FEATURE 治療対応MRIシステムの今 
名古屋大学病院脳神経外科 
術中MRIを導入した「Brain THEATER」の構築とその実績
小児から成人まで高精度で安全な手術を提供

2015-9-25


名古屋大学病院脳神経外科

名古屋大学病院脳神経外科は,2006年に永久磁石型0.4TオープンMRI「APERTO」を導入し,術中MRIとニューロナビゲーションシステムによる画像誘導手術を行う「Brain THEATER」を構築した。これまでに行ってきた術中MRIによる画像誘導手術は440例に上る(2015年6月現在)。近年では,覚醒下機能マッピング・モニタリングを用いた手術にも積極的に取り組むなど,より高精度で安全な腫瘍摘出をめざすBrain THEATERにおける術中MRIについて,2008年より同科を率いる若林俊彦教授と覚醒下手術を専門とする本村和也特任准教授にお話をうかがった。

若林俊彦 教授

若林俊彦 教授

本村和也 特任准教授

本村和也 特任准教授

 

 

Brain THEATERにおける画像誘導手術の現況

Brain THEATERは,手術室の最奥にAPERTOを設置し,5ガウスラインの外に天吊り式ニューロナビゲーションシステムや手術顕微鏡,MRI対応麻酔器,生体情報システムなどを配置する。手術台は中心を軸とした回転機構を備えており,手術は患者の足側にMRIがあるポジションで行う。撮像時には,手術台を手動で180°回転させ,上天板をスライドして患者の頭側からガントリに挿入する。回転式手術台は,同院が国内第1号機である。
画像誘導手術では,2013年にニューロナビゲーションシステムをアップグレードし,術前の3T MRIの画像に加え,CT画像やPET画像などあらゆるデータを活用して術前シミュレーションやナビゲーションを行っている。術中のMRI撮像回数は初期よりも減り,現在は1回ないし2回ですんでいると本村特任准教授は説明する。
「手術ではナビゲーションを活用し,ほぼ摘出できたと思った段階で残存腫瘍の有無を確認するために撮像します。追加切除が必要な場合は,切除後に再撮像を行います。撮像1回あたりの中断時間は40〜50分ほどで,これより短くすることは難しいのですが,撮像回数が減っただけ全体の手術時間が短縮する傾向にあります」
手術時間の短縮は,患者とスタッフの負担軽減につながることはもちろん,多くのスタッフがチームで取り組む脳外科手術において,院内での協力を得やすくなるなどのメリットをもたらす。

Brain THEATERのレイアウト(MRI以外の設備・機器は省略)

Brain THEATERのレイアウト(MRI以外の設備・機器は省略)

 

有効性が認められ体制が充実

Brain THEATER開設当初は,スタッフ体制の都合により週1回の枠で運用が始まったが,現在は枠が週3回に拡大し,実施件数が増加している。2014年には,101例の脳腫瘍摘出術のうち61例で術中MRIを実施した。若林教授は,同院の術中MRIをめぐる環境変化について,次のように述べる。
「導入当時は国内でまだ1,2台しか稼働していなかったため,病院内では有効性について懐疑的な目が向けられていました。しかし,実際に稼働を始めると,“術中MRIがなければできない”,または“術中MRIとナビゲーションシステムがなければ,このような手術はすべきでない”という症例を経験し,病院内で有効性についてのコンセンサスが得られるようになりました。病院も紹介患者の増加を認識していますし,術中MRIが認められつつあることを実感しています」
病院のバックアップを得られるようになったことで,術中電気生理学的モニタリングを行う臨床検査技師や,覚醒下手術で言語タスクや高次脳機能の評価を行う言語聴覚士・理学療法士といったスタッフ体制も充実した。覚醒下手術も増えており,2014年には15例を行っている。本村特任准教授は術中MRIの適応症例について,「主に浸潤性腫瘍や,視野が狭く取り残しの危険が高い深部腫瘍の症例で用いています。特に,覚醒下手術や優位半球の非常に注意を要する部位の手術では,ほとんどの症例で術中MRIを使い,ナビゲーションをアップデートしながら手術を行っています」と説明する。
統計からは,術中MRI導入の前後でグレード4(グリオーマ)初発症例の生命予後の延長が認められており,若林教授は,「摘出率の向上により生存期間の延長は確実に得られています」と述べている。

