ホーム inNavi Suite 東芝メディカルシステムズ Seminar ReportTime-SLIPを用いた腹部領域の機能・動態イメージング 伊東 克能 川崎医科大学放射線医学(画像診断)教授
第39回日本磁気共鳴医学会大会ランチョンセミナー10
MRIの新たな可能性 ─日常検査のための最新アプリケーション─
第39回日本磁気共鳴医学会大会が,2011年9月29日(木)〜10月1日(土)の3日間,リーガロイヤルホテル小倉(北九州市)で開催された。最終日に行われた東芝メディカルシステムズ(株)共催のランチョンセミナーでは,自治医科大学附属さいたま医療センター放射線科教授の田中修氏が座長を務め,杏林大学医学部放射線医学教室講師の横山健一氏と,川崎医科大学放射線医学(画像診断)教授の伊東克能氏が講演した。
Time-SLIPを用いた腹部領域の機能・動態イメージング
伊東 克能(川崎医科大学放射線医学(画像診断)教授)
Time-SLIP(Time-Spatial Labeling Inversion Pulse)法は,背景信号や特定のT1値を持った組織信号を抑制することから,一般的に非造影MRAとして用いられてきたが,血管以外への応用も可能である。本講演では,機能・動態イメージングとしてのTime-SLIP法の腹部領域への応用の可能性と,その臨床的意義について述べる。なお,提示する画像は1.5T装置を使ったものであり,東芝メディカルシステムズ社製1.5T装置であれば応用可能なので,ぜひ試していただきたい。
■Time-SLIPの撮像法
Time-SLIPは,180°反転IRパルスを印加後,組織ごとに回復する速さが異なることを利用し,inversion time(TI)の設定を変更して特定の組織の信号を抑制することで,目的の画像を得る(図1)。さらに,さまざまなシーケンスと組み合わせて,任意の領域に選択的に任意の角度でかけられることも特徴で,従来は非造影MRAとして用いられてきた。Time-SLIPには,次のような手法がある。
1)Move-in法
選択的IRパルスで関心領域内の信号を消し,関心領域に流入してくる物質をin-flowとして高信号に描出する。
2)Move-out法1
最初に非選択的IRパルスを全体にかけて背景信号を抑制後,関心領域外に選択的IRパルスをかけて高信号に戻してから,関心領域内に流出していく物質をout-flowとして高信号に描出する。
3)Move-out法2
選択的IRパルスで関心領域内へ流出する信号を消し,流入してくる物質をin-flowとして低信号に描出してIRパルスを印加しない画像と差分することで,in-flowとして高信号に描出する。
Time-SLIPにはもう1つの特徴があり,TIを長くすると末梢血管まで描出できる効果がある。別々に撮った画像を連続的に重ね合わせて,造影剤を使ったような血流の流れを表現することで,血行動態を反映できる非造影MRAとして用いることもできる。
■MR胆道膵管撮像(MRCP)への応用
Time-SLIPを併用してcine dynamic MRCPを行い,膵液,胆汁の流れの描出や排出動態の評価,膵外分泌機能評価への応用の可能性を検討した。
前出のMove-in法を用いて2Dのthick-slice MRCP像(スキャンタイム1〜2秒)を撮像し,図2aの平行線内の領域にTime-SLIPパルスをかける。TIを2200msに設定すると水抑制となり,領域内の動きのない水信号が黒くなる。そこに,膵液や胆汁が流れ込んでくると,高信号の白いラインとして領域内に描出される(図2c)。撮像時間は,TIの時間を入れると,およそ1回4秒である。
●膵液の流れの検討
当施設で,正常例12例と急性膵炎3例の膵液の流れを比較検討した(図3)。この検討から,膵液の流れる方向は全例で膵尾側から膵頭側方向であり,膵液の排出は間歇的で不規則であることがわかった。この間歇的で不規則な膵液の排出は,乳頭括約筋の動きの影響によるものと推測される。また,急性膵炎では,膵液の排出回数の低下が見られ,流れる距離も短くなっており,一時的な膵外分泌機能障害による膵液の排出量や流速の低下を来しているものと考えられる。
