経済産業省は、2009年度の実証事業として行ってきた「健康情報活用基盤構築のための標準化及び実証事業(PHR)」と「地域見守り支援システム実証事業」の成果を報告する「PHR・地域見守りシンポジウム」を,2月27日(土)と28日(日)に開催した。27日にPHRがよみうりホールで,28日に地域見守りが富士ソフトアキバプラザで,それぞれ行われた。
「健康情報活用基盤構築のための標準化及び実証事業(PHR)」は,個人の健康情報を生涯を通じて収集・活用し,医療機関や民間事業者などと共有できる情報基盤(健康情報活用基盤)の構築・運用のための技術的・制度的な要件の検討や標準化を目的に,2008年度から3年間で4地域で実証事業が行われている。27日のPHRのシンポジウムでは,2009年度までの活動成果の中間報告と市民,有識者を交えたパネルディスカッションが行われた。
開催にあたって挨拶した経済産業省の増永 明氏(商務情報政策局サービス産業課医療・福祉機器産業室長)は,「政府では,情報化を進めるべき分野として“政府”“教育”とともに,医療分野の情報化に積極的に取り組んでいる。経産省でも,これまで院内の相互接続性や,地域医療連携のための病院間の情報共有の実証事業などを行ってきた。今回の事業は,個人の健康情報を蓄積することでテーラーメードのサービスを提供する可能性を追求する施策である。3年間の事業だが,今回のシンポジウムでは,これまでに各実証事業地域で明らかになりつつあるPHRの成果を報告し,これからの方向性や課題について議論してほしい」と述べた。
最初に,同事業の全体委員長である山本隆一氏(東京大学大学院情報学環准教授)が「医療健康ITのパラダイムシフト〜健康情報活用基盤の意味」を講演した。山本氏は最初に憲法25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という条文を掲げ「憲法の施行は1947年。この時代の『最低限度の生活』と2010年では,医療も生活環境も大きく変化している。現在の最低限度の生活を保障するための取り組みがPHR事業だ」と述べ,医療の情報化が遅れているといわれるが,1次情報はほぼデジタル化されているにもかかわらず,それを利用する仕組みがないことが課題であり,すべて国民に対して提供されるユニバーサルサービスとして,健康情報活用基盤(PHR)の整備が必要だとして,日本での医療・健康情報の施策,海外でのEHR/PHRへの取り組みなどを含めて概説した。
成果報告では,まず実証事業の事務局を務めるアクセンチュア(株)の竹内倫太郎氏から,事業の概要と目的を発表し,各事業者から具体的な成果について報告された。
竹内氏は,PHR実証事業の目的を「PHRという基盤を中心に用意することで,これまで分散していた個人の健康・医療情報を一元管理することが可能になる。それによって,医療機関や健康事業者の連携による,新たなサービス提供の可能性や匿名化によるデータの2次活用などが期待される」と述べ,これまでの成果については「地域をまたいでも,事業者が変わってもデータ交換が可能な標準規格の検討と,実際にデータ交換できるかどうかを4事業者間でポータビリティ検証を行った。今後は,個人の健康関連データ量が増えたときに,情報の取捨選択など優先順位を決めていくことが必要になる」と総括した。
実証事業は,初年度の基盤構築,2年目の実証を経て,最終年度は定着と普及をめざすことになる。2年目の成果物として,今年度末に「PHRデータ交換規格」および「PHR事業における技術・運用の考え方」を発表する(4月にホームページで公開の予定)。
実証事業コンソーシアムの概要と成果報告は次の通り。
●柏健康サポートネットワーク(千葉県柏市)
参加団体:健康サポートネットワーク,千葉大学予防医学センターなど。
主な特徴:地域密着
