技術解説(キヤノンメディカルシステムズ)

2017年9月号

Step up MRI 2017 MRI技術開発の最前線

「Vitrea」に搭載された新しい定量解析「ベイズ推定法」

甲斐 征八(MRI営業部MRI臨床戦略担当)

近年,画像診断領域における定量化の重要性が高まっている。当社の医用画像処理ワークステーション「Vitrea」では,Olea Medical社(以下,Olea社)のMR画像解析アプリケーションが使用可能である。Olea社の特長の一つは,各種の解析アルゴリズムにベイズ推定法を実装している点にあり,安定した高精度な解析結果の取得が可能となっている。本稿では,ベイズ推定法の概要およびベイズ推定法を用いたOlea社の各種定量化アプリケーションについて紹介する。

■ベイズ推定法の概要

ベイズ推定法は18世紀に考案され,現代においてWeb検索アルゴリズムやスパムメールの自動フィルタ,セキュリティカメラ,人工知能など,さまざまな分野で用いられており,近年,医用画像処理の分野においても注目され始めてきた。ベイズ推定法の特徴は,ノイズの影響を受けにくく,少ないデータ数でも安定した結果を取得できる点にある。通常,統計学では,真値は一つであるという前提の下,データ数が多いほど真値に近い値が得られると考える。一方,ベイズ推定法では,真値を確率分布としてとらえ,事前に与えられた確率を新しいデータで更新していくことで推定を行う。
例えばモデルフィッティング解析の場合,二乗誤差や絶対誤差を評価関数として用いる従来手法では,取得データとモデル関数の距離を「定数」としてとらえ,これが最小となるように演算する。よって,データ数が少なく,ノイズが大きい場合,真値から大きく離れてしまう。ベイズ推定法では,モデル関数のパラメータを「確率」で表現する。従来手法では,ノイズも含めた信号値をすべて等価に扱うのに対し,ベイズ推定法では,突出した値の変動は確率的に低い事象とみなし,フィッティングの結果に影響を及ぼしにくくなる。反面,ベイズ推定法は,観測事象や推定する真値に関する事前情報を利用するため,これらが実際と異なる場合には誤差を生じる可能性があり,また,計算が収束しない場合もある。Olea社では,解析時にこのような影響が生じないように評価を行い,事前情報の与え方を決め,計算アルゴリズムを最適化している。さまざまな分野で応用されているベイズ推定法であるが,Olea社のMR画像解析アプリケーションにおいてもdynamic susceptibility contrast(以下,DSC)perfusion解析のdeconvolution法や,後述する“Olea Nova Move”における時系列データの信号補間推定,緩和時間解析やintravoxel incoherent motion(以下,IVIM)解析,“Olea Nova+”のモデルフィッティング解析など多くの解析に用いられている。

■DSC perfusion解析におけるベイズ推定法

DSC perfusion解析におけるパラメータの算出では,singular value decomposition(以下,SVD)法が広く用いられている。一方で,SVD法を用いた際には,ノイズの影響により血流の過小評価が生じる場合があることも知られており1),Olea社では,新たなdeconvolution法としてベイズ推定法を用いたアルゴリズムを製品に実装している。
ベイズ推定法の精度に関して多くの報告があり,Boutelierらのデジタルファントムを用いたシミュレーションスタディにおける報告では,ベイズ推定法は,oscillating SVD(以下,oSVD)法と比較して真値と推定値の線形性が高いことが示されている2)。また,図1に示す左中大脳動脈閉塞におけるCT perfusionのmean transit time(以下,MTT)マップを見ると,ベイズ推定法を用いて算出したMTT(左側)では血流遅延を反映した高値が示されているのに対し,oSVD法のMTT(右側)では正しい評価が得られていないことがわかる3)。さらに,MR perfusionに関するNaelらの造影剤量の変動に伴う解析精度評価によると,SVD法では造影剤量の変動に伴いマップに差異が生じるのに対し,ベイズ推定法では造影剤量が半量の場合でも全量の場合とほぼ同様のマップを算出できることが示されている4)図2)。このように,ファントムスタディおよび臨床スタディにおいて,ベイズ推定法の検証が行われており,ベイズ推定法は,SNRが低い原画像においても真値との誤差が小さく,より正確な解析結果を提供できることが示されている。
Vitreaに搭載されたOlea社のDSC perfusion解析では,各種SVD法およびベイズ推定法のいずれも選択可能で,ルーチン使用時のデフォルト設定も可能である。解析はワンクリックの全自動処理となっており,煩雑な操作を必要とせずに結果の閲覧,定量値を用いた診断が可能である。さらに,leakage correction(造影剤の漏出に伴う信号変動の補正)機能5)も搭載され,腫瘍のperfusion解析においても精度の高い解析を自動で行うことが可能である。

図1 左中大脳動脈閉塞による急性期脳梗塞CT perfusionのMTT map (参考文献3)より引用転載)

図1 左中大脳動脈閉塞による急性期脳梗塞CT perfusionのMTT map
(参考文献3)より引用転載)

 

