インナビネット特集 インタビュー
特定非営利活動法人ejnet「女性医師のキャリア形成・維持・向上をめざす会」 代表理事 瀧野 敏子 氏 激務に報いる報酬とやる気の出るマインドづくりがポイント−これからは若い医師たちのモチベーションを保つ工夫を−

[インナビ・インタビュー]第6回目のゲストは,特定非営利活動法人ejnet 「女性医師のキャリア形成・維持・向上をめざす会」代表理事の瀧野敏子氏。消化器内科医として病院勤務を十数年続けた後,2004年にクリニックを開業。2005年にejnet(イージェイネット)を設立し,翌年からは働きやすい病院評価事業「Hospirate」も開始しました。女性医師の数は増加し続け,現在,医師全体の30%以上を占めるにいたっております。しかし,女性医師が働き続けるための環境は整備されておらず,臨床現場は貴重な人材を失っていると言えます。医師不足をはじめとする医療崩壊が深刻化しているいま,女性医師はもとより,すべての医療従事者がワークライフバランスのとれた働きやすい環境をつくることが,時代の要請するところになってきました。設立から4年目のejnetの活動は,ますます注目されています。


女性医師が働き続けられる環境づくりを支援したい

● どのような理由や経緯でejnetを設立することになったのでしょうか。

 私の両親は医師だったのですが,母は子育てのために医師の仕事を辞めてしまったことで,人生に悔いが残ったとずっと後悔していました。女性医師が仕事を続けてキャリアをつめる道があればという母の無念さをどうにかできないかと思っていましたし,私自身も出産・育児を経て内科勤務医として復帰して十数年,急性期病院での激務に疲れ果てて退職し,2004年にクリニックを開業しました。

 女性医師が医師としての仕事を全うしながら結婚・出産・育児・介護を行うための環境整備や支援体制がないと,不本意ながら辞めざるを得ないわけです。いまや医師全体の30%以上を占め,増え続ける女性医師が仕事を続けることができないことは,社会的にも非常に大きな損失です。このような状況をなんとかしなくてはならないと考えてejnetを立ち上げました。

● 強い想いはあったにしても,実際にNPO法人を設立するのは大変だったのではないですか。

 そうでもないですよ。立ち上げる時は確かに大変ですが,賛同する人を10人集めて書類を書けばいいだけです。振り返ってみると,病院を辞めてからすぐに会社をつくり,次にクリニックを開業し,そしてejnetを設立と,毎年何かを立ち上げていますね。 何でも花火を上げるのは簡単ですが,やり続けることの方が大変なんです。設立時の皆の想いを継続させて,しかも維持するだけでも並大抵ではなく,進化させようとするとさらに大きな力がいります。時代に即して組織も変えていかなければならないと思っていますし,私がいなくなっても永続性のあるものにしていく必要があります。

● ejnetは具体的にどのような活動を行っているのでしょうか。

 ejnetでは,女性医師のキャリア形成・維持・向上を目的に,医療機関や行政,企業,大学と連携し,シンポジウムやセミナーなどの社会啓発活動,調査研究,政策提言などの活動を行っています。

 特に重視しているのが,メディアへの広報活動です。市民の皆さんに医療の状況を知っていただくためにはメディアの力は大きいので,熱心に取り組んできました。メディアへの露出を心がけてきたのは新しい発想だったと自負しています。医療界というのはすぐ内向きにガラパゴス化するんです。医師は社会的存在ですが,国民の皆さんの共感を得て,味方についていただかないと,変革できないわけです。

 今回,12月7日(日)に行われる第4回イージェイネットシンポジウムも市民の方をパネリストに招いています。いままでは,どちらかというと医療界に良い印象がない人も多かったかと思いますが,今回は小児科のムダな受診をやめようと呼びかけたお母さんの会の代表の方を招き,医師と共に医療を改善していく道を話し合っていきます。医療は「泉」のようなものだと言われます。枯渇しないように大事に使おうという人たちが出てこられたので,オープンに手をつないで相互理解していこうということです。いままでのように患者さんはひたすら弱者で,医療人はひたすら強く弱者をいたわりながらということではなく,パートナーシップで皆さんと進むという新しい視点をejnetは提言したいと思っています。今回のシンポジウムはそのシンボルですね。

