NECは,マサチューセッツ総合病院と協力した「病理画像診断支援システムe-Pathologist」の開発・共同臨床実験の開始について,10月22日(木),本社ビル(港区)で記者会見を行った。
NECでは,従来からNEC中央研究所とNEC北米研究所(プリンストン)で病理画像診断支援システムの研究開発,国内検査センターなどとの実験を進めてきたが,2008年10月よりハーバード大学関連病院のマサチューセッツ総合病院(以下MGH)と乳がん・前立腺がん用のモジュールの開発・評価の共同プロジェクトをスタート。その成果として,乳がん向けモジュールを搭載したプロトタイプを09年10月にMGHに納入し,同病院の臨床サンプルを用いた共同臨床実験を開始した。NECでは,今後約半年の臨床実験を通して同システムの診断精度を現在の“病理医”レベルまで引き上げることを目標として,病理画像診断支援システムを今回の共同臨床実験を契機に「病理画像診断支援システムe-Pathologist」の名称で,北米,欧州,日本を含むアジアなどグローバルな事業展開を図っていくという。
今回の事業の背景と展開について,執行役員の東野 正氏は次のように述べた。
「がん撲滅は国家レベルの課題となっており,同時にEBMの浸透や治療・診断法の標準化が進んだことで,病理診断の重要性が高まり検査数も増大している。その中で病理医不足による負担増や訴訟リスクの増大など医療現場の状況は厳しくなっている。一方で高性能デジタルスキャナの普及などIT化がようやく進んできており,病理医の不足をITが支援する状況が整いつつある。今回開発した技術はデジタル化をベースとして病理情報の数理化とそれに基づく診断支援を行うことで,病理診断の迅速化,品質の向上,均一化,がん最適治療法選択の支援などで医療福祉の向上に貢献できると期待している」
「病理画像診断支援システム」は,画像認識技術や機械学習法などで病理組織画像中のがん細胞・組織を認識・抽出する技術を利用して,病理診断を支援する。これまで病理部門では組織標本のデジタル化は進んでいなかったが,顕微鏡メーカーを中心に標本スライドをデジタル化する「デジタルスキャナ」が製品化され,今後1〜2年で高速化・高精度化が進み臨床応用が広がると期待されている。またFDA(米国食品医薬品局)でもデジタルスキャナに関する専門委員会を立ち上げ臨床応用に関する基準づくりに着手しており,病理画像診断支援システム普及への環境が整いつつある。
イノベーティブサービスソリューション事業部の統括マネージャの土肥 俊氏は「NECが開発した病理画像診断支援の技術は,病理医が実際に行っている病理診断をシミュレーションするヒューリスティク*なアルゴリズムと,機械学習法のアルゴリズムを組み合わせることで,複雑な病理診断をITで支援するものだ。病理医が診断の際に行っている判断プロセスを取り入れ,解剖学的な知見や病理学的な知見をシステムの中に組み込むことで他社にない高い認識精度のシステムを実現できた」と述べた。
今回のMGHとの共同プロジェクトでは,乳腺,前立腺向けの病理画像診断支援システム実現に向けて,(1)デジタル環境におけるシステムのワークフローなどの仕様作り,(2)MGHによるサンプルスライド画像と診断情報の提供,(3)プロトタイプの開発,(4)プロトタイプのMGHへの設置と共同評価および必要に応じた改造などを行っており,現在は(3)の段階まで進んだ。MGH側の責任者はJohn R.Gilbertsons氏とYukako Yagi氏。MGHは病理医80人が在籍し地域のグループ病院を含めた病理診断を行うほか,病理診断における画像とデータ解析の利用について積極的に取り組んでいる。
今後の事業展開としては,日本国内市場に向けてはMGHとの臨床実験の成果をもとに2010年度上期中に乳がんと胃がん向けのシステムの販売を開始,北米市場向けには,乳がんと前立腺がんに関して,まず研究目的に限定して2010年度上期中に,FDAの承認取得の上2011年度から臨床目的に発売の予定。対象顧客は日・米・欧州ともがんセンター,がん拠点病院,大学病院,大手臨床検査センターなどを想定する。
また,NECでは同システムのSaaS/クラウド指向のサービス提供も計画しており,医療機関には最小限のシステム構成をセットして,実際の解析はデータセンターに設置したサーバで行うことで大きな設備投資が難しい病院や病理医のいない施設でも利用できるようなサービスを提供していくという。
病理画像診断支援システム「e-Pathologist」の構成
「e-Pathologist」は,画像データを管理する「病理画像管理サブシステム」と病理画像を解析する「病理画像解析サブシステム」から構成されている。
病理画像管理サブシステムは,病理スライドからデジタルスキャナでデジタル化された画像の蓄積・管理,病理画像解析サブシステムの実行管理,ラボの病理ワークフローに基づくバッチ処理の運用管理,解析結果の表示・レポート作成などを行う。
病理画像解析サブシステムは,乳腺,前立腺などの組織種ごとに画像解析を行いがん部位抽出などを行う。
*ヒューリスティック(Heuristic):“発見的な”の意味。理論的に構築される計算手法に対して,経験則やノウハウに基づいて構築される計算手法をヒューリスティックな手法と呼ぶ。ここでは病理医が医学的・生物学的経験に基づいて診断をする際の思考の一部を取り入れることで,高い精度を実現する。 |