図2 造影剤量が半量(half dose:HD),全量(full dose:FD)のperfusion mapにおけるベイズ推定法とSVD法の比較 (参考文献3)より引用転載)

図2 造影剤量が半量(half dose:HD),全量(full dose:FD)のperfusion mapにおけるベイズ推定法とSVD法の比較
(参考文献3)より引用転載)

 

■Olea Nova Moveによる時間軸方向の血流情報ダイナミック表示

Olea Nova Moveは,DSC perfusion解析の算出マップの中から,time to peak(以下,TTP)など,時間に関連したマップの動画表示を行う機能である。例えば,虚血症例にてTTP高値の血流遅延が大きい領域内で,カラーバーの設定次第では一見すると同一の信号を持つように思える場合においても,動画表示を切り替えることで実信号差を視認することができる。Olea Nova Moveは,ベイズ推定法を用いることで取得データ間の時間変動をスムーズな変化としてとらえることが可能であり,通常のカラーマップでは表せない細かな血流動態を動画として観察することが可能となる(下記のQRコード参照)。

QR

 

■ベイズ推定法を用いたモデルフィッティング解析

ベイズ推定法は各種のモデルフィッティング解析に適用されており,安定した定量値の出力を可能としている。
“Relaxometry”は,T2(R2)値やT1(R1)値などの緩和時間マップの解析ツールであり,定量値を用いた診断をサポートする。例えば,変形性膝関節症では,T2マップを用いることによる診断能の向上が報告されている6)。マップ算出には通常,線形近似や最小二乗法が用いられているが,ノイズレベルに依存した値の変動や初期値依存などの問題がある。図3に示すとおり,同一データを用いた解析において,ベイズ推定法(図3 a)は,線形近似法(図3 b)と比較して良好なT2値の分布が得られていることがわかる。
IVIM解析は,複数のb値による拡散強調画像(以下,DWI)の信号変動解析であり,こちらも通常,各信号値を等価に扱う最小二乗法などによるモデルフィッティング解析が行われる。DWIは,原理的にb値を高く設定するにしたがってSNRが低下し,ノイズの影響が大きくなる。特に,高いb値の画像を含む場合は,フィッティングアルゴリズムの精度がD,D,Fといった定量値の精度と直結する。IVIM解析においても,ベイズ推定法を用いることで,ノイズレベルに対して変動の少ないロバストな解析を提供する。
Olea Nova+は,MP2RAGEとFSEマルチエコーの画像データを基に,緩和時間解析によってT1値,T2値を求め,撮像時とは異なる撮像条件(TR,TE,TI,PSIR,DIR)の画像を作成する。そのため,複数コントラストの作成を行うほかに,定量値としてT1値やT2値を用いることができる側面もある。特に,この定量値を用いる上で,上述のRelaxometryやIVIMと同様,ベイズ推定法が用いられている利点は大きい。
いずれの解析においても,解析手順は対象スタディを選択しアプリケーションを起動するだけの自動解析であり,ユーザーフレンドリーなアプリケーションとなっている。

図3 ベイズ推定法(a)および線形近似法(b)による膝軟骨T2マップ (参考文献3)より引用転載)

図3 ベイズ推定法(a)および線形近似法(b)による膝軟骨T2マップ
(参考文献3)より引用転載)

 

本稿では,Vitreaに搭載されたOlea社のベイズ推定法を用いた解析アプリケーションを中心に紹介した。定量化の流れの中で画像解析が果たす役割は大きく,定量値に基づく診断を行う上で,ベイズ推定法を用いた推定精度向上が多くの方のためになれば幸いである。今後も当社とOlea社のコラボレーションによって提供される定量化アプリケーションに期待いただきたい。

●参考文献
1)Kudo, K., et al. : Differences in CT perfusion maps generated by different commercial software ; Quantitative analysis by using identical source data of acute stroke patients. Radiology, 254・1, 200〜209, 2010.
2)Boutelier, T., et al. : Bayesian Hemodynamic Parameter Estimation by Bolus Tracking Perfusion Weighted Imaging. IEEE Trans. Med. Imaging, 31・7, 1381〜1395, 2012.
3)The Bayesian Saga. Olea Imagein, 1, La Ciotat, Olea Medical, 2016.
4)Nael, K., et al. : Bayesian estimation of cerebral perfusion using reduced-contrast-dose dynamic susceptibility contrast perfusion at 3T. Am. J. Neuroradiol., 36, 710〜718, 2015.
5)Boxeman, J.L., et al. : Relative cerebral blood volume maps corrected for contrast agent extravasation significantly correlate with glioma tumor grade, whereas uncorrected maps do not. Am. J. Neuroradiol., 27, 859〜867, 2006.
6)Kijowski, R., et al. : Evaluation of the articular cartilage of the knee joint : value of adding a T2 mapping sequence to a routine MR imaging protocol. Radiology, 267・2, 503〜513, 2013.

 

●問い合わせ先
キヤノンメディカルシステムズ(株)
広報室
TEL 0287-26-5100
https://jp.medical.canon/

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