富士フイルム(株)は,写真や医療分野で長年培ってきた幅広いコア技術の応用展開により,発症直後でも正確な感染判定が可能な「H5N1新型鳥インフルエンザの高感度診断システム」の開発を進めている。現在,病院・診療所にて最も一般的に使われている「イムノクロマト法による迅速診断試薬(*1)」では,検体中にインフルエンザウイルスが存在するかを確認するための標識を用いるが,今般,写真の現像プロセスで用いる銀塩増幅技術の応用により,この標識(金コロイド標識(*2))を増幅してサイズを拡大し,目視能を大幅に向上させる技術を開発した。これにより,現在市場で一般的な迅速診断試薬と比較して約100倍の高感度(*3)でインフルエンザウイルスを検出することに成功している。
強毒性を持つH5N1インフルエンザが変異して新型インフルエンザとなり,パンデミックになった場合の危機管理体制確立のためには,発症後できるだけ早期の正確な感染判定が重要になると考えられている。現在,感染判定には,ウイルスの高感度検出が可能だが,前処理操作に専門性が求められ,判定までに時間を要するPCR検査(*4)と,簡便・迅速だが,ウイルス検出感度が不十分なため,発熱などの発症から半日前後を経過しないと感染の判定が困難なイムノクロマト法(迅速診断試薬)による検査などがある。
富士フイルムは,新開発の増幅技術により,イムノクロマト法の検出感度を飛躍的に高め,あわせて富士ドライケム(*5)などで培った機器開発技術,画像解析技術による小型・低コストの読取装置(*6)を開発することで,発症直後でも見逃しなく,迅速に感染・非感染を自動判定する「H5N1新型鳥インフルエンザの高感度診断システム」の早期商品化(検出試薬/読取装置の開発,H5N1新型インフルエンザ検体による臨床評価,薬事申請などのプロセスを経て,平成23年秋商品化)を目指す。本システムの開発は,独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が実施する「次世代戦略技術実用化開発助成事業」(助成期間 平成23年2月まで)に採択されている。
*1 イムノクロマト法による迅速診断試薬
試薬に滴下した検体(鼻腔ぬぐい液など)中に被検物質(ウイルスなど)が存在すると,試薬中の標識抗体と結合して抗原抗体複合体が生成され,この複合体があらかじめ検出ライン上に線状に塗布された抗体に捕捉されると,陽性(抗原あり)を示す色付きのラインが表示される診断方式。
*2 金コロイド標識
インフルエンザウイルス(抗原)と結びついた抗体の目視能を高めるために,抗体をマーキングする赤色の標識。
*3 約100倍の高感度
標識の増幅処理を行わない,金コロイド標識や,着色ラテックス標識を用いた一般的な迅速診断試薬との比較で,検体中のインフルエンザウイルス量が約1/100の場合でも,ウイルスを検出。
*4 PCR検査
PCRとは polymerase chain reaction の略。検体の中に,被検物質(ウイルスなど)が存在するか調べたい時に,chain reaction(連鎖反応)で,被検物質の遺伝子の特定部分を増幅して検出する方法。この増幅を起こす酵素がpolymerase。
*5 富士ドライケム
液中の化学成分を正確に定量するための完全ドライ多層分析フィルム(ドライケミストリー)を用いた生化学検査システム。
血漿,血清のほか全血も分析でき,検体を点着するだけで,測定が可能な迅速簡便システム。
*6 読取装置
検体を滴下した検出試薬をセットすることで,捕捉された抗原抗体複合体の金コロイド標識の増幅処理を自動的に行い,さらに独自の画像解析技術により,目視ではなく,機械的に感染・非感染を判定する装置。 |