ビッグデータをグッドデータに変え病院経営と医療の質向上に役立てるためにデータサイエンスの専門性を持つ人材を育成することが求められている
松村 一 (東京医科大学 形成外科学講座 教授,総合情報部 部長,大学病院医療情報室 室長)

2014-2-10


松村  一

東京医科大学では現在,2017年の新病院竣工に向け,データを可視化し,病院の経営改善や医療の質向上に役立てられる病院情報システムの整備を進めている。その中で,データウエアハウス(DWH)を拡充し,「ビッグデータ」を「グッドデータ」に変えて職員が活用できるBI(Business Intelligence)環境を構築した。データ活用には,データサイエンスの視点が重要であるが,現状はそのための人材が不足している。これは医療分野全体に言えることであり,今後はビッグデータを有効活用するためにもデータサイエンスの人材を育成していくことが求められている。

●ビッグデータをグッドデータにするためにデータウエアハウスを拡充

東京医科大学では,2017年に都市型災害拠点病院としての機能を持つ,新病院の竣工を予定しています。現在,私たちは,この新病院で稼働する病院情報システムの構築の準備として,インフラ整備などの計画を進めている最中です。
新病院の病院情報システムのコンセプトの1つに,データを可視化して利用できるようにすることがあります。膨大で,多種多様なデータを抽出して,利用しやすいように加工しデータベースに書き出す,つまり「ビッグデータ」を「グッドデータ」にするための仕組みを構築することに取り組んでいます。
グッドデータを得るためには,データのクレンジングやマスターの整備が重要となりますが,それとともに診療にかかわるデータは個人情報が多くあるので,個人情報保護とデータの利活用のバランスをとることも大事なことです。匿名化することで個人情報を保護できても,臨床医にとっては患者氏名の有無によって理解度が変わってくることもあるので,慎重に検討しなければいけません。また,ユーザーが使いやすいということもグッドデータの要件です。自由に活用できて,さらにその情報が「今」のものであること,「生きたデータ」であることが大切です。経営改善と医療の質を上げることは新病院の大きな目標であることから,稼働する病院情報システムは,このようなグッドデータを得られるものにしたいと考えています。
新病院では,当然電子カルテシステムを導入します。しかし,電子カルテシステムやオーダリングシステムだけでは,グッドデータを得ることは困難です。レセプトや退院サマリ,物流や出退勤など,院内各所に分散している部門システムのデータを集めて,それをひも付けしていく必要があります。例えば,治療に用いた薬剤や医療材料は,電子カルテシステムやオーダリングシステムだけでは使用されるまでの流れがわかりません。そこで,新システムでは,適切に在庫を管理することも含めて,各システムのデータを集約して分析できるようにします。
それに向けて,2013年1月には,オーダリングシステムを更新し,IP無線網を整備してネットワークの統合を図るとともに,データウエアハウス(DWH)を拡充しました。これにより,オーダだけでなく,DPCやレセプト,がん登録,退院サマリといった,院内各所に散らばっていたデータを統合する環境を構築できました。
さらに,今回のシステム更新に併せて,データを有効に活用する体制を整備し,医療情報室内にデータサイエンスチームを設けました。このチームは,DWHから医師をはじめ各職種の職員が必要とする情報,経営陣が求める情報をタイミング良く提供していきます。

●グッドデータを病院経営と医療の質向上に役立てるBI(Business Intelligence)環境を構築

得られたグッドデータは,経営改善に活用していきます。大学病院である以上,健全な経営を維持していくことは重要であり,当院も新病院建設などの中期計画を進めるにあたり,収益を上げるためにデータを用いてシミュレーションを行っています。その際に,自院でどのような診療が行われており,どれくらいの診療報酬を得ているのかを把握できていることはもちろん,人件費や薬剤,材料費などの正確な原価管理ができていることが大切です。医療材料などのトレーサビリティなど精度の高いデータが必要であり,その観点からグッドデータを得られるシステムを構築していくことが重要だと考えています。
従来の経営分析では,DPCのデータが中心でした。当院も都内の大学病院間でのベンチマークを行っていますが,DPCのデータだけでは,細かな原価管理ができず経営分析に用いるデータとしては不十分です。また,コストを下げることによって,診療の質を落としてしまってはいけないので,適切なバランスを保つためにも,精度の高いデータを出す必要があります。
これは,患者さんや外部の医療者の視点から見ても重要なことで,病院を選択するときの基準となります。ただし,内部の人間から見ると,「本当にその数字は正しいのか?」と感じることも多くあります。そこで,職員が積極的にデータを扱えるような環境にしていきたいと考えています。これまでのように,例えば,医療情報室や医事課,会計課から示されたデータだけではなく,自分たちの部門でも抽出,分析して改善につなげられるグッドデータを提供できるよう,さらにDWHを整備していきたいと考えています。
グッドデータの提供は,研究・教育機関の役割を担う大学病院という観点からも重視しています。現在,医療情報室では,医師などの要望に応えて,研究用に処方などのデータを提供していますが,データの精度を高めるためにも,利用者が容易にデータを抽出,分析できる仕組みが必要です。そこで,当院では,手始めにMicrosoft SQL ServerとExcelを導入し,院内のシステムからの匿名化したデータを集積してExcelを使い分析できるようにしたBI(Business Intelligence)環境を構築しました。

●データサイエンスチームを医療情報室と切り離しデータ分析に専念できる組織へ

当院におけるビッグデータ活用は,まだ入り口に立ったところであり,現状ではまだ利用できるデータが少ないという課題があります。今後は,院内各所に散在している部門システムのデータの統合に取り組んでいきます。
一方で,データサイエンスチームが活躍できる環境をつくらなければならないと考えています。新病院において,データサイエンスチームは医療情報室と別の組織となり,データ分析を行うとともに,データの活用方法について職員教育を行うような部署となる予定です。これにより,医療情報室は,院内のシステムのメンテナンスや次期システムのプロジェクトを専門的に進めていくことができ,データサイエンスチームもデータの有効活用に専念できるようになります。

●ビッグデータを有効に活用するためにもデータサイエンスの人材育成を

ただし,現状ではビッグデータを活用するためのスペシャリストが育っておらず,マンパワー不足であることは否めません。医療分野でビッグデータを活用していくためには,データサイエンスが必要であり,その人材育成が大きなカギを握っています。求められる人材は,システムエンジニアとしての能力を持ち,統計処理にも強いことです。さらに,病院経営にかかわるデータを扱う以上,エコノミストとしての視点もなければいけません。当然,医療に関する知識も必要です。このような人材を育てることはなかなか難しいので,チームとしてデータサイエンスに取り組めればよいとも考えます。また,創薬やゲノムなどの領域においてもデータサイエンスが進んでいますので,そこで経験を積んだ方が参加するということもあり得ます。
いずれにしても,当院だけでなく,医療政策などもっと大きな視点から見ても,ビッグデータを生かすためのデータサイエンスは重要です。日本医療情報学会でも統計学を学ぶ医療情報技師が出てきていますが,今後は大学や学会,そして行政を含めて,データサイエンスを専門とする人材の育成に取り組んでいかなければならないと思います。

 

(まつむら はじめ)
1987年東京医科大学卒業。2007年に東京医科大学病院医療情報室長となり,2013年から現職。大学病院で形成外科医としての臨床とともに,医療情報,個人情報保護に携わる。現在,日本医療情報学会評議員,レギュラトリーサイエンス学会評議員を務める。


(インナービジョン2014年2月号 別冊付録 ITvision No.29より転載)
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