書 評 |
新潟大学大学院医歯学総合研究科教授 笹井啓資
日々放射線診療を行い,また放射線医学を教育する立場で,放射線防護に関して質問を受ける機会が多くありますが,回答しながらこれでよいのかと心配になることがあります。また,私自身が検診等で胸部X線写真を撮る際に,不必要だと思いながらも下半身の防護をされたことがあり疑問に思っていました。
四半世紀も前に国際的には廃された10日間規則が,いまだに金科玉条のように記載されている日本での放射線診療は,放射線に対する漠然とした恐怖と科学的裏付けのない対応,すなわち「本来普遍的なものが,現場対応により非常識なものに置き換えられている状況」と言えます。
本書には,これら放射線防護に関する多くの疑問への明快な解答が随所に記載されています。「あ,この内容,明日の仕事(診療や講義)で使える」,本書の頁をめくるたびに,そう感じられます。
大野先生のご講演を拝聴するたびに日頃の放射線防護に関する,なんとなくモヤモヤした感じが払拭される思いを持っていました。ぜひ,ご講演の内容を成書にしていただき,手元においていつでも確認できるようにしていただきたいと願っていました。今回,待望の書が粟井先生との共編で出版されました。本書で述べられているように,「放射線診療従事者が医療で利用するレベルの放射線の影響について自信を持って説明できることが,わが国でDefensive
medicineを回避し,適切な放射線診療を継続していくためには不可欠」です。これは放射線診療従事者ばかりでなく,放射線診療が医療に不可欠な現代では全ての医療者に必要なことと考えます。医療で働く全ての人が,また,この分野を目指す全ての学生が本書を一度熟読され,今後の診療に役立てていただければと思います。 |
京都大学大学院 放射線医学講座(画像診断学・核医学)教授 富樫かおり
医療従事者は現場で、放射線診療に関するさまざまな質問に遭遇する。開かれた医療が求められている現在、これら疑問に適切に、即ち正確かつ平易に答える事が今までにまして増して重要となっている。しかし一方で医療従事者は、日常診療に追われており、専門外知識の習得に費やす時間は極めて少ないのが現状である。多忙な医療従事者のために、医療現場における最新の放射線安全管理の知識を、休憩時間にも読めるようにと丁寧に解説したものが本書である。内容は従事者の被曝から、患者さんの質問に対する答え方、異業種での放射線診療、さらには医療放射線安全文化の醸成と多岐に亘って書かれており、興味深く読める構成となっている。
医療の高度化に伴い、放射線を使用した画像診断は質・量ともに顕著に増加している。単純X線写真のみで診断していた昔とは大きく異なり、特に近年CT装置の高性能化が進み、悪性腫瘍が疑われる場合だけではなく、脳梗塞や心筋梗塞などの非悪性腫瘍疾患にまで広がり、さらには全身のCTやPETによる健診を実施する機関も毎年増加している。高解像度で広範囲が簡便に検査できるため、私たちは最新の放射線検査装置の診断能向上ばかりに目が奪われがちである。しかし、その背後には放射線被曝量も大きく増加しているという大きな問題がある。
「日本では医療検査による放射線被曝での発癌率が他の先進国の2倍以上」という2004年の英国からの報告は、一時的に話題となったが、既に社会の関心は消えてしまったかのようである。前提の設定など報告の適切さには議論の余地はあるが、医療被曝が増加しているのは紛れもない事実である。正確な知識の習得と実践は適切な放射線診療を継続してゆくためには不可欠である。検査を依頼する人(各科医師)と検査を実施する人(放射線科医、診療放射線技師、及び看護師)、介助する人(看護師、看護助手)がコミュニケーションを図りながら、検査を受ける人(患者さん)にとって最も良い方法を選択する―この「行為の正当化と被曝の最適化」を実践するためにはすべての医療従事者の意識と努力が重要である。本書はあらゆる疑問に適切に応えてくれるすばらしい本である。臨床の場でひもとき、大いに活用していただきたい。 |
国際医療福祉大学(放射線医学センター長) 佐々木康人
放射線防護・管理の専門家の多くは医療放射線を敬遠する傾向がある。そればかりか、「お医者さんに放射線や放射性同位元素(RI)を持たせると何をするかわからない」と病院の放射線防護・管理は無法地帯であるかのような批判を何度も受けたことがある。そのたびに、放射線診療はRI実験室や原子力発電所など他の分野の放射線利用と比べて特殊であるが、それなりに適切な防護管理が可能であると主張し、実践してきたつもりである。
今年中に公表される国際放射線防護委員会(International Commission on Radiological
Protection: ICRP) 新勧告では、「患者の医療被曝(medical exposures of
patients)はその特殊性故に他の分野の被曝とは別の防護の枠組みを採用することを明記している。医療従事者は放射線被曝線量に対して関心を払い"dose
conscious:ドズコン"になることが求められる。
本書は放射線防護と管理に強い関心を寄せながら放射線診療に従事している数少ない放射線科医と診療放射線技師が編著者となって作られた。放射線診療の内容を熟知した上で、日常診療で遭遇する放射線防護・管理の課題について解説している。軽快な筆致と表現によって、ともすれば難解で面白くないこれら課題に抵抗感なく近づくことができる。
第1章「いま、なぜ医療放射線防護の常識がとわれるのか」第2章「いま、医療の現場では」、第3章「医療放射線を取り巻くさまざまな問題」と読み進むと、医療従事者なら一度は患者や家族から問われたことのある疑問にわかり易い解答が与えられる。同時に筆者が感じているもどかしさや時には憤りが伝わってくる。無味乾燥な記述になりがちな事柄を暖かく包みこんでいるように感じられる。