● ejnetは2006年から,Hospirate(働きやすい病院評価事業)を開始していますが,どういう内容でしょうか。

 Hospirateは,女性医師を含むすべての医療従事者が安心して働くことができる病院をejnetが第三者機関として確認し評価・認定するもので,わが国初の医療機関における従業員満足度評価事業と言えます。育児・介護支援,復職支援,キャリア形成支援などの数十項目について,書面審査,現地訪問審査,ヒアリングなどを行って評価し,認定基準をクリアした病院には認定証を発行し, Webサイトに認定病院として掲載・公開します。現在,12施設が認定病院になっています。

● 認定病院が12施設というのは想定通りの展開ですか。

 そうですね。受審の申し込みはたくさんあるんですが,評価チームのマンパワーの問題もありますので,基本的には1年に20施設くらい認定できればと思っています。N数を50とか100にできれば,その中でまた分析調査が可能になり,いろいろな傾向がわかってくると思います。

 認定を受けて本当に病院にとって良いことがあるのでしょうか,とよく質問されます。例えば,人材が集まるようになるのでしょうか? 経営的指標が良くなるんでしょうか? とか。それについては追加調査として,認定後1年以上たったころに再び現地訪問を行うことを始めています。認定病院の院長先生は,人材募集に非常に効果的だと評価してくださっています。女性医師に,Hospirateで認定されているのは知っていますか? と聞くと全員ネットで見て知っていると答えるそうです。看護師さんなどでは,ネットで働きやすい病院を検索したら出てきたので応募しましたという人が多いようです。病院も経営努力をしていますから,Hospirateの効果だけではないでしょうが,感覚的には良かったという声をいただいています。ただし,それが統計学的にも証明されるかどうかは,N数を50とか100に増やす必要があると思います。そういう意味では,まだまだ少ないと思っています。

 
グランドデザイン,国家戦略なき医療崩壊の現実

● まさに今回の第4回イージェイネットシンポジウムのテーマにもなっていますが,医療崩壊の現状についての分析,見解をお聞かせください。

 医療崩壊は非常に複雑ないろいろな要素がからんでいると思います。根本のところは,日本の医療に対するグランドデザインを誰も提示してこなかったということがあります。それと,国民が何を取って何を捨てるかという選択が迫られている時期に来ているのではないですか。民主主義の根幹を避けてきたということが大本にはあると思います。

 もう1つは,医療というか,医師,看護師などの人材は泉のようなもので,誰かが独占することはできないですが,泉があるからといってどんどん汲んでいたら枯渇してしまうということを忘れています。そういう意味で医療崩壊は,日本人の物の考え方や風土など,根源的なものにかかわっていると思いますので根は深いですね。

● いまの状況は裏返せば医療が変わるチャンスとも思えますが,そのためには非常な困難が伴います。
すでにいろいろな対策が試みられていますが,まず第一にはお金の問題があります。

 例えば,医師不足と言われていますが,本当に絶対数が不足しているのか,偏在化しているのか,いろいろな意見があります。地域格差や診療科の格差について突き詰めて考えると,医療にかけるお金の問題は避けて通れないと思います。格差を改善するためにはお金をかける必要がありますが,国の施策として逆に減らす方向で進めてきたという経緯があります。

 医師の数を増やしたとしても,急性期病院の医師の激務を解消するためには,全体の医師の数ではなく,急性期病院の医師の数を増やさないとだめなんです。一晩寝ずに当直した翌日は休めるようにするとか……。それには医師の数が1.5倍とか2倍必要になるわけで,そのための仕組みづくりが求められます。

 方法としては,診療報酬を上げて給与を増やして人を集めるか,診療報酬が変わらないのであれば給与を減らして人数を増やすか,単純に言うとそれしかないわけです。でも給与を増やすのは病院レベルでは限度がありますし,減らせば余計に集まらなくなるわけです。どう考えても,国の施策として医療にかける予算を上げるしかないということになります。

