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血管造影/IVR  血管造影/IVR

田中貴金属工業らによる
「非磁性合金を用いた脳動脈瘤用 塞栓治療コイルの開発」が,
経済産業省の委託事業に採択へ
〜MRIで金属アーチファクトを生じない世界初の塞栓コイル,
2017年以内に市場投入を目指す京都大学,マルホ発條工業と共同開発〜

(2012/8/8)

●問い合わせ先
田中貴金属工業(株)
http://pro.tanaka.co.jp


田中貴金属工業(株)(※1)は,国立大学法人京都大学再生医科学研究所の岩田博夫教授及び児玉智信研究員,並びにマルホ発條工業(株)と共同で開発する「非磁性合金を用いた脳動脈瘤用塞栓治療コイル」が,経済産業省の委託事業「平成24年度課題解決型医療機器等開発事業」(※2)の採択候補に決定したことを発表した。
委託契約を締結し,採択事業として確定した後,今年度から国の助成を受け,MRI(※3)(磁気共鳴画像装置)下で金属アーチファクト(※4)(虚像)を全く生じない,世界初の脳動脈瘤用非磁性コイルの開発を行い, 2017年以内に市場投入を目指す。

近年,脳動脈瘤に対する瘤内塞栓術をはじめとした脳血管内治療(※5)は目覚しい進歩を続けている。しかし,普及が進むにつれて新たな問題点も指摘されており,特に従来の金属コイルは金属アーチファクトを生じるため,治療方針を左右する大きな問題となっている。
こうした問題を解決するため,今回の委託事業では,現有製品よりも金属アーチファクトの発生を顕著に抑制でき,血管内治療後の MRIによる検査を可能にする非磁性の塞栓コイルを共同開発する。開発にあたり,田中貴金属工業は金属組成および加工プロセスの評価を,京都大学は磁性評価および MRIによる画像評価を,マルホ発條工業はコイル加工の技術開発を行う。

これまでの共同研究では, JSTイノベーションプラザ京都(京都府京都市)で 2009年度から 2011年度まで行った育成研究「低侵襲血管内治療用デバイスの研究開発」の成果として,高い生体親和性と機械的特性が期待できる白金 -金ベースの非磁性金属の開発に成功している。今後は委託開発の中で,より実用化に耐えうる製品にすべく,加工プロセスや組織形状評価,磁化率評価, MRI下でのアーチファクト評価,コイル加工を進める。

●金属アーチファクトによる影響

脳卒中(※6)の一つである破裂脳動脈瘤には,動脈瘤の中にコイルを詰め込んでいく瘤内塞栓術と呼ばれる治療方法が広く行われるようになってきている。しかし,本塞栓術においては,治療後に残存動脈瘤の再増大などにより,再治療を要する症例や再出血を生じる症例が多いことも指摘されており,治療後も定期的に画像検査を行って塞栓状態の評価を継続していくことが必要。
これまで,画像検査には脳血管撮影が行われてきたが,これはカテーテルを血管内に挿入して造影剤を注入する検査であり,検査自体が侵襲性(※7)を有するため危険を伴う。そこで,最近では,撮影技術の進歩が目覚しいMRIによる血管撮影検査が行われることが多くなっており,非侵襲的かつ従来に比べて簡便に画像検査を繰り返すことができる。
しかし, MRIでは,脳動脈瘤塞栓用コイルにより金属アーチファクトが生じるため,正常な親血管(脳動脈瘤が発生している正常血管)が一部描出されない現象や(写真1参照),コイルが入りきっていない残存動脈瘤があたかも塞栓されて血流が無いように描出される現象が起こることがある。親血管が金属アーチファクトにより狭窄様に描出された場合,コイル塊が動脈瘤から逸脱しているのか,それとも塞栓された動脈瘤内での血栓形成が正常血管内までに波及しているのかを鑑別することは困難。また,残存動脈瘤が描出されない場合は再治療の可能性を過小評価する可能性もある。

≪写真 1≫血管造影画像と MRI画像の比較
血管造影画像(写真左)では血管狭窄が生じていない部位が, MRI画像(写真右)において従来の金属コイル( A)の周辺にアーチファクトが生じ,血管が狭窄しているかのように写っている。一方,非磁性コイル( B)では MRI画像にアーチファクトが生じていない。

≪写真 1≫血管造影画像と MRI画像の比較
JSTイノベーションプラザ京都育成研究「低侵襲血管内治療用デバイスの研究開発」 (2009-2011年度)より

●研究の背景

超高齢化社会を迎えた日本では,年間 30万人(※8)を超える人が脳卒中を発症しており,年々増加している。死亡率は低下傾向であるものの,寝たきりの原因の第一位であり,発症後の介護なども合わせると日本の社会保障費の増大に多大な影響を与えているす。
近年,脳卒中に対する有効な治療法として脳血管内治療が急速に普及している。血管内手術は従来の外科手術に比べて低侵襲であること,従来の開頭手術(※9)では到達困難な部位へも到達可能なことなどから,急速に症例数が増えており,新しい治療器具の開発とともに今後も大きく発展が見込まれている。また,様々な放射線透視下での血管内治療が盛んだが,放射線を使うために患者の被曝は避けられない事実であり,今後は MRI 下での血管内治療へ移行することが望まれている。
田中貴金属工業と京都大学,マルホ発條工業では,こうした医療現場におけるニーズに応えるため,「非磁性合金を用いた脳動脈瘤用塞栓治療コイル」の研究開発と臨床実験を重ね,医療機器への実用化を促進していく。

(※1)田中貴金属工業株式会社… TANAKAホールディングス株式会社を持株会社とする田中貴金属グループにおいて,製造事業を展開するグループの中核企業
(※2)課題解決型医療機器等開発事業…中小企業や異業種のものづくり力を活用し,医療現場等における課題解決に資する医療機器・関連機器の開発・改良を促進することを目的とした,経済産業省の実証事業
(※3)MRI…核磁気共鳴現象を利用して生体内の情報を画像化する装置。
(※4)金属アーチファクト … MRIで撮影する際,生体内に金属があると生じる画像の乱れ(虚像)
(※5)脳血管内治療…主に大腿動脈よりカテーテルを挿入し,頭蓋内の病変部を血管の内側から治療する方法。その低侵襲性と安全性から,近年急速に普及している。
(※6)脳卒中…日本人の死因の多くを占める三大疾患(がん,心筋梗塞,脳卒中)のひとつ。脳梗塞,脳出血,くも膜下出血(破裂脳動脈瘤)からなる。近年,医療技術の進歩とともに死亡率は低下しているが,寝たきりの原因第一位であり,多大な医療費が費やされている。
(※7)侵襲性…手術や投薬,検査など,患者の体にとって有害となる可能性があること
(※8)厚生労働科学研究費補助金 健康科学総合研究事業「地域脳卒中発症登録を利用した脳卒中医療の質の評価に関する研究(主任研究者:鈴木一夫)にて報告
(※9)従来の開頭手術…頭皮を切開し,頭蓋骨の一部を外して行う手術。開放部位より顕微鏡を用いて,直接動脈瘤の根元にクリップを挟み込んで治療する。