第4章「いろいろな放射線利用と世界の流れ」では、医療以外の放射線利用を紹介し、放射線防護体系の枠組み作りが国際的視野で解説される。最終章「医療放射線安全文化の醸成に向けて」で編著者は検査を依頼する人と検査を実施する人のコミニュケーション
の重要性を強調する。近年社会的に注目されたIVRとCTに関する資料が巻末に掲載されている。
一般に健康に対する関心が高まっているので、放射線の負の作用に対して、納得のいく、わかり易い説明を求められる機会が増えている。それに正しく応じられる医師、技師、看護師は実際にはそう多くいない。正しい対応をしたいと願う医療従事者にとって、本書は必読かつ最適な入門の書である。 |
埼玉医科大学医学部放射線科教授 田中淳司
1970年代初頭に英国で開発され、1980年代から急激な普及を見たX線CTは医療の内容を一変させ、画像診断の概念を根底から覆した。1990年代からはこれにMRIが加わり、両者が車の両輪となって競い合った結果、画像診断の精度は飛躍的な進歩をとげるとともにその地位と重要性は不動のものとなった。乳がんなどの検診分野にもX線診断の適応は広がりつつある。画像診断の件数は今日なおもうなぎのぼりであり、医療機関の放射線診療部門は繁忙を極めている。その一方で、地球人類が受ける放射線被曝の量は確実に増加---そのほとんどが医療被曝による---していることが指摘されており、診断を目的とした放射線被曝により確定的影響を生じた例も報告されるようになってきた。直線しきい値なし仮説についてもさまざまな論議がなされ、診断行為による確率的影響の懸念にもスポットライトが当たる昨今である。「ランセット」誌の記事はなお記憶に新しい。
日進月歩の放射線診療に携わる職員は日々多忙であり、放射線防護や管理の面まで十分な神経を行き渡らせる余裕がない。現場で患者や家族から思わぬ質問を受けて返答に窮した経験をお持ちの方も少なくないのではないか。たとえば妊婦に対する放射線診療の可否について、一般大衆やマスコミが本質的に持つ「迷信」にたじろぐことなく正しい説明を自信と信念をもって行える放射線診療従事者がはたしてどれくらい存在するものか。ところが医療放射線防護の領域に関する専門家向けの良書はきわめて乏しく、多忙な日常業務の合い間をぬって適切な資料や知識を蓄えることは現場の従事者には至難のわざであった。
本書はこの問題を一挙に解決してくれる画期的な書であり、長年その刊行が待ち望まれていたものである。対象は放射線診療に従事する者すべてであり、高度にして正確な内容がきわめて平易な表現で書かれている。専門分野ごとに9名の著者が執筆を担当しているが、全体を通した共通の理念<正確な知識を平易に>が一貫して流れているために、章が変わり著者が交代しても全く違和感がないのは見事というほかない。難解な数式はどこにも登場しない。
放射線診療の場にかならず備えるべき一冊であり、かつこの一冊があればすべての場面で確実に対応できる。類書は存在せず、これだけの内容の図書をこの価格(2500円)で提供された著者ならびにインナービジョン社の英断に敬意を表したい。 |
東北大学加齢医学研究所教授 福田 寛
本書は、必ずしも放射線医学を専門としていない医療従事者を想定して、医療放射線防護に関する正確な知識を提供することを目的として出版されたものです。しかし、評者のように放射線医学を専門とする者が読んでも十分読み応えがある知識と情報が要領良くまとめられています。「休憩時間に斜め読みできる内容」と編者自身が述べているように、記述が平易でQ&A形式であるため、私は面白い読み物として一気に一日で読破してしまいました。「常識・非常識」というタイトルですが、常識と思われていて、実は非常識なのは本書でも取り上げている「10日間ルール」でしょう。ICRP勧告からは撤廃されたにもかわらず、「常識」としてしぶとく生き残っています。
編者の大野和子さんは、医師として放射線学会に寄せられる医療放射線に関する質問の回答を担当されているそうです。本書では、患者さんや一般の方からの色々な質問に対して「質問者の不安を解消するには」という観点で回答方法を示しています。質問者が何を不安に感じているのか相手の立場に立って、むしろ具体的数値は避けて、わかりやくす説明することを勧めています。「妊娠と知らずにX線検査を受けたのですが、奇形や異常の心配はないでしょうか、中絶すべきでしょうか?」という質問に医療従事者の皆様はどうお答えになりますか。
もう一人の編者である粟井一夫さんは医療診療放射線技師として、これまでこの問題に真摯に取り組まれてきた方です。「いま、医療の現場では(第二章)」ではもっぱら医療放射線の線量測定に紙幅が割かれています。現場でどのように線量測定すれば良いか具体的に示すとともに、X線装置周辺の線量分布など、患者さんの被ばく線量の把握や医療従事者の被ばく管理に不可欠な実測データが示されています。この章では、診断目的の放射線で皮膚炎や潰瘍などの障害を生じうる例としてIVRが取り上げられています。診断目的の被ばくで、確定的影響が生じた例が少なからずあることに驚かされました。
第5章では、「医療放射線安全文化の醸成に向けて」と題して、放射線を用いる医療行為の正当化と被ばく線量の最適化について扱っています。医療被ばくは、その行為が正当であれば線量限度が適用されないことになっています。しかし、その検査が本当に患者さんの利益になっているのか、検査をオーダーする側の放射線に関する知識の有無、装置の品質管理など、「正当化」にはいくつかのクリアすべき条件があることを編者は主張しています。声高に放射線検査の利益だけを主張するのではなく、このような医療放射線安全文化の醸成に向けた態度に共感を覚えました。
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