 それではその財源をどうするか。消費税を上げて賄うのかとかいう話になってくると,国民は消費税をとられるのも社会保障費をとられるのもいやだと言いますよね。権利は主張して,24時間いつでも,しかも安く診てもらいたいというのが本音です。やはり民主主義の根本は義務と権利が裏返しなので,日本国民の選択が問われているのだと思います。

 基本的に患者さんは弱い立場なのですべての権利を守ってあげなくてはならないという考えがありますが,あまりにいびつな形で出てしまっているのではないですか。タクシーがわりに救急車を使うとか,昼間は混んでいるから夜に救急を受診するとか問題になっていますね。医師はもともと使命感をもって非常に献身的に働く職業意識を持っているのですが,若い世代では一生懸命働くけれども,オンオフをはっきりさせたいし,自分のワークライフバランスをはっきりさせたいという考え方に変わってきています。そういう変化も一因にはあると思います。国や政治が医療崩壊に立ち向かう時に,このような変化を踏まえて施策を打たないとだめな時代になってきました。

● 厚生労働省は,勤務医に手厚くする診療報酬の見直しを打ち出していますが,その効果はあるでしょうか。

 かなり思い切ったことをしないとだめでしょうね。例えば外科医は,いつでも呼び出される緊急手術を苦行とは思っていない人も多いわけです。外科医として当たり前だと思っているわけです。しかし,それに対する対価があまりにも低いという仕組みがおかしいのです。労基署的な時間の管理では計れないことがあるわけで,そういう働きに報いてあげるのが,診療報酬を介しての対価だと思います。

 やはり,働きやすい病院も誰のためのどういうことかということが重要なので,次の段階はそこかなと思います。女性医師に復帰してもらうことは大事で,そのためには短時間勤務とか当直なしという対策もあるかと思いますが,そういう人ばかりでは病院は成り立たないわけです。第一線で働く人は20時間ぶっとおしでも,それに相当するだけの報酬を支払うという柔軟性や工夫が必要だと思います。

● 医師不足の原因の1つに新臨床研修制度があると言われています。
あまりにも自由に研修先を選べることが問題視されていますがどうお考えですか。

 新臨床研修制度は功罪半ばすると思います。医学部の教授をトップとする医局制度を無力化したための弊害も出ていますので,ある程度,地域を限って研修先を選ぶように変えることは必要とは思います。しかし,なぜ地方に行きたがらないかというと,東京などの都会を好むところはあるとは思いますが,それ以外にも地方ではあまり勉強ができないという心配が大きいと思います。研修先で十分勉強ができるような体制を整えるという前提のもとに規制を設けてもいいとは思いますが,その前提なしにただ義務だけというのはもはや通用しないでしょうね。

 
時代の変遷に伴って進化するejnet

● ejnetが設立されて以降,いろいろな医療問題が顕在化してきて医療崩壊が叫ばれるようになり,ejnetの活動とシンクロしてきたと言えるのではないでしょうか。人材不足をはじめとして,働きやすい環境づくりが解決策のひとつになると,皆さんが気づき始めたのではないかと思います。このような状況の変化に応じて,ejnetの活動内容,方向性は変わってきていますか?

 大きな軸となるejnetの理念,国民の命の守り手であるすべての医師がその使命をまっとうできる環境をつくるために,実効性のある戦略をもって夢を形に変えていくことをミッションに掲げていますが,それに変わりはありません。最初はHospirateも女性医師にやさしい病院だったのですが,女性医師にだけやさしい環境はありえないということが当然ですがわかってきました。病院はさまざまな職種・専門職が働いているところなので,そこで1つ,すべての医療従事者にとって働きやすい病院をめざすという進化があったわけです。

瀧野敏子先生 そして,時代の要請で,病院側も良い人材を集めるための1つの手段・ツールとしてHospirateを使っています。働きやすい病院の環境づくりをしないと良い人材は来ないというふうに時代が変わってきています。最近,いろいろな病院を回っていると,特に子育て中の女性が働きやすい環境が急速に整備されて,非常に良くなっています。逆にそれが整備されていない病院は負け組になっていくような雰囲気さえ出てきています。経営戦略の1つとして,働きやすい病院評価・Hospirateを受けるという考え方になってきたというように時代が社会が変わってきました。

