医学教育・職員研修におけるスマートフォン&タブレット導入
坂井 哲博 氏(下北医療センター むつ総合病院 副院長)

2013-12-5


坂井 哲博 氏

坂井 哲博 氏

■愛あってのi

2010年に,「iのある臨床研修の試み」1)と題して私見を発表した。教育や研修のIT化は教育の本質に何ら影響を与えるものではなく,「愛」と表現した温かい視線や,育てながら育とうとする前向きな思いこそが本質であり,それを前提としてのIT化が重要であることを強調したい。3年前にiPadを研修医に配布して臨床研修に役立てようとした目論見は失速して,あまり継続していない。(1) 研修医の数が激減した,(2) 指導医に継続した熱意がない,(3) IT化を急がなくても十分なマンツーマン研修が成り立っている,などの原因が挙げられる。
研修医教育におけるIT化の目的は,検索や閲覧の時間を短縮して,患者と向き合う時間を長くすることである。手技画像を効果的,継続的に活用して,手技の獲得,向上をできるかぎり短時間で行うことである。この意味でもIT化を失速したままにしておくつもりはない。「愛あってのi」「愛を育てるためのi」をめざして,時間をかけて前進したい。iPad導入当初のいまも変わらぬ熱い思い1)を,「生活が陶冶する」と題して以下に記す。技術的側面や管理にかかわる問題は参考文献2)〜4)を参照されたい。

■生活が陶冶する

これは,愛に基づく教育を実践して日本の教育界にも多大な影響を与えたペスタロッチ(Johann H. Pestalozzi)の言葉である。
研修医教育とは,もはや上から下へ知識や技術を教えることではない。命を育み,命を救い,命を看取る,この時間を共有することである。生命を科学として頭脳を駆使して追究し,患者を心で受け入れて,自分が生活することである。
むつ総合病院では研修医がまさに“生活”の中で,医師として驚くばかりの成長を遂げている。広大な下北半島にある唯一の基幹病院である当院には,おびただしい数の患者が集まる。救急外来を含めて24時間体制で,すべての患者を受け入れている。
周辺住民6万人の生命はむつ総合病院が守っているのだ。その思いが職員一人ひとりの行動から伝わってくる。慢性的医師不足にあえいでいると思えないのは,病院全体に「医師を育てよう」との強い思いと,それに応えようとする研修医の真摯な姿があるためだろう。「数」ではなく「質」こそが重要だ,という本来の姿に立ち返らざるを得ない環境が,強く影響している。
敷地内にある研修医宿舎,指導医と日常的に顔を合わせることができる大医局制,三食とも(デザートに至るまで)外注なく調理してくれる院内栄養部があり,さらには下北半島の新鮮な食材を豊かに料理してくれるお店が,ほとんどタクシー基本料金内にある。日本の大多数の若者にとっては,遊ぶところが少ない退屈な田舎町だが,研修医にとっては,多彩で豊富な症例を経験し,「患者のそばにいる」ことを生活しながら実践できる,願ってもない環境なのである。

■ice breaker

図1 むつ総合病院の「院内wiki」

図1 むつ総合病院の「院内wiki」

当院では,2010年4月の米国での発売に合わせて,iPadの導入を検討し始めた。大掛かりなシステムの構築は手間もかかるため,まずは研修医の教育に生かすことにした。前例もなく,研修医中心で,「まずは,わかってもらえる人から」と活動を開始した。
iPad用のサーバを設置するとともに,院内ネットワークを通じて文書などを書き換えたり,データをアップロードできる「院内wiki」(図1)を立ち上げた。そして,電子化した各種ガイドラインやマニュアルなどを蓄積し,日本でのiPad発売とともにシステムを稼働することができた(このシステムの構築には,研修医自身が大きな働きをした)。稼働後は,薬剤情報関係資料だけでなく,毎週行っている勉強会,症例検討会,抄読会の資料も共有した。

■immediate

2010年度の1年目研修医8人全員に1台ずつiPadを配布し,研修プログラム充実の一助とした。導入の目的は,「“後で調べよう”はなくそう」のひと言に集約される。単純な調べものは即座にその場で解決して(図2),患者と向き合う時間を大切にするためである。
現在は研修医の数が激減している。教育の面から見ると,研修医数の多寡は本質ではない。研修医1人あたりの患者数,指導医数は激増したのである。ITの活用は柔軟に考えなければならない。

図2 iPadを用いた研修風景

図2 iPadを用いた研修風景

 

