医療者や企業が信念を持って新たな技術の開発に取り組み患者のための医療の実現に向けITの力で医療を変えていく
髙尾 洋之 氏(東京慈恵会医科大学 脳神経外科学講座,先端医療情報技術研究講座 准教授)

2016-7-1


髙尾 洋之 氏

髙尾 洋之 氏

2016年度の診療報酬改定において,東京慈恵会医科大学先端医療情報技術研究講座などが開発した医療関係者間でコミュニケーションを図るアプリケーションJoinが保険収載された。これにより,普及に弾みがつくと考えられる。本講座では,ほかにもITの力で医療を変えていくための技術開発に取り組んでおり,2016年4月には,大学や企業が連携して患者のための医療の実現をめざすメディカルITメディアラボを発足させた。医療に役立つITの開発には,医療者や企業が信念を持って開発を行うことと,国に医療機器としての有用性を評価してもらうことが重要である。

保険収載により普及が期待されるJoin

私が医師になってしばらくしてから,日本でもiPhoneが発売されました。このようなデバイスで,病院以外などの場所からでもCTやMRIの画像を見られるようにしたいと考え,富士フイルムなどと共同で,i-Stroke(現・SYNAPSE ERm)という遠隔画像診断治療補助システムを開発し,2011年に発表しました。これは,脳卒中患者のCTやMRIの画像や診療情報を,離れた場所にいる医師に送信することで,診断・治療の支援を行うシステムで,時系列にコメントを表示するタイムライン機能などを備えていました。しかし,施設内に専用サーバを設置する必要があるなど,費用対効果の観点から当時はあまり普及が進みませんでした。
そこで,次のステップとして,i-Strokeの共同研究を行ったNTTドコモやアルムとともに,医療関係者間のコミュニケーションを図るJoinを開発しました。Joinは,クラウド環境でモバイルデバイスを用いCTやMRIの画像,メッセージなどを特定の医療関係者間でやりとりし,診断・治療に関する情報を共有するアプリケーションです。このソフトウエアは,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」における医療機器プログラムの認証第1号となりました。さらに,2016年度の診療報酬改定では保険収載され,脳卒中ケアユニット入院医療管理料の施設基準において,Joinを用いた診療支援体制による要件の緩和が行われました。アプリケーションなどは,CTやMRIといった医療機器と違い,セキュリティや個人情報保護などのハードルがあり,医療機関が導入しにくいという側面があります。今回の改定で医療機器としての有用性が認められ保険収載されたことによって普及に弾みがつき,医療者や患者のメリットにもつながると,私たちは評価しています。

ITの新しい技術を活用して医療を大きく変えていく

東京慈恵会医科大学の先端医療情報技術研究講座は,ITの力で医療を変えていくことをめざし,技術開発から臨床応用までの研究を行う講座として2015年4月に設置されました。従来,医療分野のIT化は,電子カルテシステムによるペーパーレス化などを主眼に置いて,開発が進められてきました。しかし,電子カルテシステムがなくても紙カルテで診療はできます。そこで,本講座では,「この技術がなければ医療ができない」「この技術によって医療が大きく変わる」といったものを開発していきたいと考えています。
私たちの主な研究内容は,Join以外に,MySOSというスマートフォン向けの救命救急補助アプリケーションを開発しています。これは,救命措置のガイドのほか,緊急時に登録者や周囲の人に救援依頼の連絡ができる機能などを搭載しています。さらに,マイカルテ機能では,検査結果など自分自身のカルテ情報を登録しておくことで,日常的な健康管理だけでなく緊急時に情報を提供することも可能です。このほか,介護向けのアプリケーションの開発も行っています。すでに,地域包括ケアシステムを支援するTeamというソリューションを提供しており,訪問看護師や介護福祉士,ヘルパーなど多職種の情報共有の促進と業務の効率化を支援しています。
また,当院では,従来のPHSに代わりiPhoneを約3200台導入し,2015年10月から医療者に携帯させました。ナースコールにも対応させ,日常業務で使用しています。さらに,院内にフリーWi-Fiを導入して,インフラを整備しました。iPhoneの導入に当たっては,携帯電話の電波が医療機器に与える影響についてNTTドコモの協力を得て検証を行い,電波状況の改善を図り安全に運用できるようにしています。このiPhone導入と院内のインフラ整備を行ったことで,今後はiPhoneのiBeacon機能を活用した院内総合案内支援サービスやオンライン会計システムなどの開発にも取り組んでいきます。
本講座では,このほかにも脳波を計測できるウエアラブルデバイスの開発やスマートフォンのセンシング技術を利用したメンタルヘルスの解析なども手がけています。Joinの開発経験を踏まえると,これらのデバイスやアプリケーションが臨床応用されるために重要なのは,医療機器としての認証を受けることだと思います。医療機器でなければ医療者は使用をためらい,導入に踏み切れません。有用であっても,医療機器として認められていないだけで,花が開かない技術も多くあります。本講座では,そうした技術を支援していきたいと考えています。