 さらに,もう1つ,若い医師たちは男女かかわらず,個人の生活を大事にするようになってきました。Hospirateは5年後くらいには主要な病院が認定されるようになると期待しています。それは目標が達成されることで良いことなのですが,それと相前後して,環境は整ったにもかかわらず若い医師たちがモチベーションを保てず,ちょっとつらいことがあると急性期医療の現場から立ち去ってしまうのではないかということが懸念されます。ひょっとしたらそちらの方が,5,10年後には深刻な問題になっているかもしれません。若い人たちと話をしていていると,そんなに苦労して働きたくない,しばらく子育てに専念したい,必要に感じなければあえて復帰する気はないという女性医師も増えてくるような兆しが見えています。

 そうすると次の課題は,医師のモチベーションをどのように上げるか,プロフェッショナリズをどのように維持させるかということに移ってくるかもしれないと思っています。最近講演でよく言うのは,女性医師に生涯働いてもらうためには2つのポイントがあって,へこたれないマインドづくりと,働きやすい環境づくりです。後者はどんどん進んでいますが,へこたれずにやる気の維持はもっと根の深い問題です。例えば,医学部を受験する際にどうやって志の高い人を選抜するか,入学してからは男女かかわりなく,医師としてのミッションを与え続ける教育も必要でしょう。時代の変遷に従って,活動内容も進化していくだろうと予想しています。

 私たちが究極にめざしているのは,女性医師を楽にすることではないんです。医師の向こうに見ているのは患者さんなんですね。医療の受け手である市民にどう社会貢献するかが医師のミッションであり,そのために医師の働く環境を整備していくことを考えましょうということです。究極的に利益を受けるのは患者さん,市民というのはこれからも変わらないです。

 実はいま,Hospirateの新しいバージョンをつくりはじめています。職能により,医師,看護師の残業時間やパフォーマンスなどの項目を独立させて取り上げて,配点を高くするという方法です。Hospirateは時代の流れにあわせて,変貌というよりは進化してきたと認識しています。

 
次の若い世代のための仕組みづくりをしていきたい

● 改めて今後の展望をお聞かせください。

 私たちのような40代,50代以上の医師と若い人たちは明らかにマインドが変わってきています。次の世代の患者さんを診ていくのは若い人たちなので,若い女性医師がたくさん入ってくれるような会にしたいと思います。次の若い世代に向けたより良いサービスができるような組織基盤づくりをしていきたいと思っています。

 そしてやはり,国政に携わる方々に医療現場の状況に対する理解を深めてもらって,国政に反映できるような提言ができたらいいですね。結局,個々の病院・経営陣がいくら努力しても限界があります。グランドデザインや国家戦略などは政治の役割ですから,厚労省などから意見を求められるような,メインストリームに入る団体になっていきたいと思います。

● ところで,いくつものお仕事をこなされている先生ご自身のワークライフバランスは
どうなっているんでしょうか(笑)

 円高になると輸出企業は必死になってパフォーマンスを上げますよね。それと同じで,私のクリニックもやるべきことをぎゅっと圧縮することで,時間あたり人あたりのコストパフォーマンスが年々良くなっているわけです。やればできる!ですね。両親が年を取ってきて介護が必要になってきましたが,休みの日は手料理をつくったり,家族を大事にする時間を持とうと努力しています。人間にとって何が一番大切でなくしたくないものかというと,究極は家族や人間関係ではないでしょうか。忙しすぎると目の前のことで忙殺されて大事なことを見失うんですね。ですから,ぼーっとする時間も大切です。

(2008年11月16日(日)取材:文責inNavi.NET)

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◎略歴
大阪市立大学医学部卒。東京女子医科大学等を経て,淀川キリスト教病院に消化器科医長として勤務。 2004年,ラ・クオール本町クリニック設立。2005年,ejnet設立。実父母の介護中。米国内科学会(ACP)会員。

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