ICTを現場の視点で活用し医療の「壁」を打破して患者中心の医療を提供することが重要─情報共有・連携により医療機関の中にとどまらない,地域で全体最適化された医療の提供をめざす 杉本 真樹 氏

2012-9-18


杉本 真樹 氏

杉本 真樹 氏

地域医療や在宅医療の重要性が高まる中,施設間,多職種間での情報共有や連携が求められています。このような状況を受け,最近では,iPadなどのモバイルデバイスを導入し,情報共有,連携を図る事例も増えています。そこで,いち早くiPadを医療現場に持ち込み,教育やチーム医療などに役立ててきた神戸大学大学院医学研究科消化器内科学特命講師の杉本真樹氏に,チーム医療や地域医療連携のためのICT活用についてインタビューしました。

●ICTの力で「医療鎖国」を打破して「医領解放」を図る

─iPhoneやiPadを医療現場で使うきっかけについてお聞かせください。

私は,かつて都心から離れた千葉県の病院に赴任し,地域医療の現場で外科医として,日々患者さんや地域住民と向き合ってきました。そこで,医師が慢性的に不足し,疲弊し切った地域医療の現場を目の当たりにしました。
その後,大学病院に戻り,外科医として診療にあたる中で,画像解析PACSワークステーションのOsiriX を知りました。従来の3D画像を作成するためのワークステーションは非常に高額でしたが,OsiriXはオープンソースのソフトウエアであり,しかも無償で使用することができます。私は,このソフトウエアを手術のシミュレーションや,手術室での画像参照に使いたいと考えました。そこで,OsiriXで作った画像をiPodに収めて持ち歩き,手術室で参照したり,医学部生に見せたりしました。
その後,2010年にiPadが発表されると,日本での発売を待たずに導入して,医療現場で活用できないか検討しました。そして,まず医学部生の学習ツールとして利用することとしました。iPadにCTやMRIの画像を入れて,診断やディスカッションをさせることで,教科書以上に自ら考え,理解する力をつけることができます。さらに,病院実習でも,OsiriXで作成した画像をiPadで患者さんに見せて説明させています。これにより,患者さんとの距離が近くなり,患者さんや家族の方の理解度も高まります。

─そうした取り組みから「Team医療3.0」の活動も始まったのでしょうか。

地域医療に携わっていく中で,医師不足など,都市部の医療との大きな違いを感じていました。このような格差ができてしまった理由のひとつは,医療を取り巻く環境に,行政や規制,情報,医局,職種の「壁」があり,「医療鎖国」と呼ぶべき状況になっているからだと思います。そして,このような「壁」を打破するには,iPadなどの低価格で便利なデバイスを使って,「医領」を解放しなければならないと考えました。
一方で,iPhoneやiPadが日本で発売されるようになってから,それを診療所や在宅,救急などの日常診療,研修医教育の場で利用する医療者が増えてきました。そこで,このようなデバイスを使って,「医療崩壊」と言われる状況を改善し,「医領解放」をめざす仲間たちが集い,Team医療3.0 として活動を始めました。
「医療3.0」とは,新しい医療の姿を指したものです。かつて,医療は細分化,分業化され,ピラミッド型組織で行われていました。これが「医療1.0」とすれば,「医療2.0」は,臨床研修制度が変わり組織のフラット化が進み,それによって地域や診療科での偏在化が起こりました。「医療3.0」では,ICTを活用してこのような医療の仕組みを変えていきます。iPhoneやiPadなどのデバイス,インターネットを駆使し,医療者間で情報を共有し合い,患者さんを中心とした医療を行うことをめざしています。これが広がれば,医師の負担軽減や医師不足の解消,医療費の抑制にもつながります。さらには,ビジネスモデルを生み,産業として成長させていくことにもなると考えています。

