筑波大学の巨瀬勝美教授(数理物質科学研究科電子物理学専攻)と住田孝之教授(人間科学総合研究科/附属病院膠原病リウマチアレルギー内科診療グループ長)のグループが開発を進めてきたコンパクトMRIが,2008年(平成20年)11月6日付で薬事認証を取得しました。永久磁石型頭部・四肢用MR装置「コンパクトTスキャン」という製品です。
医療機器の薬事取得は従来,非常に困難かつ時間がかかるとされてきましたが,巨瀬研究室の技術を基に起ち上げた筑波大学発ベンチャー企業である(株)エム・アール・テクノロジーを中心に,日立金属(株)佐賀製作所,(株)吉田製作所の協力を得て,薬事認証を取得することに成功しました。大学発のMRIが薬事認証を受けたことは画期的な出来事と言えます。
「コンパクトTスキャン」開発のきっかけや,認可に至るまでの道のりについて,また,どんな臨床的有用性が望めるのかなどについて,巨瀬教授と,コア技術を開発した半田晋也特別研究員にお話しをうかがいました。
●そもそもコンパクトMRIを開発することになったきっかけは何ですか?
巨瀬:話は,半田君が生まれる前に遡ります(笑)。私は博士課程修了後,1981年に東芝に入社し,MRI開発プロジェクトチームの一員として働いていました。当時,東大病院放射線科医局長だった荒木力先生(現・山梨大学放射線科教授)と一緒に,東芝病院で日本初のMRI試作機の臨床応用研究(治験)を行いました。翌83年には東芝の国産MRI第1号機が認可され,慈恵医大病院に納入されましたが,これが世界初の商用機でもあったわけです。
その後,86年に筑波大学物理工学系に移り,手作りでMRIを作り始めました。MRI装置は非常に高額のため,研究用に大学で購入することは難しかったので,研究者でも使えるような小型の装置が望まれていたからです。97年頃からパソコンなどの素材やソフトが安く入手できるようになってきたので,市販のボードでMRIが簡単につくれるようになってきました。
ところが,問題は磁石(マグネット)です。これは簡単にはつくれないし,入手もできませんでした。そこでひらめいたのが,病院の臨床用超電導MRI装置の静磁場を検査時間外に利用することでした。それで,独立したコンソール(計測電気系)を持つMRマイクロスコープ「MRMICS」を97年に開発しました。
アドオン型といって,臨床用MRI装置に測定装置・コンソールをつけて,グラディエントコイルやプローブの検出部分だけを磁場の中に置き,そこに試験管に入ったサンプルを入れて夜間に動かせば,非常に精度の高いMRマイクロスコープの画像が撮れます。
98年のISMRMで発表しましたが,大いに手応えがありました。そこで,研究者向けに販売するために,当時流行していた大学発ベンチャーとして(株)エム・アール・テクノロジー(拝師智之代表取締役)が99年に設立されました。今年,つくば国際会議場で10周年の記念シンポジウムを予定しています。
この(株)エム・アール・テクノロジーの10年間の成果が,今度の臨床用コンパクトMRIの開発,認可と言えます。
●MRマイクロスコピーから,どのような経緯で臨床用コンパクトMRIを開発することになったのでしょうか。
巨瀬:アドオン型は最初は順調だったのですが,そのうち放射線科医が機器の進歩でものすごく忙しくなってきて,時間的な制約などで臨床用装置を使いにくい状況になってきました。トータルなシステムの開発が必要になった時に,旧住友特殊金属(現在の日立金属の一部門)の永久磁石(NEOMAX)と出会います。日立金属は,永久磁石(NEOMAX)で臨床用オープンMRIのマグネットを生産している会社です。永久磁石を用いたMRIを開発することで,一体型システムの小型化に成功しました。
ユーザーのニーズにあわせて,いろいろなタイプの研究者向けコンパクトMRIを作製し,現在までにエム・アール・テクノロジーから50台くらい販売しています。用途は,燃料電池や地盤の検査,食品の害虫検査,樹木の成長や松枯れ病の検査など,また,NMR計測ではトンネルの崩落,ビルのコンクリートの水含有率とか,MRIで計測できるものはなんでも見ます。さまざまなニーズに対応したコンパクトMRIを研究現場に提供し,日本のサイエンスに大きく貢献してきたと自負しています。
その後,1.5テスラの永久磁石を使った創薬研究のためのマウスラット用MRIを開発。大日本住友製薬を通じて販売しました(最新機種の販売元はDSファーマバイオメディカル(ラボプロ))。
しかし,研究用MRIで満足したわけではありません。やはり,臨床用MRIの開発は究極の目標でした。当初,検査対象の候補は2つありました。骨密度計測とリウマチ診断です。いろいろな面から検討して,リウマチ診断用のMRIを開発することに決めたのが,2003年でした。MRIは主に放射線科など限られた診療科で使用されていますが,まだまだ応用範囲が広がる可能性を持っています。超音波装置のように診察室に容易に設置できれば,いままでにない用途や有用性が期待できるのではないかと思いました。
