囲に脂肪を測定できます。一方MRSでは,あらかじめ選択しておいた箇所の15mm程度のボクセルから測定します。この2つの値からフォローアップしていくことで,正確な評価が可能になります。
─肝臓脂肪含有率の測定はリサーチ中とのことですが,今後の見通しをお聞かせください。
増井部長:技術的にはほぼ完成しているので,後は再現性や,結果がどのような意味を持つのか,そのほかの検査データと関連づけていくことになります。今後,1年程度かけてデータを集め,γ-GTP値などの生化学検査データとの関連性を調べて,健診で使用できるようにしていきたいと考えています。
(2010年1月28日取材:文責inNavi.NET)