●モバイルデバイスの登場でチーム医療,地域医療は変わる

─Team医療3.0の方々のICT活用事例の反響はいかがでしょうか。

大学病院の医療情報部をはじめ,医療機関の情報システム管理者にも,だんだんと認められるようになって来ました。例えば,佐賀県では救急車にiPadを搭載したことにより搬送時間を短縮できた,といった具体的な成果がたくさん出てきたことで,大学病院も含め,医療現場が大きく変わろうとしていることを実感しています。
もちろん,医療者一人ひとりの意識も変わってきていると思います。医師自身が,貴重な時間を割いてでも,デバイスを活用する仕組みをつくることで,「成果を生む」「やるだけの価値はある」ということを認識し始めています。また,在宅医療の重要性が高まり,医療・介護連携が求められている中で,在宅診療医や訪問看護ステーションなどでもICTを活用して,職種間,施設間で情報を共有・連携する仕組みも各地で生まれています。今後は,さらに健診や日常的な健康チェックなどの予防医療の場面でも,モバイルデバイスの活用が進むと思います。

─容易に導入できるという点も普及を早めているのではないでしょうか。

その通りです。従来は,システムが大がかりであったり,1つの診療科に特化していて非常に高額で,ほかの診療科がそれを使いたいと思っても,難しいというのが現実でした。iPadは民生用のデバイスであり,低価格で,容易に導入することができます。また,OsiriXも無償です。ですから,これらを使ったシステムは,従来の医療情報システムに比べ,低コストで構築できます。
さらに,そのシステムをほかの施設や地域で導入することも容易です。例えば,Team医療3.0のメンバーである高尾洋之先生が開発に加わった脳卒中の遠隔画像診断治療補助システムi-Strokeは,最近では脳卒中に限らず,ほかの疾患でも利用され,海外でも導入が検討されていて,診療科も国境も越えて広まっています。

●患者さんの関心が高まることによりICTを活用した患者中心の医療が進む

─医療のICT化は,これまで行政が主導して進めてきましたが,最近では,現場で生まれたシステムがボトムアップ式に広まっています。

まさに,ユーザーファーストであり,現場で使ってみて,とても良いから広がっているのです。さらに,医療者だけでなく,患者さんから「ほかの病院でiPadを使っているのを見ました」「私のiPadで検査画像を見られるようにしてください」と言われるようになってきました。医療現場でのiPadが利用されていることがマスメディアなどで紹介されるようになり,医療の受け手側である患者さんから,積極的に使いたいという声が出てきています。患者さんが積極的に情報を得ようとするのは,医療や健康への関心を高めることにもなるというメリットにもつながります。
今後,このような要望によって,ICTを活用した患者中心の医療が提供できるようになるはずです。ただし,患者さんと情報を共有する以上は,私たち医療者も,より正確な情報を提供しなければならず,責任も大きくなります。さらに,行政がきちんとオーソライズされた情報を提供できるようにして,国民全体でこれを共有できるようになるのが理想です。

●病院の中だけにとどまらずに全体最適化をめざす視点が必要

─今後の情報共有や連携を進めていく上で,医療者にとってどのような姿勢が必要でしょうか。

最近よく言うのは「病院の外へ」ということです。医療機関の中で,医療を行うことにとどまらず,施設内の設備や医療機器,データなどの情報を地域全体で共有して,地域の底上げをする,全体最適化を図ることが重要です。そして,このような仕組みのためのイノベーションを起こせるような環境づくりが,行政には求められていると考えています。

─先生自身は今後どのような活動をしていきたいとお考えですか。

患者さんを助けるだけが医師ではなく,医療そのものを救う医師も必要だと感じています。ですから今後も情報発信や教育などを通じて,医療者や医療機関,そして医療を支えていきたいと考えています。さらには,私のような立場の人が,地域医療の場にこそ必要です。ですから,そういう方たちが増えるように,これからも取り組んでいきたいと思います。

 

◎略歴
(すぎもと まき)
1996年帝京大学医学部卒業。米国パロアルト退役軍人局病院などを経て現職。神戸大学生命医学イノベーション 創出人材養成センターコーディネーター兼任。外科医として臨床を通じ,医療画像解析,手術ナビゲーション,次世代低侵襲手術(NOTES,SPS)機器開 発,ロボット手術,モバイル医療ICTなどの研究開発に従事。無償画像解析PACSワークステーションOsiriXをジュネーブ大学と共同開発。


(インナービジョン2012年7月号 別冊付録 ITvision No.26より転載)
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