主膵管・分枝膵管の拡張が認められる慢性膵炎症例に,Time-SLIPを併用したcine dynamic MRCPを行うと,膵液の排出がまったく見られず,膵液の産生・排出能がきわめて低下していることがわかる。これを用いることで,膵外分泌機能評価へ応用できることが考えられ,現在,PFD試験(膵外分泌機能検査)との比較検討を行っている。
図4は,p-amylaseが低下した,慢性膵炎疑診例であるが,主膵管の拡張はなく,慢性膵炎の確定診断が難しい。そこで,Time-SLIPを併用したcine dynamic MRCPを撮像すると,正常例と比べ,流れが著しく低下していることがわかり,膵外分泌機能の低下が疑われる。このことから,慢性膵炎の早期診断における補助的役割を果たせる可能性があり,現在検討を行っている。
IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)のような症例は注意が必要である。もともと粘稠な粘液が膵管中に流出しているため,膵液自体の流れが悪くなり,分泌は正常であっても膵外分泌機能の過小評価の可能性がある。
膵液の流れが描出されない原因として,(1) 膵液の産生・排出そのものが低下,(2) 膵液の産生・排出はあるが,流れが遅い,(3) 十二指腸乳頭部の硬化や浮腫,機能不全などによる排出口の障害が考えられるため,他の画像も参照しながら,総合的に原因を検討する必要がある。
●主膵管の呼吸性変化
膵臓は後腹膜の臓器だが,吸気・呼気で頭尾側方向に変位する。膵管の形態変化はほとんどないが,時に呼気時と吸気時で膵頭部の膵管の形態変化が見られる症例を経験する。
そこで,まずはTime-SLIPを使わずに,MRCP連続スキャンによる主膵管の経時的形態変化を確認したところ,主膵管の形態が乳頭部の動きと連動して変化することが認められた。しかし,この変化が膵液の排出に伴うものかは評価できないため,Time-SLIPを用いて膵液の排出前後の形態変化を観察した(図5)。すると,排出前に比べ,排出後に膵管が細くなることが観察され,これを連続してcineで観察すると,かなりの形態変化が認められた。また,ボースデルを併用した撮像では,主膵管の蠕動変化に伴い,乳頭部から膵液が排出される様子が高信号で観察できた。
●胆汁の流れの描出
胆汁は,膵液と比較して流速が遅いため,膵液の排出ほど明瞭な流れは観察されにくい。胆汁では,興味深いことに順行性,逆行性の両方の流れが観察され(図6),おそらく乳頭括約筋の弛緩時には順行性に流れ,収縮時には反動で逆流するためと考えられる。また,緩衝役としての胆嚢の存在も,理由の1つと考えられる。
●腎イメージングへの応用
正常腎は,皮髄境界が明瞭であるが,腎機能が低下すると信号差がなくなり,皮髄境界が不明瞭になる。皮質のボリューム低下が腎機能と相関があると言われており,皮質の厚みの測定は,臨床的に非常に重要である。腎機能が低下している患者に造影剤を使うことはできないが,Time-SLIPの応用により,皮髄境界の明瞭化が可能となる。
Time-SLIPを用いたSSFPと,in-phase,opposed-phase T1強調像を比較すると,明らかにTime-SLIPを用いたSSFPが明瞭に皮髄境界を描出していることがわかる(図7a)。TIの延長に伴って皮質の厚さが変化するため,どのTIを皮質の厚さとするかが問題となるが,解剖学的に見ても,皮髄境界はそれほど明瞭に規定されておらず,最も皮髄コントラストが良いところで区別するとよいと考える。
●リンパ管への応用
リンパ管は,腹腔内のリンパを集めて乳糜槽をつくる。乳糜槽内を流れるリンパ液は乳糜槽の拡張収縮により上行するため,乳糜槽径は経時的に変化することが知られている。
MRIで乳糜槽の収縮拡張に伴う径の経時的変化を見ると,2mm以上の変化が正常群では11%,肝硬変群では18%に見られた。Time-SLIPを用いてリンパ管を観察したところ,リンパ液の流れによって,乳糜槽の収縮拡張や,胸管の径が変化する様子がとらえられた(図8)。
■まとめ
Time-SLIPを用いた機能・動態イメージングにより,形態診断ではわからなかった新たな診断情報を得られるようになったが,今後,いかに臨床応用していくかが重要である。また,3T装置を使用することにより,超高分解能イメージングに機能イメージングが加わった分子イメージングへの応用も可能になると考えられ,今後の展開が期待できる。