ナノ医療イノベーションセンターと東大,がんの悪性度を検知する「ナノマシン造影剤」を開発

2016-5-17


ナノ医療イノベーションセンター 片岡一則センター長(東京大学政策ビジョン研究センター 特任教授)と米鵬主任研究員,東京工業大学西山伸宏教授,量子科学技術研究開発機構青木伊知男チームリーダーらは,がん内部の微小環境で悪性度や治療抵抗性に関する「腫瘍内低酸素領域」を高感度でMRIにより可視化できるナノマシン造影剤を開発した。がん内部の低酸素領域には薬剤が十分に届きにくく,また放射線治療の効果も低くなるなど治療への抵抗性を示し,より悪性度の高いがんに変化して転移を引き起こす原因領域とされ,注目されている。

開発したナノマシン造影剤は,がん組織の微小環境を検知して,MRIの信号強度を増幅するこれまでに無い機能を有しており,既存のMRI造影剤よりも優れた腫瘍特異的イメージングを可能にすることを研究チームは明らかにした。また,ナノマシン造影剤を利用することにより,直径わずか1.5 mmの肝臓へ転移した微小な大腸がんを高感度で検出することにも成功している。このようにナノマシン造影剤は,臨床で広く利用されている生体検査と比べて極めて低侵襲的で,体内のあらゆる臓器・組織に適用できる「イメージングによる病理診断技術」としての実用化が期待される。また,ナノマシン造影剤は,治療において,治療前の効果の予測や治療後の迅速効果判定にも応用でき,将来的には,見落としの無い確実性の高いがん診断を可能にし,先手を打った,より確実な治療が可能になるものと期待される。

MRIは,放射線を使わず,磁石により体内を画像化する体に優しい診断装置。高解像度の断層イメージングが可能で,国内で6000台程度が稼動するなど広く普及している。日本国民の死因の第一位である悪性腫瘍(がん)のMRI診断においては,高感度化,がん組織の検出力(特異性)の向上,診断情報の高度化(微小環境の変化など)が望まれており,そのための技術開発が世界中で行われている。MRI装置の開発が進められる一方で,安全で,より高機能な造影剤の開発が,近年強く求められている。

このような背景において,研究チームは,生体に対して安全で,がん組織での低pH環境に応答して溶解する「リン酸カルシウムナノ粒子」にMRI造影効果を有するマンガン造影剤を搭載したナノマシン造影剤を開発した。このナノマシン造影剤は,造影剤を内包した内核が,生体適合性に優れた高分子材料の外殻で覆われている。ナノマシン造影剤は,血流中の環境(pH 7.4)では安定ですが,腫瘍内の低pH(6.5-6.7)においてpHに応じてマンガン造影剤をリリースする。加えて,ナノ粒子から放出したマンガン造影剤が,がん組織でのタンパク質と結合することによって,信号が約7倍に増幅する性質がある。これらの結果より,ナノマシン造影剤は,腫瘍の内部のpH(6.5-6.7)の僅かな変化に応答して,MRI信号を変化させる特性を有するものと研究チームは考えた。

そこで,ナノマシン造影剤をがん細胞の皮下移植モデルマウスに投与し,MRI計測を行ったところ,投与30分で腫瘍全体が造影され,時間の経過とともに腫瘍中心部の信号強度が増大することが確認された(図1)。このMRI信号強度の変化は,臨床で広く利用されている造影剤(マグネビスト,Gd-DTPA)による信号強度変化よりもはるかに大きく,ナノマシン造影剤の固形がんのイメージングにおける有用性が示された。

図1:ナノマシン造影剤は,現在のMRI造影剤よりも高いコントラストでがんの検出を可能にする。さらにがんの内部の悪性度の高い領域で,より高い信号になり,がん内部の構造や特徴に関する情報を付加する。

図1:ナノマシン造影剤は,現在のMRI造影剤よりも高いコントラストでがんの検出を可能にする。さらにがんの内部の悪性度の高い領域で,より高い信号になり,がん内部の構造や特徴に関する情報を付加する。

 

また,腫瘍中心部で信号が顕著に増大する部分は,組織切片の免疫染色の結果から,がんの「低酸素領域(Hypoxia)」と一致し,加えて,がんの内部で乳酸が溜まる部位とも一致していたことから,ナノマシン造影剤は腫瘍内の僅かなpH変化を可視化し,結果として「低酸素領域を高感度かつ高精度でイメージングできる」ことが明らかになった(図2)。

図2:ナノマシン造影剤はMRIでがんを検出するだけでなく,その内部構造や悪性度の診断にも役立つ可能性がある。ナノマシン造影剤はがん組織の中でも,特に悪性度の高いとされる低い酸素濃度や低pHの領域で信号が上がり白くなった。この効果は安価な低磁場MRIでより強くなるため,臨床現場に存在するMRI装置が活用でき,がんの悪性度や治療抵抗性の診断に役立つと考えられる。

図2:ナノマシン造影剤はMRIでがんを検出するだけでなく,その内部構造や悪性度の診断にも役立つ可能性がある。ナノマシン造影剤はがん組織の中でも,特に悪性度の高いとされる低い酸素濃度や低pHの領域で信号が上がり白くなった。この効果は安価な低磁場MRIでより強くなるため,臨床現場に存在するMRI装置が活用でき,がんの悪性度や治療抵抗性の診断に役立つと考えられる。

 

さらに,このナノマシン造影剤をわずか1.5mmの小さな大腸がんの肝転移モデルにおいてMRIで計測したところ,既存の肝がん用MRI造影剤でもあるプリモビストよりも優れた検出力を示すことが明らかになった(図3)。

図3:ナノマシン造影剤は,正常な肝臓では信号低下を生じ,肝臓がんでは高信号が得られたため,コントラストが非常に高くなり,肝臓へ転移した1.5 mmの微小な大腸がんを検出することができた。

図3:ナノマシン造影剤は,正常な肝臓では信号低下を生じ,肝臓がんでは高信号が得られたため,コントラストが非常に高くなり,肝臓へ転移した1.5 mmの微小な大腸がんを検出することができた。

 

低酸素領域は,抗がん剤治療や放射線治療に対して抵抗性を示すことが知られており,がんの内部に低酸素領域を持つかどうかを調べることは,治療方針の決定や治療効果の検証に大変重要である。現在の医療では,がん内部に低酸素領域を持つかどうかを調べることは一般的ではなく,検査法も放射線被ばくを伴う解像度の低い方法しかなかった。本開発により,悪性度の高いがん細胞が潜む低酸素領域を,放射線被ばくなく,高い解像度で三次元的に解析する手段が得られ,今後,がんの性質を見極める高度な診断や,効果を確認しながら治療や創薬を進める新しい医療の形成が期待できる。

今回得られた結果に関して,重要なこととして,臨床で最も広く普及している,比較的安価な低磁場1テスラMRIにより得られたものであり,高価で導入台数の少ない高磁場MRIを必要としないことが挙げられる。本ナノマシン造影剤は,低磁場のMRI装置において,特に優れた信号上昇を示すことも示されている。ナノマシン造影剤は「いつでも,どこでも,だれでも」利用でき,病変部位の検出の高感度化と診断情報の高度化を可能にする革新的MRI造影剤として今後の展開が期待される。

なお,本研究は,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」の支援によって行われた。

 

●問い合わせ先
【研究内容に関する事項】
公益財団法人 川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター
センター長 片岡 一則
TEL 044-589-5812
http://iconm.kawasaki-net.ne.jp/


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