開発で一番難しかったのが,勾配磁場コイル(グラディエントコイル)をつくることでした。リウマチは手首まで含めた手全体を撮らなければ診断には役立たないため,直径20センチ以上,厚さ8センチのパンケーキ状の領域に均一な勾配磁場を発生する勾配磁場コイルが必要です。当時,巨瀬研究室に入ってきた半田君(現在,日本学術振興会特別研究員PD)を中心に開発が進められ,2005年,日本人向けに上記のような勾配磁場コイルと奥行き22センチくらいの平べったいRFコイルを搭載した永久磁石式関節リウマチ診断用コンパクトMRIのプロトタイプをつくることに成功しました。
開発にあたっては,筑波大学附属病院膠原病リウマチアレルギー内科の住田孝之教授が共同研究を引き受けてくださいました。ちょうど,リウマチの早期診断や薬剤効果判定用に手軽に撮れるコンパクトなMRIが求められていたので,タイミングが良かったんですね。2005年のプロトタイプに始まり,臨床試験を積み重ねてきました。早期診断(CCP抗体検査との組み合わせが効果的)での有用性や,抗リウマチ薬の効果判定への応用が有望なことが明らかになっています(症例参照)。
コイルと並ぶもう1つのブレイクスルーが,シールドルームが不要なことです。やはり半田君を中心に技術開発しました。1号機では,既製品の鳥カゴみたいなシールドルームを使いましたが,評判はよくなかったしお金もかかりました。いまは,完全オープンスペースで,かつ画像が劣化しません。設置場所を選ばない手軽さがメリットです。この技術(ローカルシールド)は,2008年末に基本特許をとっています。
臨床試験を経て最終的に,磁場強度0.3テスラ,ギャップ13センチ,患者さんが椅子にすわって手を横置きにするタイプの「コンパクトTスキャン」を完成させました。
●2008年11月,「コンパクトTスキャン」が医療機器として厚生労働省から薬事認可を取得しました。大学が開発したMRIが画期的なことだと思います。薬事はどんなことが大変でしたか?
巨瀬:薬事は本当に,ものすごく高いハードルで大変でした。3テスラ装置などは申請してから数年かかったようですね。申請書類が10センチくらいになりました。われわれだけではノウハウもなく無理なので,歯科用X線装置などを手掛けている吉田製作所に協力してもらいました。2007年秋頃から薬事申請作業を開始。電波環境をテストするために装置をまるごと神奈川県の電波暗室に運んでいったり,湿度95%,温度40度で48時間以上放置して漏れ電流の試験を行ったり,一般的にはありえない話がいっぱいあります。このような厳しいテストを経て,2008年5月に薬事申請して,11月6日に認可されました。これでやっと,スタートラインに立ったところです。
●「コンパクトTスキャン」はこれから,どのようなルートで販売していく予定ですか。
巨瀬:「コンパクトTスキャン」の製造は日立金属,販売は吉田製作所になります。日立金属はそのために,佐賀県から医療機器製造工場の認可を取りました。市場性は十分あると思いますが,価格設定の問題や,医学系の販路・方法などに課題は残っています。吉田製作所は全国的な販売網を使うことを検討しているようです。
クリニックなどの個人病院市場もターゲットにしていますので,価格設定は微妙な問題ですが,販売予測が国内で100〜200台,価格は都心のワンルームマンション程度になる見込みです。これはクリアプライス,実売価格ですが,別にメンテナンス料金を設定するかもしれません。医療機関の診療報酬としては,1.5テスラ以下のMRIの保険点数が適用されるはずです。
2008年4月の日本リウマチ学会(札幌)で実機デモを行いましたが,大きな反響があり,引き合いもかなりありました。2009年内には量産第1号機が稼働するようになると予測しています。生理学的検査や触診,問診中心で,MRIの最後のフロンティアと言われるリウマチ内科ですが,市場性はあると確信していますので,われわれは正攻法で販売していくつもりです。
●「コンパクトTスキャン」の操作方法や撮像法,解像度など,技術的特徴について教えてください。
半田:
* 撮像法
基本的にはどんなシーケンスでも検査できますが,2DマルチスライスT1WI, STIR, 3D STIR, グラディエントエコーによる3D T1WIが中心です。それをもとに,撮像時間や分解能の違いで複数のシーケンスを組み合わせた「速い」「中くらい」「遅い」の3つのセットが決まっていて,選んでもらうようにしています。より詳しく見たいときは「遅く」,速く両手を撮りたいときは「速く」を選んでもらうようにしていますので,技術的なことがわからなくても簡単に撮れるようになっています。位置あわせも含めて,一番速いセットで片手が約12分,一番遅くて約20分です。12分で,20センチFOVのT1WIとSTIRの画像が取得できます。速くと遅くの違いは,なるべく±10分くらいになるように設定しています。
侵襲性は一切なくして,造影剤を使用しない撮像法を中心にしています。リウマチのMRI診断は造影剤を前提にして築かれてきた経緯があり,その方が簡単に検査できる場合もありますが,そこから脱却しないと普及しないと思います。また,リウマチ患者さんは,免疫系が弱かったり,腎機能が低下していたり,造影剤の禁忌事項がある人が多いですから。
* 操作法