患者のための医療の実現をめざすメディカルITメディアラボ

そこで,本講座では,2016年4月に産学コンソーシアム「メディカルITメディアラボ」をスタートさせました。メディカルITメディアラボは,医療現場での効率的なIT活用に向けた技術開発について,当大学,芝浦工業大学,中央大学,東京理科大学,企業とのパートナーシップの場として展開していきます。そして,医療機関や介護施設間の情報共有・連携,モバイルデバイスやセンシング技術により収集したデータの分析に基づく国民の健康管理,医療施策の推進などに取り組み,ITを活用した患者のための医療の実現をめざします。これを私たちは「Medtech」と呼んでいます。Medtechとは,ITの最先端技術を医療に応用して医療をより良いものへと変えていくとの思いを込めた,「メディカル×テクロノジー」を表した造語です。具体的な研究としては,(1) 医療用アプリケーションの導入と連携,(2) 医療分野の業務支援・改善ツール,教育ツールの導入と検証,(3) 食事や運動習慣・環境の改善方法の開発,(4) ロボットやウエアラブルデバイスなどIoT(Internet of Things)を活用したヘルスケア用途の開発・検証を行います。
メディカルITメディアラボに参加する企業に対して私が求めているのは,医療に対しての思い入れがあり,やる気があることです。そうした企業の個々の優れた技術を組み合わせることで,新しいアイデアが生まれます。このようにして開発された技術は,海外にも広げていくことができると考えています。Joinも通信事業者とソフトウエア企業のコラボレーションにより製品化され,現在では海外にも多くのユーザーがいます。メディカルITメディアラボの成果を世界に発信していければ,市場の拡大にもつながり,産業としても成長させることになると期待しています。

医療に対する信念を持ってアプリケーションやデバイスの開発を

ITを医療に活用していくために,医療者は,何に役立てるかという明確な目的を持って開発にかかわることが重要です。また,医療機関は,固定観念を捨てて新しいものを積極的に受け入れる姿勢が大事です。コストや費用を気にすることも必要ですが,もっと医療者や患者のメリットに目を向けるべきです。一方で,具体的な開発を行う企業には,医療に対する思いを持って取り組んでほしいと思います。新しいアプリケーションやデバイスの開発に失敗はつきものですが,医療者,企業が信念を持って取り組めば,壁は突破できるはずです。そして,こうした医療者,企業の姿勢を支えるためにも,国には保険収載などの形で有用性を評価することが求められていると考えます。

(文責・編集部)

 

(たかお ひろゆき)
2001年東京慈恵会医科大学医卒業。同大学脳神経外科に入局。2008年に同大学助教となり,2012年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校神経放射線科リサーチアシスタントを経て,2014年に厚生労働省医政局経済課課長補佐,医療機器政策室長補佐,流通指導官。2015年から東京慈恵会医科大学脳神経外科,先端医療情報技術研究講座准教授。i-Stroke,Join,MySOS,Teamのほかに,脳動脈瘤計測ソフトウエアのNeurovisionなどの開発を手がける。


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