主なサービス内容:千葉大学,医師会,歯科医師会,スポーツサークルなどと連携して,柏市民を対象に地域連携型の健康支援事業を提供。「かしわ健康サポート倶楽部」を立ち上げ,一般市民に対して無料でサービスを提供している。体重や血圧などの自己測定データの蓄積,食事記録・運動記録の登録,特定健診の情報,歯科(歯周病管理)の情報をPHRで管理。情報参照では,通常のID/PWに加えてCTI(computer telephony integration)認証を導入してセキュリティレベルを切り分けるほか,データ入力では医療情報では診療情報交換規約のSS-MIXを採用している。また,SNSとして利用者同士の情報交換や健康相談などのサービスを提供する。今年度の成果としては,データ入力の促進の工夫や仕組みの開発,PHRデータを活用したい健康サービス事業者との連携,SNSを通じた地域コミュニティの育成などで,今後は実証事業終了後の事業化の枠組みを検討していく。
●ホームヘルスケア創造コンソーシアム(大阪府)
参加団体:ベストライフ・プロモーション,ユウシュウケアサービス,富士通など
主な特徴:企業・健保を対象。個人に対して「私の健康情報」を提供する。
主なサービス内容:企業健保組合(富士通)の従業員およびその家族を対象に,健診情報に加えて日々の体重や体組成,血圧などのデータを自動収集してデータを管理し,個人の健康増進や特定保健指導などに活用。2009年度は617名が参加し,個人認証には指紋認証付きUSBキー,携帯電話Felicaを利用,データ収集にはタニタの体重計,血圧計から専用ゲートウェイおよび携帯電話を使った自動転送などの仕組みを取り入れている。今年度はWebによる情報提供のみのコントロール群から,測定機器の利用や健康指導などの有無で8群に分けて健康管理の継続率などの効果を検討した。課題として提供コストの問題と活用のしやすさの向上を図ることが挙げられた。
●かがわeヘルスケアコンソーシアム(香川県)
参加団体:STNet,ミトラ,香川大学,JR四国,ジェイアール四国バス,高松琴平電気鉄道(ことでん)。
主な特徴:交通系ICカード(健康IruCa)を使った医療基盤連携「eヘルスケアバンク」の構築
主なサービス内容:Suica(JR東日本)やICOCA(JR西日本)のような交通系ICカードであるIruCa(ことでんが発行,16万枚で地域の電子マネーとしても活用されている)を利用して,PHRにアクセス可能な健康IruCaを発行。多機能カードに健康医療のデータを統合することで,利用者の利便性を向上する。「eヘルスケアバンク」は,健診情報や医療情報を統合的に管理するデータベースを構築し,すでに構築されているK-MIXや周産期電子カルテシステムとも連携してデータを取り込む。今年度はJR四国ほかの従業員向けの健康管理を主眼にシステムを運用し,171名が参加した。成果としては,乗務員の健康管理の意識の向上したこと,課題は入力画面の改善と楽しみながらデータを入力できる仕組み作りが挙げられた。
●浦添地域健康情報活用基盤構築実証事業プロジェクト(沖縄県)
参加団体:日本システムサイエンス,NTTコミュニケーションズ,琉球ウェルファス
主な特徴:自治体中心,3省(経産省,厚生労働省,総務省)連携事業
主なサービス内容:自治体(浦添市)が中心となって,3省連携の事業として健康情報活用基盤を構築し,健康チャレンジ日記(レコーディング)や健診結果,運動記録などのデータを保存・管理する。ICカードなどを用いたシングルサインオンの仕組みや,匿名化による診療情報の活用など,PHR情報の活用の実証実験が行われている。今回の事業である「疾病管理サービス」は 今年度は糖尿病を対象にして当初は紙ベースでPDCAサイクルの運用を構築後,システムに移行。自治体,医療機関,フィットネスクラブなどが連携して,診療情報や運動情報の共有などを通じて活用の方向性を検討している。今後の課題としては,事業の持続可能性の課題(事業主体,課金方法など)を検討が必要とのことだ。
パネルディスカッション「PHRの実現によって描かれる将来像」では,山本氏,増永氏に加えて,実証事業運用・普及WG委員長の八幡勝也氏(産業医科大学産業生体科学研究所准教授),消費者を代表して生島ヒロシ氏(フリーアナウンサー),事業提供側として,スポーツクラブ「ルネサンス」の高撫ョ樹氏((株)ルネサンス取締役執行役員ヘルスケア事業本部長 Director),投資の立場から青山竜文氏((株)日本政策投資銀行企業金融第4部調査役)が登壇して,PHRの普及,事業化に向けた課題と展望について討論が行われた。 |