内科医でも簡単に操作できるように,前出の3つのセットから選ぶだけでほとんど自動で撮像できます。なるべくテクニックがいらないように専用ホルダーなどを設置しているので,位置合わせに慣れてしまえば大丈夫です。最初お手本を見せて指導すれば誰でも理解できます。パソコンより簡単かもしれません(笑)。読影については診察室に設置できるメリットを生かすためにも,リウマチ内科医自身が読めるようになるのが理想だと思います。
*解像度
1画素の解像度は0.4ミリ,スライス厚1.6ミリです。通常,臨床ではスライス厚4,5ミリですが,いくつかのシーケンスを組み合わせて時間をかけて分解能を上げて撮っています。3D STIRで1.6ミリ厚というのは稀だと思います。
滑膜や滑液が骨の間に入っている様子が見えますし,腱が走行して炎症をおこしていたらその周囲が高信号に描出されます。骨の位置はもちろん,軟骨も見えていますし,小さい靭帯以外はほぼ描出されています。現在,1.5テスラの臨床用MRIとの比較研究を行っているところです。
* シールド技術
特許をとったシールド技術は「ローカルシールド」と呼んでいますが,シールドルームの機能を手の部分に持たせたものです。肘を置くところに導電板(アルミ)を敷き,絶縁シートを通して接触するようにしてノイズを軽減させました。経験上わかっていたので実験したら,シールドルームと同じ効果があることが証明されました。同相の外来ノイズが混入しないように,RFコイルをレシーバーに接続する回路も工夫しています。
さらに,RFコイルを導電板で覆われた箱の中に入れて,箱全体がシールドボックスになっています。それらの仕組み全体が,特許をとっています。
●「コンパクトTスキャン」はまだスタートラインに立ったばかりですが,次なる目標,夢をお聞かせください。
巨瀬:やはり骨密度の定量測定,特に子供の踵の骨密度を検査したいですね。子供の成長段階のある時点で骨の状態を調べて発達状態を把握し,それからの栄養などの方針を決めることを,将来的には国レベルでやらなければいけないときがきっとくると思います。子供はおとなしく寝ていないですから,座ったままでお母さんが側に付き添えるオープンタイプでなければ無理です。子供の骨密度を測れる装置を開発していきたいと思っています。
半田:子供は興味深いですね。健常者の子供の脳の発達過程などを何百人単位で調べる研究をやりたいです。侵襲のないオープンMRIだからこそ可能な検査だと思います。
「コンパクトTスキャン」と巨瀬研究室の皆さん
(画像提供:筑波大学附属病院膠原病リウマチアレルギー内科・住田孝之教授)
関節症状を訴え医療機関を受診したが、抗CCP抗体も含めて血清学的所見に異常がないため、経過観察されている症例は多く存在する。この症例は,3年前に右第2MCP関節の疼痛を自覚し,近医を受診した。しかし、身体所見,血清学的所見,単純X線写真上では異常を認めなかった。以後、症状が出現するたびに受診を続けていたがやはり、異常所見を認めなかった。
しかし、右第1MCP関節、左第5MCP関節・手関節の疼痛が継続して出現するようになったため、単純X線を撮影したところ,骨びらんを認めた。このため当科に紹介となり,コンパクトMRIの撮像を行った。当科受診時、CRP 0.17mg / dL、MMP-3 37.4ng / mL、RF 3IU / mL、CARF 1.2AU / mL、抗CCP抗体 4.5U / mL未満、抗核抗体 20倍未満と,血清学的には異常所見は認められなかった。しかし、コンパクトMRIを撮像したところ,患者の自覚症状の部位と一致して滑膜炎と骨びらんを認め、また,両手根間関節,左第2PIP関節でも滑膜炎を認めた(図1)。
[左手] |
[右手] |
|
a:T1強調画像(左手) b:STIR法(左手) |
c:T1強調画像(右手) d:STIR法(右手) |
図1 コンパクトMRI画像によるリウマチ早期診断例
左第5MCP関節,右第1MCP関節で,滑膜炎と骨びらんを認める。
また,両手根間関節,左第2PIP関節でも滑膜炎を認める。
・STIR:3D-STIR-FSE
TR/TEeff/TI = 1000 ms/70 ms/110 ms
Voxel size = 0.8 mm X 0.8 mm X 3.2 mm
Tacq = 6 min 30 sec
・T1WI:3D-GE
TR/TE/FA = 40 ms/5 ms/65 deg
Voxel size = 0.4 mm X 0.8 mm X 1.6 mmm
Tacq = 5 min 30 sec
(2009年1月29日取材:文責inNavi.NET)
|
◎「コンパクトTスキャン」に関するお問い合わせは以下までお願いします。
E-mail info@mrtechnology.co.jp
* 出向先研究機関
〒305-8573
茨城県つくば市天王台1-1-1
筑波大学 第三学群 総合研究棟B323
* 株式会社エム・アール・テクノロジー
〒305-0047
茨城県つくば市千現2-1-6 研究支援センター内B6
TEL:029-859-5075 FAX:03-6203-8222
http://www.mrtechnology.co.jp/