ベイジアンアルゴリズムによる頭部血流灌流の評価 
大村 知己(秋田県立脳血管研究センター放射線科診療部)
Session 1

*最後に講演動画を掲載

2018-12-20


大村 知己(秋田県立脳血管研究センター放射線科診療部)

当センターでは,320列ADCT「Aquilion ONE」(2008年導入)を脳卒中にかかわる病態評価や治療適応,手術支援に活用している。ダイナミックスキャンを行う頭部CT灌流画像(CT perfusion)は,“AIDR 3D”を画像再構成に用いることで被ばく低減に努めており,現状では120〜130mGy程度のCTDIvolでCT perfusion検査が可能になっている。また,当センターでは脳の酸素代謝PETも施行できることから,CT perfusionと併用した検証にも取り組んでいる。
本講演では,CT perfusionの画像解析手法を概説し,その問題点を解決する医用画像処理ワークステーション「Vitrea」を用いたベイジアンアルゴリズムについて述べる。

■CT perfusion画像解析の仕組み

CT perfusionの画像解析の手法は,正常動脈のtime enhancement curve(TEC)を入力ととらえ,伝達関数を用いてコンボリューション(畳み込み)解析することで,脳組織のTECが出力されるという概念に基づく。実際には,CTから得られるデータは正常動脈のTECと脳組織のTECであり,これらをデコンボリューション(逆畳み込み)解析1)することで,ソフトウエア上において伝達関数が求められる(図1)。この伝達関数により,脳血流量(cerebral blood flow:CBF)や脳血液量(cerebral blood volume:CBV),造影剤の通過時間を表す平均通過時間(mean transit time:MTT)といった灌流パラメータを算出することができる。脳虚血により脳組織TECに遅延が生じると,カーブの形状が変化し(図1 b),この変化が伝達関数(図1 c)に表れて灌流パラメータに反映される。

図1 CT perfusionのデコンボリューション(逆畳み込み)解析1)

図1 CT perfusionのデコンボリューション(逆畳み込み)解析1)

 

■CT perfusion画像解析の問題点

CT perfusionの画像解析に影響を与える因子として,代表的なものが2つ挙げられる。まず1つ目が,造影剤到達遅延(tracer delay)である(図2)。図2のように右内頸動脈が閉塞している場合,左側に対して右側へのtracer delayが生じる。tracer delayの後に,脳内に造影剤が流入して通過していく時間を造影剤通過時間とする。MTTは,tracer delayを考慮して,造影剤通過時間のみを用いて解析する手法が推奨されている。一方,tracer delayを考慮しない場合,虚血を過大評価すると報告されている2)
2つ目の因子が,主に慢性期虚血における脳の灌流圧と代償作用である。虚血が進行して灌流圧が低下すると,代償作用として脳循環予備能が働き,脳血管が拡張する。CT perfusionで用いるトレーサーは,血管内だけを通過する造影剤(非拡散トレーサー)であるため,虚血側の脳血管が拡張することでCBVが健側よりも虚血側で亢進する現象が見られる。
これらが要因となりMTTやCBVにバイアスがかかると,CBV/MTTで求められるCBFも変化するため,解析手法によってCBF画像がまったく異なってしまう。その結果,脳血液関門を通過する拡散トレーサーを用いる酸素代謝PETのCBF画像と乖離することが問題であった。
当センターで,中大脳動脈域のCBFについて患側健側比をCT perfusionとPETで比較検討したところ,tracer delayを考慮している解析手法(b SVD)では虚血を過小評価する傾向があり,tracer delayを考慮しない解析手法(s SVD)では,良好な相関関係を得られるものの虚血を過大評価する傾向が認められた。また,CT perfusionとSPECTを比較した検討でも,同様の結果が得られた。
このように,TECから伝達関数を計算で求める従来の解析手法は,伝達関数のモデルが解析装置ごとに定められていると推察される。さらに,画像ノイズなどがTECの不確かさを助長するといった問題点があり,安定した結果を得ることが難しかった。

図2 CT perfusionの画像解析方法におけるtracer delayの影響2)

図2 CT perfusionの画像解析方法におけるtracer delayの影響2)

 

■ベイジアンアルゴリズムの有用性

1.ベイジアンアルゴリズムの概要
CT perfusionの従来の解析手法の問題点を解決するのが,さまざまな領域で応用されているベイズ推定をperfusion解析に組み込んだベイジアンアルゴリズムである3)。ベイジアンアルゴリズムは,観測事象(TEC)から起因となる原因事象(伝達関数)を確率的に推論する方法であり,伝達関数の推論は生体モデルに近づくための規定事項に則って行われる。つまり,CT perfusionで得られるデータには,画像ノイズなどさまざまな問題点があるため,理想的な形に近づくように規定条件をあらかじめ設定しておく手法である。デジタルファントムによる検討では,良好な結果が報告されている4),5)