■individual

個人の研修医手帳をiPadサーバに保存させて,いつでも閲覧できるようにした。隔週木曜日にSEA(Significant Event Analysis:有意事象分析)ミーティングを行っていたが,この際に提供する事象も,院内のPCからサーバへ,研修医が自由な時間に書き込んでいる。ミーティングの際には,各自のiPadを持参し書き込んだ事象を呼び出して,参加者全員の経験を共有できる。記録はサーバに保存,蓄積されており,将来の大きな財産になると期待される。研修医手帳にはそのほか,レポートの進捗状況や手技の経験数の記録などを書き込み,保存可能である。なお,現在,この取り組みは継続していない。少数であれば,SEAミーティングの情報の共有にITを用いるまでもない。

■index

現状では,各種マニュアル,患者搬送などの院内の取り決め,治療ガイドライン,薬剤,物品情報などの最新版が事務サイドによってサーバに更新保存される。研修医は院内のどこにいても,これらすべての書類が(しかも最新版が)瞬時に閲覧できる。これについては,研修医レベルにとどまらず,病院機能評価の対応などで事務レベルで進化している。

■imagine & incubate

気管挿管,中心静脈確保,内視鏡操作など,研修医が経験・習得しなければならない手技は多い。これまでは現場でのon the job trainingで体得することが多かった。しかし,これからは(1) 手技の流れを理解する,(2) シミュレーション機器で行ってみる,そして(3) 患者に行う,という手順を原則にしたいと考えている。
iPadコンテンツにある標準手技ビデオを院内のどこにいても瞬時に閲覧できれば,(2) の準備としても,(3) の直前の確認にも有用であり,手技の上達に際して効果が期待できる。理想的手順を想像してじっくり考え温める(imagine & incubate)には,iPadの果たす役割が大きい。
手技の習得こそは,画像を多用すべきであろう。imagine,そしてincubateしてほしいのは実は画像でも何でもない。解剖である。「手先が不器用なので外科はちょっと」と言う学生がいるが,大間違いである。器用,不器用で手技をされたのでは患者はたまらない。名医と言われる外科医はみな,正確な解剖を知識と経験で把握して,進化し続けている。解剖の理解に活用できるコンテンツをITでできるかぎり提供するのが管理者の務めだと思っている。

■idealistic & idle

ネガティブな面にも言及したい。発売と同時に取り入れ,研修医教育,それも1年目に限っての取り組みであるため,「理想主義的であり,十分に利用されていない。無駄で空回りしている」という側面である。
現在のところ使用用途を教育に限定しているのは,個人情報の漏えいなどのセキュリティの問題を完全にはクリアしていないことによる。今後,通信機能の活用や画像を含めた患者情報の利用を進め,研修医ばかりでなく,指導医,看護部,さらには地域医療スタッフへと利用を拡大すれば,活用法はおのずと湧き出てくると考えられる。まさに若い研修医がIT活用の鍵であることに間違いはない。

■ignition & imagination

そのためにも,研修医を中心とした若い頭脳が豊かな想像力を駆使して,画期的な活用法を提案することに期待している。提案の実現に向け指導医としても努力したいと思う。

■incredible impact

病院全体で研修医教育に取り組む姿勢が重要である。研修医と事務職員も参加するワーキンググループなど,事務サイドの全面的なバックアップが必要である。これが病院全体の活力の点火装置となり,IT化による先進性が研修医を引きつけることで,地方が直面する医師不足の緩和につながることを期待している。

■最後に

省力,効率,短縮,これらはIT化の目的であろう。しかし教育は対極にある。力を省かず,繰り返し,時間をかけて行うのが教育である。どれだけIT化しても,人間20年たたなければ成人しないのである。教育面のIT化の目的は,省力,効率,短縮だけではないことに注意しなければならない。

 

●参考文献
1)坂井哲博 : iのある臨床研修の試み. 週刊医学界新聞, 2903, 3, 2010.
2)鈴木英章, 坂井哲博, 福士  謙, 小川克弘 : Apple社製情報端末(iPad)を使った卒後臨床研修への取り組み. IT Medical, 3, 28〜29, 2010.
3)坂井哲博, 鈴木英章, 福士  謙 : 医療現場で進む高機能携帯情報端末の活用 ; case2 良好な医師・患者関係を養うツールとしてiPadを活用. Medical Tribune, 43・45, 46〜47, 2010.
4)鈴木英章, 坂井哲博, 福士  謙, 小川克弘 : 研修医教育におけるiPadの有用性. 新医療, 38・4, 150〜151, 2011.

 

●施設概要
〒035-8601 青森県むつ市小川町1-2-8
TEL 0175-22-2111
URL http://www.hospital-mutsu.or.jp
病床数:434床    診療科目:21科

●略歴
(さかい てつひろ)
1982年弘前大学医学部卒業。同大学麻酔科学教室を経て,89年から2年間米国テキサス大学サウスウエスタン医学センター,パークランド記念病院へ臨床留学。2007年から現職。日本麻酔科学会指導医,日本集中治療医学会集中治療専門医。


(ITvision No.28 スマートデバイス導入・活用のヒント 転載)
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