小児脳腫瘍における術中MRIの有用性

同院の脳外科手術の最近の特徴として,小児の脳腫瘍症例の増加が挙げられる。2013年には厚生労働省が指定した小児がん拠点病院にトップの評価点で選ばれており,小児脳腫瘍の紹介も増え,2014年は小児(15歳以下)の脳外科手術を18症例実施している。また,小児においても可能であれば術中MRIを行っており,2014年は3例を実施した。小児における有用性について,若林教授は次のように述べる。
「小児の脳腫瘍の75%は悪性と言われており,摘出率が生命予後に直結するため,精度の高い手術が要求されます。また,小児では後頭蓋窩や脳幹近く,あるいは深部腫瘍や脳室内腫瘍が多いため,正常構造と脳腫瘍の関係の把握や脳室開放後のブレインシフトに対応しなければならないことから,術中MRIの威力は絶大です。また,オープンMRIではガントリの幅も広いため,体位の自由度が高く,小児の手術においては大変有利となります」

術中MRIは扱いやすさが最重要

0.4TオープンMRI APERTOを10年近く脳外科手術に使用してきた経験から,脳外科手術における中低磁場装置の有用性や課題について,若林教授は次のように話す。
「扱いやすさという点では非常に優れています。高磁場装置に比べて磁性体の扱いが楽ですし,手術室が5階にある当院にとっては重量が軽いことも重要です。固定式であることで,地震対策にもなり,移動式と比べ故障のリスクが低いです。また大学病院では,当科だけが特別に大きな手術室を確保できないため,省スペースで設置性が高いAPERTOは適しています」
一方で課題として,撮像時間やシーケンス,患者のポジショニングを挙げる。脳外科手術では側臥位で行いたい症例も多いが,現在は臥位や腹臥位で術者が体勢を工夫して対応している。若林教授は,「少しでもギャップが広くなればフレキシビリティが出てくるので,画質とのバランスを取りながら開発に取り組んでほしい」と要望する。
本村特任准教授は,脳外科手術におけるMRIについて,「DWIなどを高画質に撮像できれば,早期虚血や脳梗塞などの評価も可能になりますが,われわれが術中MRIに求めている病変の評価には,APERTOで十分だと思います。手術で用いるには使い勝手の良さが一番で,患者さんを別室に移動することなく,すぐに撮像できるので症例数も増えます。更新する際にも中低磁場がいいと考えています」と話す。

手術時は患者の足側にMRIが配置されている。

手術時は患者の足側にMRIが配置されている。

手術台を180°回転して撮像する。

手術台を180°回転して撮像する。

 

スタッフ体制の構築が稼働率の向上につながる

同院では術中MRIを用いた脳腫瘍の覚醒下手術は3か月待ちの状態で,ニーズは高まる一方だ。現在はグリオーマ症例がほとんどだが,今後は機能的脳神経外科の手術が増えると若林教授は予想する。
「MRIのソフト開発が進めば,機能的脳神経外科の患者さんに対しても,術中MRIを使って高度で安全性の高い手術ができるようになります。脳腫瘍に対する術中MRIは,国内のこれまでの実績から有効性が高く評価されており,脳外科の大きな流れとなるでしょう。中低磁場装置であればコスト,設置性,運用面で導入しやすいので,術中MRIは広がっていくと思います」
また,術中MRIガイドラインの整備や,覚醒下手術の施設認定の申請受付開始といった動きもある。本村特任准教授は,「社会的にも責任持って取り組んでいこうという動きが,ここ1年ほどで急速に進んでおり市民権を得てきていることを実感します。当院でも覚醒下手術の体制が充実し枠も増えてきたので,適応範囲を拡大していきたい」と話す。
術中MRIを円滑に運用するためのポイントとして若林教授は,「稼働率を上げるためには,ハードだけでなくスタッフの確保や教育などソフト面が重要になります。そのためにも術中MRIの有効性を院内に働きかけ,他科との協力体制を構築していくことが必要です」と強調する。同院では手術室などを集約した機能強化棟新設の計画が進んでおり,術中MRIの増設も検討されている。適応拡大をめざす同院で,術中MRIの可能性が広がっていくことだろう。

(2015年6月26日取材)


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