2.Vitreaを用いた基礎検討
Vitreaでは,ベイジアンアルゴリズムを用いたCT perfusion解析が可能である。解析結果から数値情報を抽出するためのROI解析も,客観的な数値を得られる設定が可能で,非常に使い勝手が良い。
当センターにて,慢性期虚血17症例を対象に, CT perfusionの3つの解析手法〔Vitreaに実装されているtracer delayを考慮した解析手法(SVD+),tracer delayを考慮しない解析手法(s SVD),ベイジアンアルゴリズム〕とPET間でCBFの患側健側比を比較した(図3)。グラフの縦軸は,PETとCT perfusionの患側健側比の差を表しており,0に近づくほど差が少ないことを表す。横軸は,PETとCT perfusionの患側健側比の平均値である。
tracer delayを考慮したSVD+(図3 a)は,PETと比べ虚血を過小評価するため差(縦軸)はマイナスに分布し,バラツキも大きくなる。tracer delayを考慮しないs SVD(図3 b)は,PETとの差(横軸)は小さいがバラツキは大きくなる。これらに対してベイジアンアルゴリズム(図3 c)は,差もバラツキも小さく,PETと同じような患側健側比を得られており,安定した結果を得られることがわかる。

図3 3解析手法とPETのCBF比較検討結果

図3 3解析手法とPETのCBF比較検討結果

 

3.症例提示
左内頸動脈閉塞症例について,3つの解析手法とPETで得られたCBF画像を示す(図4)。PET(図4 b)では左側の血流が低下して左右差が認められるのに対し,ベイジアンアルゴリズム(図4 a)では同じような左右差が認められるが,SVD+(図4 c),s SVD(図4 d)では左右差があまり認められないことがわかる。

図4 左内頸動脈閉塞症例のCT perfusion解析結果

図4 左内頸動脈閉塞症例のCT perfusion解析結果

 

4.展望と期待
従来,CT perfusionは解析手法により結果の画像が異なる問題があったため,定性的な評価が主流であったが,普遍的で安定した解析結果が得られるベイジアンアルゴリズムにより,真の意味で標準化できる可能性がある。普遍性のある数値情報は核医学検査のような定量的評価を可能とし,さらには定量的評価を用いた治療適応判断,予後予測も可能になると考える。

■ベイジアンアルゴリズムを用いたCT perfusionの臨床応用

ベイジアンアルゴリズムによるCT perfusionは,慢性期脳虚血における血行再建術の適応の検討にも有用である(図5)。ベイジアンアルゴリズムのパラメータにより定量的評価が可能になるため,核医学検査ができない施設においても客観的に適応の有無を判断できると考える。また,Aquilion ONEによりダイナミック性のある広範囲の血管形態評価が可能なことで,灌流評価と併せて,血行再建術の手術支援においても非常に有用な情報を提供できる。
また, 急性期脳梗塞のCT perfusionでは再開通による出血リスクを検討できるため,病態評価と予後予測にも有用である。CBVが低下している領域は脳梗塞巣であるが,一方でCBV低下領域の外側に広がる血流が低下した領域は,再開通によって梗塞に陥ることが防げる可逆性の領域と考えることができる。急性期脳梗塞に対するCT perfusionの検出能については,感度70%以上,特異度90%以上との報告6)もされており,病態評価や予後予測における有用性が期待できる。

図5 ベイジアンアルゴリズムによるCT perfusionの臨床応用:慢性期虚血

図5 ベイジアンアルゴリズムによるCT perfusionの臨床応用:慢性期虚血

 

■まとめ

当センターでの検討では,ベイジアンアルゴリズムによるCT perfusionを酸素代謝PETと比較したところ,CBF患側健側比において従来の解析手法よりも安定した結果を得ることができた。ADCTの4D技術をベースにベイジアンアルゴリズムを活用することで,脳虚血疾患の多様なニーズに対応できる可能性が示唆された。

●参考文献
1)Nabavi, D.G., et al., Radiology, 213・1, 141〜149, 1999.
2)Wu, O., et al., Magn. Reson. Med., 50・1, 164〜174, 2003.
3)Mouridsen, K., et al., Neuroimage, 33・2, 570〜579, 2006.
4)Boutelier, T., et al., IEEE Trans. Med. Imaging, 31・7. 1381〜1395, 2012.
5)Sasaki, M., et al., Neuroradiology, 55・10, 1197〜1203, 2013.
6)Shen, J., et al., PLoS One, 12・5, e0176622, 2017.

 

 

 

●そのほかのセミナーレポートはこちら(インナビ・アーカイブへ)


【関連コンテンツ】
TOP